電気と磁気の?館
No.2 コイルがキャッチする磁界変化で見えない世界を可視化する
空港の危険物持込検査のゲートをくぐるときは、身に覚えがなくともなぜか緊張するもの。ブザーが鳴ってポケットを調べたら、キーや小銭が出てきたといったこともよくあります。アパレルショップなどで置かれている万引防止用のゲートは電波を利用したものですが、空港の危険物持込検査用ゲートは金属探知機と同じ原理。金属の通過をコイルによる磁界変化で敏感にキャッチする装置です。
橋やトンネルの非破壊検査にも利用される金属探知機
1950年代から70年代の高度成長期に整備された橋やトンネルなどの老朽化が深刻な問題となっています。国土交通省の調べによると、全国に長さ2メートル以上の道路橋は73万ヶ所、トンネルは1万1千本あり、2030年には道路橋の半分以上、トンネルの3分の1以上が、耐用年数の目安となる建設から50年以上を経過します。
老朽化した橋やトンネルは、突然の崩落などで人を巻き込む惨事に繋がりかねません。また、2011年の東日本大震災以降、各地で多発する地震で、多くの古い橋やトンネルが崩れたり、鋼材の破断、ひび割れ、変形などが発生して、利用できなくなっています。
橋やトンネルが通れなくなってしまうと、人の行き来や物流が妨げられることになり、生活に大きな影響を与えます。一方で、橋の架け替えやトンネルの新設には多額の費用が必要。結果として、耐用年数を過ぎても、安全を確認しながらできるだけ長期間使っているのが実情です。
橋やトンネルなどの建造物の安全確保のためには定期的な点検を行い、何かある前に対応する「予防保全」の考え方が重視されています。最近は、外部の状態を目で見て確認する目視確認にドローンが活用され、今まで目が届かなかった高所や奥まった場所の不具合も発見できるようになりました。しかし外見に問題がなくても内部で鉄筋の腐食やコンクリートのひび割れなどが進行して強度が低下する場合もあり、内部の状態を建造物を壊さずにチェックする非破壊検査の重要度が高まっています。
建造物の非破壊検査にはX線方式や超音波エコー方式などがありますが、最も簡便なのは金属探知機による検査。建造物表面をなぞるだけで、鉄筋などの金属がある位置がわかる装置です。交流を流したコイルに鉄などの金属が近づくと、磁界に乱れが生じるので、それを増幅してメータやブザーなどで知らせるというのが基本原理。コンクリート奥深くの鉄筋までは無理ですが、表面近くの鉄筋を確認することは可能。ポータブルやハンディなタイプは、戦地で埋められて放置されたままの地雷や埋蔵金を探したり、ナイフや銃器など隠し持っていないかを調べるためのセキュリティチェック用ツールとしても使われています。
航空機に搭乗する前の危険物持込検査でくぐるゲートもまた、やはり同様の原理を用いた金属探知機です。しかし、骨折治療などで体内に残る金属ボルトや心臓ペースメーカーも検知するので注意が必要。検査員にペースメーカー手帳などを提示すると、ゲートをくぐらずにすみます。
「磁力線」が明らかにした電流の向きと磁界の向きの関係
永久磁石や電磁石のまわりにできる磁界は目には見えませんが、磁力線を描くことによって、磁界の大きさや方向を知ることができます。金属探知機が検知する「磁界の乱れ」も、電磁石となったコイルに金属を近づけることで発生する磁力線の変化で説明できます。金属とりわけ鉄が磁気に強く作用するのは、鉄は磁力線をよく吸い込むからです。
エルステッドが電流の磁気作用を初めて発見した当時(1820年)は、磁力線という概念もなかったので、磁界の向きや大きさなどについて理論的に考察することもできませんでした。磁気作用というのはテレパシーのような遠隔作用とも思われていたのです。
電流の磁気作用の力学的解析を試みたのはアンペールです。彼はエルステッドの実験を追試したのちすぐ、電流によって方位磁石の針の指す方向には、一定の規則があることを見抜きました。つまり、「人が電流の方向に身を置いたとき、電流が足から頭の方向に向かって流れ、顔が磁針の方向に向けてあるならば、電流は磁針の北極(N極)をいつも人の左のほうに振らせる」というものです。これは水面を泳ぐ人をイメージすれば、磁針のN極はいつも左の方向となるので、「泳者の法則」と呼ばれましたが、のちにもっとわかりやすい「右ネジの法則(電流方向に対して右回りに磁力線が発生)」となりました。(右ネジの法則については、こちらの記事で詳しく解説しています。)
