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第2回 電気がクルマを進化させる 〜その2〜 自動車は最も身近なパートナーロボットになる?

さまざまな分野で「ロボット技術」の進化が話題に上る機会が増えています。同時に、私たちの生活を支えてくれるさまざまな製品が、ロボット技術の導入によって新たな機能を備えたり、利便性を高めるように進化しています。

ロボットの役割とは?

ロボット技術という言葉を使いましたが、実はロボットという言葉には公式の定義がありません。ここでは便宜的に、産業用ロボットの定義にならって、「特定の作業工程を連続的かつ自動的・自律的に行うよう、コンピュータプログラムで制御されている機械」を「ロボット」、それを作るために用いられる特徴的な技術を「ロボット技術」とします。 言葉を変えると、身体の延長として人間の肉体では不可能な作業を実現する、もしくは作業の効率を高めるための「道具」から、人間の代わりに作業そのものを代行してくれる「エージェント」へと進化していくための技術を「ロボット技術」としてもいいでしょう。そして家電製品と自動車は、現在、最も高度にエージェント化している製品と言えます。 実際、ここ10年ほどの間で自動車に投入されてきた新規技術の多くが、ロボット技術と関連していると言っていいでしょう。具体的に言うと、クルマを運転する上で基本となる「認知・判断・操作」を自律的に行い、人間のミスをカバーしてくれる機能が続々と採用されてきました。 好例の一つが、コンパクトクラスや軽自動車への採用が進んだことで注目を集めている「自動緊急ブレーキ(AEB:Autonomous Emergency Braking)」です。「衝突防止装置」とも呼ばれるこの機能は、前方に停止もしくは低速走行のクルマや障害物がある場合、ドライバーがブレーキを踏み忘れていたり、踏んでいても制動力が不十分で衝突する可能性があると判断されると、システム側が自動的にブレーキを操作して衝突を回避するというものです。

データから読み取るより安全に貢献できるシステム

前方のクルマや障害物にわざとぶつかりに行く人はいません。衝突事故は、ドライバーが「認知・判断・操作」を誤った結果として起こります。脇見などで前走車の接近に気付かないという認知ミス、前走車との車間距離や速度差を正しく把握できなかったという判断ミス、ブレーキを踏み忘れたり、踏み外したり、衝突を回避するのに必要なだけ踏めていないという操作ミス……などの結果です。 自動緊急ブレーキ機能は、このようなヒューマンエラーを補うことで危険を回避するためのシステムです。レーダーやカメラによって前方のクルマや障害物を認知し、前走車がいる場合は距離と速度差を常に把握、衝突の可能性があると判断されたら強制的にブレーキを操作して、可能な限り衝突が起こらないようにします。 クルマが自らの判断で自動的にブレーキシステムを作動させる機能は、2000年代の初頭から高級車を中心に採用が始まっていました。ただし、当初のものは「衝突被害軽減ブレーキ」と呼ばれ、完全停止までは行わないタイプでした。前走車との車間距離と速度差を監視し、危険領域に入ったとシステムが判断すると、まず警告音を鳴らしたり、アクセルペダルを振動させるなどしてドライバーに注意喚起します。それでもドライバーがブレーキを操作せず、衝突が避けられないと判断された場合は、乗員の負傷を軽減するためにシートベルトを締め上げつつ、自動的にブレーキをかけて可能な限り減速し、衝突によるダメージを少しでも軽減する、というものです。 しかし、交通事故の実態に即していないのではないか?といった疑問の声が上がります。初期の衝突被害軽減ブレーキは、「事故発生時の速度が高いほど、死傷に至る可能性が高まる」ことへの対策として、作動条件が「時速15km以上で上限なし、前方100m程度まで感知」といった設定になっていました。そのため、センサに高価なミリ波レーダーなどが必要で、システム全体のコストが高く、高級車向けの装備にとどまっていた感があります。 たとえば日本国内で発生する交通事故は、全体の約8割がクルマ同志によるもので、6割程度が時速30km以下で起こっています。また、7割以上がヒューマンエラーに起因すると結論付けられています。このデータからは、交差点での出会い頭や渋滞中のうっかり追突といった事故が多いことが読み取れ、だとすれば、衝突被害軽減ブレーキほどの性能は必要なく、もっと簡素かつ安価なシステムを普及させたほうが全体の被害軽減に貢献できるのではないか?との発想から生まれたのが、現在の自動緊急ブレーキです。作動条件を時速30km以下、センシング範囲を前方30m以下といった具合に制限する代わりに、より安価に提供することで普及を促進するとの考え方は、すでに海外では事故削減効果を実証して公的に安全性が認められています。 また、自動緊急ブレーキが使うシステムにコンピュータプログラムの追加で実現できることから、セットで採用されることの多い「誤発進抑制機能」も、ロボット技術がもたらした恩恵のひとつです。ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いによる事故は、日本国内だけで年間7,000件程度起こっていると言われています。駐車場内で起きてしまった場合、ビル高層階にある駐車場から地表にクルマが落下したり、前にある建物内に突入してしまったりと、大事故につながりがちでもあります。そこで、クルマが停止している状態で前方の状況を検出し、直近に障害物や壁があると判断された場合は、アクセルを強く踏み込んでもエンジン出力を制限してクルマが発進しないようにするのが誤発進抑制装置です。これも地味ながら事故そのものの低減に大きく貢献できるはずの機能です。

