電気と磁気の?館

No.1 コイルと電磁石はいつ生まれたか?

テレビやラジオ、パソコンやスマートフォンはもちろん、冷蔵庫や電子レンジなどの家電製品、電車や自動車、医療機器や産業機器、人工衛星やロケットにいたるまで、私たちの日々の暮らしに電気・磁気が深く関わっています。

 

しかし、テクノロジーが発達すればするほど、機器のしくみや原理がブラックボックス化して、ますますわかりにくくなっているのも事実。発見・発明の英知がぎっしり詰まったブラックボックスを開けもせず、そのままにしておくのは、実に“もったいない”話です。

 

そこで、こうしたブラックボックスを少しでもクリアにしてみようというのが本シリーズです。名づけて“電気と磁気の?(はてな)館”。理科ばなれ・科学ばなれの解消に、少しでもお役に立てば幸い。“じしゃく忍法帳”の姉妹編としてご愛読ください。

スマホのウォレット(おサイフ)機能は電磁誘導を利用した無線通信

まずは、これから皆さんと長いおつきあいをすることになる本シリーズのキャラクターをご紹介いたします。重そうな頭に“?”マークをつけ、いつも“なぜ? なに? どうして?”と考えこむ探究心あふれる “じしゃくん”。そして、頭にコイルをアンテナのようにつけて、いろんな情報をキャッチする好奇心旺盛な“コイルン”。言うまでもなく、磁石とコイルをモチーフとしたキャラクターです。二人がそろうといつも不思議なことが起きます。皆さんも二人といっしょに、身近な電気・磁気の謎を解いていきましょう。

じしゃくんとコイルン

コイルに向けて磁石をすばやく往復運動させると、コイルには電流が流れます。理科実験でもおなじみの電磁誘導現象です。じしゃくんとコイルンの名コンビが繰り広げるパフォーマンスの中で、最も基本的かつ重要なのが電磁誘導現象。モータも発電機もこの現象の応用によるものです。

最近のスマートフォン(スマホ)は、Apple PayやGoogle Payなどの、スマホをタッチするだけで決済ができるウォレット(おサイフ)機能が搭載されています。クレジットカード、電子マネー、IC型乗車券などのカードをウォレット機能に登録することで、複数の支払い手段をスマホ1つで使い分けることができます。買い物も電車の改札もスマホ一つで全部できるのはとても便利です。プラスチックカードやIC型乗車券を全部スマホにまとめて、分厚い財布をスッキリさせたという人も多いのではないでしょうか。

電子マネーやIC型乗車券などのプラスチックカードを利用した決済は、非接触型ICカードシステムと呼ばれる電磁誘導を利用した無線通信技術で行われています。カードとリーダ/ライタの双方にコイルが格納されていて、コイル間の磁気のやりとりで無線通信をおこなっています。カード側はバッテリなしでも情報の読み書きが可能です。リーダ/ライタから送られる磁気をエネルギーとして、カードに内蔵されたICチップを駆動させるからです。コイルは磁気を発生するだけでなく、磁気をとらえたり、蓄えたりする機能をもっているのです。

電磁誘導の応用

非接触型ICカードシステムにはNFCとFeliCaという規格があります。FeliCaは日本で開発された規格で、読み書きが高速なのが特徴です。そのため、電車の改札で使用する交通系ICや電子マネー用の通信規格として国内で広く普及しました。NFCは世界中で使える国際規格で、クレジットカードのタッチ決済や免許証、パスポート、マイナンバーカードなどで採用されています。

ウォレット機能のあるスマホはNFCとFeliCaの両方に対応しており、電子マネーやクレジットカードなど複数のカードを1つにまとめることができます。スマホによるマイナンバーカードや免許証の読み取りにも、同じ仕組みが利用されています。

コイルに電流を流すと磁石ができた

本シリーズのオープニングとして、じしゃくんとコイルンの出自についても触れておくことにしましょう。ファラデーによる電磁誘導現象の発見は1831年ですが、電磁気学の創始のきっかけとなったのはその約10年前、1820年7月のエルステッドの有名な実験です。エルステッドがボルタ電池によって白金線に電流を流す実験を行っていたところ、たまたま白金線近くに置いてあった磁針がわずかに振れることを発見したのです(最初に気づいたのは学生とも助手ともいわれます)。

