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第1回 電気がクルマを進化させる 〜その1〜 モータは燃費向上の陰の立役者

人類と他の動物との最大の違いは何か?について、過去から現在に至るまで、さまざまな見解が示されてきました。代表的なものの一つに、「道具を使うこと」があります。しかし、実際には動物の中にも石や木の枝などを使って餌を獲るものがいて、しかも使いやすいようにそれらを加工するケースも確認されたため、昨今では「道具を作るための道具を作れるのは人間だけ」などと言い換えられています。

ともあれ、人類の文明社会が道具の発明と改良によって進歩を遂げ続けてきたことに違いはありません。そして昨今の「道具」の多くは、エレクトロニクス技術の導入と発展によって、より便利に、より高機能に、そしてより使いやすいものへと変貌を遂げています。

クルマと電気はもともと切り離せない関係

その代表として、クルマを例に考えてみましょう。クルマは、もともと電気なしには成立しない製品です。ガソリンエンジンは、点火プラグから放出される電気火花で燃料に着火しなければ作動しませんし、セルフスターターモータがなければエンジンの始動さえ大仕事になってしまいます。前照灯やワイパーがなければ夜間や雨天時には走行できませんし、ブレーキランプや方向指示灯(ウインカー)がなければ衝突事故が多発することは必至です。仮に、これらを「クルマを動かすために必要な電装品」と分類しておきましょう。

一方で、エアコンやカーオーディオ、カーナビゲーションなど、乗車中の快適性を高める電装品の充実によって、クルマは商品価値を高めてきました。また最近では、エンジンなど各部の電子制御に必要なセンサ情報の一部を、ドライバーが理解しやすい形で表示することで、より良い運転の実現に寄与する機構の搭載も進められています。

その時々に消費している燃料の量が直観的にわかる「瞬間燃費計」はエコ運転の実現にたいへん有用ですし、オイル交換などの時期を知らせてくれる機構はクルマの調子を維持する上で役立ちます。外気温計は「気温が3度以下になったら路面凍結防止に注意」との目安になりますし、最近一部メーカーのクルマに搭載され始めた「運転診断機構」は、安全でエコな運転を実現するための先生役を果たしてくれます。

さらにタイヤ空気圧警告、アンチロックブレーキシステム(ABS)と車体横滑り防止機構(ESC)、衝突防止機構など、積極的な安全・安心を実現するための機構も標準搭載が進められています。これらは「快適・安全のための電装品」と分類できるでしょう。

さらにここ20年ほどの間で、新たなエレクトロニクス技術の重要性が高まってきました。地球環境・資源保護の観点から、燃費性能の向上が至上命題となってきたことによって、クルマの性能向上に直接役立つカー・エレクトロニクス技術群が注目されてきたのです。この分野は、まず1970年代半ば以降に点火系と燃料系が電子制御化されたことから始まりました。従来、機械機構のみで制御していた点火系と燃料系が電子制御されたことで、エンジンに送り込む燃料の量と、そこに火を着けるタイミングの自由度が飛躍的に向上。そのおかげで、エンジンの出力性能と排気ガスのクリーンさを両立させることに成功したのです。

それでも10年ほど前までは、排気量2,000ccクラスの一般的な乗用車で市街地を走った場合、ガソリン1リッターあたり10km走るかどうかという燃費性能でした。しかし昨今の同クラスのクルマは、15〜20km以上走ってしまうものも珍しくなくなっています。これほどまでに燃費性能が向上した最大の理由は、世界各地でCAFE(Corporate Average Fuel Efficiency:企業別平均燃費)などの燃費規制が実施間近になってきたことです。

CAFEとは、そのメーカーが販売するすべてのクルマの燃費を平均した数値が基準を満たさないと、メーカー名を公示した上で罰金を課せられたり、クルマの販売台数が制限されるという制度です。燃費が悪くなりがちな大型・高級車の販売台数が多いメーカーほど不利になるため、ラインアップするすべてのクルマの燃費改善が急務となってきたわけです。

燃費向上をサポートするエレクトロニクス技術

さて、燃費向上のためのアプローチは、大別すると4種類があります。まず、エンジン自体の燃費性能を高めること。次に、なんらかのデバイスによってエンジンの苦手分野をアシストすること。走行中の抵抗を減らすこと。最後に車体の軽量化です。そして、このうちの二つまでが、エレクトロニクス技術と密接な関係を持っています。

まずはエンジン自体の燃費性能向上です。これを実現するためにできることは、そう多くはありません。突き詰めれば、「燃焼改善」「抵抗低減」「損失低減」の三つしかないと言ってもいいでしょう。そして、これらのいずれに関しても、エレクトロニクス技術が有効な解決策となってきます。

「燃焼改善」のために有効な技術の代表が「可変バルブリフト&タイミング機構」です。エンジンは内部の「シリンダー」に空気と燃料を混ぜた「混合気」を取り入れ、さらに圧縮してから燃焼させることで力(運動エネルギー)を取り出し、燃焼が終わったガスを外部へ放出する、という行程を繰り返しています。圧縮・燃焼中はシリンダーを密閉しておく必要がありますが、空気を取り入れる時は「吸気バルブ」を開き、排気する時は「排気バルブ」を開かなければなりません。出し入れできる空気の量は、バルブを開け閉めしている時間(タイミング)と開いている量(リフト)によって決まります。そして、最適なバルブ開閉タイミングとリフト量は、クルマの走行条件によって大きく変わってくるのです。