自動緊急ブレーキが用いているシステムは、「ロボットカー=自走車(自律走行車、自動運転車)」の実用化に向けて非常に重要なカギともなります。自動車の進化の方向性のひとつに、ロボットカーがあることは間違いありません。 自動車は文明的な生活に不可欠な存在ではありますが、反面で多くの社会的問題をもたらすことも事実です。筆頭に来るのは事故による人的・物的被害と、排気ガスによる大気汚染ですが、地球環境保全の観点からすると、燃料として石油資源を大量消費すること自体の是非も問われることになります。そして、ロボットカーにはこれらの問題を解消とまではいかなくても、大きく改善させる効能が期待されているのです。 前述の通り、交通事故の原因のうち7割以上がドライバーのヒューマンエラーと言われています。対策として、数多くの安全対策機能が実用化されてきました。ブレーキを強く踏み過ぎて車輪がロックしてしまうことを防止する「アンチロックブレーキ(ABS)」、滑りやすい路面でも車体の安定を保ってくれる「横滑り防止装置(ESC)」、ドライバーが意図していないのに、車線内から外れそうになると注意喚起しつつ正常な状態へ復帰させる「車線逸脱防止支援(LDP)」、走行中に他車が接近したら注意喚起する「後側方車両検知警報(BSW)」などがすでに実用化されています。 これらの機能と、自車位置を正確に把握する「カーナビゲーションシステム」、前走車との車間距離を一定に保ちながら自動的に速度を調整し、ある程度のカーブなら自動的に曲がってくれる「ステアリングアシスト付アダプティブクルーズコントロール(ACC)」、車庫入れや縦列駐車の際に自動操舵でアシストする「インテリジェントパーキングアシスト」、さらに歩行者・自転車等対応の自動ブレーキ機能などを組み合わせて連携させ、総合的に制御すれば、自律走行に必要な要素が一通りそろってしまうことになります。 そうしてでき上がったロボットカーがもたらす効能とはどのようなものでしょう? まず、少なくとも人間よりは認知・判断・操作のミスを犯さないはずですから、事故の大幅な低減が期待できます。実際、Googleが米国カリフォルニア州内で試験走行させているロボットカーは、複数台合わせて約50万kmを無事故で走破したと報告されています。 ただし、この話には余談があります。正確に言うと実際には2件の事故が発生しているのですが、1件は駐車場内で人間が運転している際、もう1件は信号待ちで停車中に後ろからぶつけられたもので、いずれも人間由来の事故であり、自律・自動運転の問題ではないのでノーカウントとしています。 次に環境負荷の軽減があげられます。上り坂やトンネルの入り口などでドライバーが自然に速度を落としてしまうことで発生する渋滞は解消されますし、走行状況に応じて常に燃費のいい速度で走り続けることが可能になるので、排気ガスによる大気汚染や石油資源消費の問題も大きな改善が望めるはずです。

ロボットカーの課題

ロボットカーに期待されるもう一つの役割は、「移動弱者」の支援です。行政トレンドのひとつに「地方自治の権限強化」があり、さらに「民間移譲」も推進されています。その結果、過疎地域などでのインフラ維持が困難になり、交通インフラも統廃合が進んでいます。一方で、地方ほど商業店舗の集中化が進んでいることなどから、日常生活を維持するために個人で移動手段を確保しておく必要性が高まります。 現実的な対応策として自動車への依存率が高まるわけですが、高齢者など運転を不安に感じていたり、身体能力や視力などの面で運転適性に問題が生じている場合はどうするのか?についての議論が重ねられてきました。これもロボットカー、しかも現状の軽自動車よりもっとコンパクトな「超小型モビリティ」規格のものが普及すれば、問題の多くが解決できるはずです。

【参考資料】テクの雑学 第192回 これからのエネルギー効率化のための超小型モビリティ http://www.tdk.co.jp/techmag/knowledge/201210/index.htm

ロボットカー実現のための技術的課題は、もはやそう大きなものではなくなっています。2013年以降は実用化に向けた動きが大きく加速し、ダイムラー、アウディ、ボルボ、トヨタ、日産などが開発中のロボットカーによるデモ走行や実証実験の開始を発表しました。中には、2020年頃からの市販が目標と公言しているところもあり、おそらくはそう遠くない時期に市場投入されることになるでしょう。ただし、それまでの間に解決しなければならない課題も残っています。 まずは、ロボットカーならではの事故が起こるのではないか?との懸念です。航空機の世界では自動操縦技術がいち早く取り入れられ、現在は離陸と着陸以外は基本的に自動航行しているのですが、当初は操縦が自動から手動に切り替わった際にパイロットがうまく対応できず、それに起因したさまざまなトラブルが起こりました。同様のことがロボットカーでも起こることは確実です。実際、筆者もACC(ステアリングアシストなし)付きのクルマで高速道路を走行中、カーブに差し掛かってもハンドルを操作しなくていいような錯覚におちいった経験があります。自律・自動運転オンリーのクルマが登場するまでの間は、この手の問題がつきまとうことになるでしょう。 ロボットカーは、長距離輸送などのプロドライバーにとって労働負荷を大きく軽減してくれるものになるはずです。しかしその反面、高度化すればするほどドライバーの必要性が低くなって、雇用の問題が持ち上がってくることは容易に想像できます。 最大の課題は、さまざまな社会制度にも変更が求められる点です。たとえば、自律・自動運転中に事故が起きてしまった場合、責任の所在がどこにあるのでしょう?悪いのはクルマの所有者なのか、それとも自動車メーカーなのか?すべての機能が正常に働いていて、それでも事故を起こしてしまった場合、そのようなものの公道走行を認めた行政の責任は?……といった事柄について以前から議論が重ねられていますが、いまだに明確な答えは出ていません。加えて、損害保険は従来通りの制度でいいのか?相手が手動運転車だった場合の過失割合は?などなど、決めていかなくてはならない事柄が山積しています。 とはいえ、ロボットカー化への大きな流れは止まることなく進んでいくことになるでしょう。新たな技術の可能性を最大限に活かせるよう、社会的な議論を深めていくことが重要です。

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