エルステッドの発見
エルステッドの実験

エルステッドによる電流の磁気作用の報告は、電撃的ニュースとして科学界を揺るがし、さかんに追試がおこなわれました。導線をぐるぐる巻きのコイルにして電流を流すという実験も、おそらく各地でおこなわれたにちがいありませんが(これがコイルンのルーツです)、科学史に名を残すのはポッゲンドルフです。彼はコイルの中に磁針を置いて電流を流すと、巻数が多いほど磁針の振れが大きくなることも確かめました。

ほどなく気体の研究で知られるゲー・リュサックは、導線に流した電流は鋼鉄の針を非接触で磁石に変えることを発見しました。ぐるぐる巻きのコイルの中に鋼鉄を入れ、コイルに電流を流すと鋼鉄は永久磁石となります。今日でもおこなわれているこの着磁方法を考え出したのはアラゴの円板で知られるアラゴです。

こうして、コイルンに続いてじしゃくんのご先祖も、19世紀ヨーロッパ科学界で産声を上げました。もちろん、天然磁石は紀元前に発見されていましたし、天然磁石を鉄にこすりつけて人工磁石をつくる方法も古くから知られていました。しかし、コイルに電気を流すという試みは、19世紀になるまで考えもつかず、また実験することもできなかったのです(ボルタ電堆・電池の発明は1800年)。コイルという言葉も昔からのもの。糸やひもなどをぐるぐる巻いたものはコイルと呼ばれていました。

渦や台風、巻貝、植物のツルなど、自然界にはいろんなコイルが存在します。動物の体毛や人の髪の毛も、多かれ少なかれカールしています。ちなみに冬季オリンピックの人気競技であるカーリングは、氷上を滑らすストーンに右回りまたは左周りの回転を与え、ゆるやかにカールさせて狙いどおりの位置に送り込むスポーツ。これがカーリングという名の由来です。

自然界には完全な直線や完全な円というものはなく、コイルという形状には物理的な意味があります。自然界のコイル同様、電子部品であるコイルもまた、生まれるべくして生まれたのです。

コイルとは
自然界のコイル

「右ネジの法則」でわかる電磁石の向き

エルステッドの電流の磁気作用の発見後、磁気に関する科学も、急速に進歩を遂げました。たとえば、厚紙に垂直に刺した導線に電流を流し、導線の周囲に鉄粉をまくと、鉄粉はきれいな同心円模様をつくります。磁石のまわりに鉄粉をまくと、磁力線のパターンが得られるのと同じ現象です。こうした実験はエルステッドの実験報告後、多くの研究者によっておこなわれ、電流は磁界をつくるだけでなく、それは磁石による磁界と同じであることも確かなものとされました。

そうなると電流を流した導線も磁石とみなせることになり、電流を流した2本の導線間には、磁石どうしの吸引力や反発力が作用するはずです。これを実証するために、可動式のコイル(導線を長方形にしたもの)を製作し、厳密な実験をおこなったのはアンペールです。その結果、2本の導線に同じ方向の電流が流れるとき、導線間には吸引力がはたらき、互いに逆方向に流れるときは反発力がはたらくことが明らかにされました。

数学が得意だったアンペールは、電流がつくる磁界を数式として表現し、電気力学という新たな学問が生まれました。導線に電流を流したとき、磁力線は電流方向に対して、右ネジを回す方向に流れるという“右ネジ”の法則は、数式表現されたアンペールの法則をわかりやすくしたものです。

ところで、電流を流したコイルは棒磁石のように振舞いますが、電流を流したコイル両端のどちらがN極、S極になるかは、コイルの巻き方や電流方向によって変わってきます。これはテスト問題としてよく出題されるので、頭を悩ました経験もおありでしょう。図に示すように覚え方はいろいろありますが、基本原理にのっとり最も応用性にすぐれるのは《覚え方(3)》として紹介した方法です。「磁石の磁力線はN極から出てS極に戻ること」「電流を流した導線には電流方向に対して右回りに磁力線が流れること(右ネジの法則)」を知っておくだけで簡単に確定できます。

右ネジの法則

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