20年ほど前のエンジンでは、バルブの開閉タイミングは機械的な構造によって一意に決まっていました。そのため、日常的な走行で多用する、比較的エンジン回転数の低い領域で最適なバルブ開閉量とタイミングに設定すると、エンジンを高回転まで回すことができず、「パワーのないエンジン」の烙印を押されてしまっていたのです。

その制約を取り払ったのが、エンジン回転数に応じてバルブ開閉タイミングを変える「可変バルブタイミング」機構です。当初は油圧機構による2段階切り替え式といった素朴なものでしたが、可変機構の中に電動モータなどによる連続化機構を加えることで、さらにきめ細かくバルブ開閉タイミングを変化させる「連続可変バルブタイミング機構」も普及しつつあります。現代のパワフルかつ燃費のいいエンジンは、この機構なしには成立しないと言っても過言ではありません。

開閉タイミングだけではなく、バルブのリフト量をも可変化した機構も登場しています。「連続可変バルブタイミング&リフト機構」などと呼ばれ、構造はメーカーによってさまざまですが、「揺動(ようどう)カム」と呼ばれる仕組みをステッピングモータなどでコントロールする構造が主流です。

また、常に最適なタイミングでバルブを開閉するためには、エンジン各部のコンディションを常に正しくモニタリングすることも重要です。そのため、エンジンは温度、圧力など多くのセンサを各部に装着し、可変機構が最適タイミングで作動するようにアシストしています。さらにこれらの情報は、点火時期や燃料噴射のタイミングにも生かされ、ECUによって統合制御されています。これらセンサ類の高機能化と、制御機構の高機能化によって、現在のエンジンは高出力と高い燃費性能の両立を実現しているのです。

次に「抵抗低減」です。実現のために最も有効なのは、エンジンを構成する部品の精度向上ですが、エンジンの力を利用して駆動していた「補器類」の電動化も有効な手段になります。その代表が、エンジンと熱交換器の間で冷却水を循環させるウォーターポンプです。従来はエンジン出力の一部を取り出して駆動していたのですが、これを電動化することでエンジン作動中の抵抗を低減させるわけです。

補器類の電動化は、必要な時にだけ駆動させる「オン・デマンド化」が可能となるメリットも持っていて、これが「損失低減」に効きます。機械式のウォーターポンプは、それ自体は流量調整の機能を持たず、常に作動しながらサーモスタットによって水温を調整していますが、電動ウォーターポンプなら水温の調整が必要な時だけ作動すればいいので、熱が必要以上に冷却水へ逃げてしまうことが避けられます。また、アイドリングストップ機構を備えるクルマはエンジン停止中に必要な油圧を発生させるため、専用の電動オイルポンプを備えていますが、これも燃費向上に寄与する部分と言えます。

ハイブリッドでスマートに

最後に、エンジン以外のデバイスからのアシストによる燃費向上に行きましょう。クルマは、停止状態から動き出す時と急加速をする時に大きな力を必要としますが、それ以外の状態、特に一定速度でずっと走り続けているような状態では、せいぜい30kW程度もあれば、事が足りてしまうと言われています。そこで、エンジンの排気量を従来より小さめにして基本の燃費を高めておき、大きな力が必要な時にだけ電動モータからの出力によってアシストすることで、必要な加速力を得る仕組みの「ハイブリッド自動車」が登場しました。

少し前までのハイブリッド機構は、大別すると「エンジンを常に効率の良い領域で作動させるためにモータを使う」ものと、「エンジンの出力が弱い領域でモータにアシストさせる」ものがありました。最近はより複雑な方式のハイブリッド機構も登場していますが、モータとエンジンの協調によって燃費を向上させていることに変わりはありません。加えて「減速エネルギー回生」「アイドリングストップ」「EV走行」が、ハイブリッド自動車の燃費が向上する理由です。

よりシンプルな機構のハイブリッド自動車も、遠くないうちに登場すると見込まれています。特にエンジンを横置きにし、前2輪で駆動するタイプのクルマは、最終減速装置部分にモータ出力を入れ込む仕組みのハイブリッド機構が普及すると思われます。価格帯の安い車種への展開も比較的容易で、重量増加も最小限に抑えることができるなど、メリットの多い構成なのです。

クルマ用エンジンが、今後ますますモータとの連携を深めていくことは確実です。たとえば、モータスポーツの頂点であるF1用エンジンも、2014年からMGU-H(Motor Genarator Unit-Heat)と呼ばれる機構が採用されます。MGU-Hはターボチャージャーにモータ兼発電機を組み合わせたもので、エンジンの回転数が低く、排気の勢いが小さい状態では、ターボの回転数を素早く高めるためにモータとして機能します。ターボの回転数が充分に高まったら、今度は発電して駆動力アシスト用バッテリへ充電します。こうすることで、より一層高い燃費効率とハイパワーが両立できる、新世代のレーシングエンジン像が確立されるのではないかと、世界中が注目しているのです。

もはやクルマの進化は、モータ、センサ、マイコン抜きには語れません。そして、それらが協調して作動している様は、実質的に「ロボット」と呼んでかまわないレベルとも言えます。カー・エレクトロニクス技術の高度化こそが、クルマの知能化と知性化を進め、新しい領域へと踏み出していくための原動力となっているのです。

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