続いてアンペールは電流が磁界をつくるならば、電流を流した導線どうしにも、磁気作用が起きるはずだと考えました。彼は電流を流しながら回転可能な巧妙な懸垂装置を製作して、電流が同方向に流れる2本の導線には吸引力、互いに逆方向に流れる2本の導線には反発力がはたらくことを確かめました(図A)。電流の流れる2本の導線に吸引力と反発力のどちらがはたらくかは、右ネジの法則によって簡単に判断することができます。図Bのように磁力線に沿って目に見えない棒磁石があると考えます。磁力線が逆方向に並ぶのは、棒磁石が逆方向に並ぶことに等しいので、異極どうしの吸引力がはたらきます。また、磁力線が同方向に並ぶのは、棒磁石が同方向に並ぶことに等しいので反発力がはたらきます。磁力線が密になるほど吸引力や反発力は強くなります。
電流の単位であるA(アンペア)はアンペールの業績を記念して、彼の名にちなんだもの。1mの間隔を置いた2本の平行な導線に等しい電流を流したとき、導線1mあたり2×10-7N(ニュートン)の力が生じる電流の値が1Aと定められています。
磁気ノイズの影響を逆巻きコイルで打ち消し、生体磁気を測る
微弱な磁気作用の測定には、地磁気の影響が無視できません。そのことに気づいたのもアンペールです。そこで、彼は地磁気の影響を受けない特殊なコイルを考案しました。これは中央から両端に向けて逆向きに巻いたコイル(図C左)。右ネジの法則により、左右のコイルから発生する磁界は反対向きになるので、双方の磁界は相殺されます。
また、両端の渦巻き部には地磁気に対して反発力と吸引力が作用するので、地磁気によって回転運動を起こすことはありません。アンペールはまた同じ大きさと強さの方位磁針を反対向きに2段重ねした無定位磁針も考案しています(図C右)。
地磁気の磁界の強さは約0.5ガウス。ふつうの永久磁石の数千〜数万分の1程度ですが、地磁気よりもさらに微弱なのは心磁界や脳磁界といった生体磁気。地磁気の100万分の1から10億分の1しかありません。このような超微弱な磁気は通常の磁束計の検出限界を超えているので、長らく計測は不可能でした。しかし、1970年代以降、超電導素子を利用したSQUID(スキッド、スクイド)と呼ばれる高感度な磁束計が開発され、生体磁気研究の道が大きく拓かれました。
SQUIDもまた金属探知機と同様に磁界変化をコイルで検出します。しかし、地磁気ばかりでなく電子機器など、身の回りのさまざまな磁気ノイズが存在して、超微弱な生体磁気はかき消されてしまいます。このため当初、SQUIDによる計測には高性能な磁気シールドルームが必要とされましたが、磁気ノイズを打ち消す検出コイルが考案されて、簡易な磁気シールドルームでも計測が可能になりました。これは検出コイルの上部に逆巻きのノイズ打ち消しコイルを加えたもの(図D)。遠く離れた場所からの磁界の強さはほぼ一様であり、互いに逆巻きの2つのコイルによって相殺されるので、生体磁気の分解能力が高くなります。
脳磁界を計測する脳磁図検査(MEG)で、脳のどの場所で神経が活動しているかがわかります。脳の中の情報の伝達は、神経細胞間の電流のやりとりで行われますが、頭部に電極を貼り付けて直接脳の中の電気信号を測定する脳波測定では、皮膚や頭蓋骨など電流の通しやすさが異なる組織の影響で正確に電流の発生源を特定できません。電流によって発生する脳磁界を計測することで、測定部位と電流の発生部位の間にある物質の影響をうけず、正確に場所を特定できるのです。
SQUID磁束計を利用したMEGによって、てんかんの原因となっている神経細胞の異常興奮の発生場所を特定できるようになりました。これにより、てんかん診断、特に薬が効きにくいてんかんに対する外科治療の成功率が高まり、治療に大きく貢献しています。また、MEGは感覚や知覚、運動、言語などに関する脳内の変化や、認知、作業記憶などの高次機能に関する研究にも活用されています。
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