テクのサロン
1. 身近にあるユビキタス
身近にあるユビキタス
「ユビキタス」と聞くと何を思い浮かべるだろう。 ほとんど目に見えないほどに小型化されたICチップが、身の回りのさまざまな日用品に埋め込まれ、我々の日常生活をもっと便利にしてくれる環境をイメージするだろうか。
例えば冷蔵庫の中にある食料品のそれぞれにICタグが付いているとする。冷蔵庫の"本日のメニュー"ボタンを押すと、冷蔵庫が中にどのような食品があるかを調べ、インターネットにアクセスしてたちどころにレシピの候補が表示される。衣類にもICタグが付いていて、洗濯機に適当に放り込むと、最適な洗剤を選び適切な水量と水温を設定して洗濯を始める。時には、「ジーンズは別にしてください」というアナウンスが流れる。
とにかく家庭や街中の商店、ショッピングセンターなど、あらゆる生活空間にマイクロプロセッサやICタグが満ちあふれ、これらが相互に情報をやりとりしたり処理をしてこれまで人間がやっていた面倒な作業を肩代わりしてくれるのだ。
これが「ユビキタス」が描く近未来のイメージだろう。しかし理想的な生活像に至るまでには、数多くの技術的・産業的・社会的にクリアしなければならないハードルが待ち構えている。一朝一夕に実現する夢ではない。
ユビキタスの片鱗はすぐそこに
それでも意外なところでユビキタスの"片鱗"がもう登場し始めている。
駅の自動改札口で定期券を差し込まず、改札機の上に定期入れを置くだけで通り抜ける人を見掛けることが多くなった。 実はこれが"ユビキタス"そのものなのである。定期入れとそれを検知する装置(リーダ/ライタ)はじかに触れることはない。定期入れにはICカードが入っており、リーダ/ライタと電磁界を介して通信している。
「どこの駅から乗りました」「どこの駅で降りたので150円いただきます」といった処理をするために、ICカードにはマイクロプロセッサとメモリーを搭載したICチップとアンテナが内蔵されており、リーダ/ライタ側のコンピュータとデータを改札機を通るたびに交信しているのだ。
現在のところ、通信データは比較的単純な内容だが、今後より複雑な暗号処理などさまざまな機能が加わって、多目的カードに発展する可能性が大きい。現在はその予備実験段階とも考えられる。
電磁界を利用して通信ができる範囲は、改札機の上10センチメートル程度の範囲で、横方向にも広がらないように工夫されている。これは電磁界が届く範囲が広すぎると隣の改札機と交信をしたり、改札機の近くを通るだけで交信をするなど思わぬ事故が起きることを防止するためにも必要である。また、電磁界が周辺環境に悪影響を与えないように配慮しているからでもある。
現状でも我々の生活空間には既にさまざまな電波や電磁界が利用されている。今後とも電波や電磁界を利用したり、逆にこれらの影響を受ける機器が増え続けることは確実だ。そのために、これからの電子機器には日常生活を乱さないようなきめ細かな工夫が求められる。
強すぎず弱すぎず、ほどほどに
ICカードとセンサーの通信可能な範囲を自動改札機の上の狭い空間に限定するには、適切な周波数の微弱な電磁界を用いる。
届く範囲が狭すぎて改札機の上10センチメートルをカバーできないと、読み取りミスが起こったり、改札口が開かなかったりといった不都合が起こるため、低出力の電磁界で通信できる範囲を整えるために磁性材料を使用する。リーダ/ライタ側のアンテナの下にフェライトコアを挿入すると、アンテナから放射される電磁界がより遠くまで届くように整形される。この電磁界の整形が、"ユビキタス改札機"のスムーズな作動には決定的に重要だ。ラッシュ時の改札口を通過する乗降客の差し出す定期入れは様々な状況で改札機にタッチされるが、どのような状況でもわずか0.1秒くらいの短時間で交信を確保するためには、リーダ/ライタで発生させている電磁界の状態が重要なのである。フェライトコアといえばTDKのお家芸。ここにもしっかりとTDK製品がおさまっている。
ユビキタス社会の実現を目指したさまざまな試みはこれから始まる。理想像を追い求めるうえで最も難しいのは、実は技術ではなく、ビジネス・モデルの構築である。どのような枠組みでICタグを利用すれば、安全・効率的で実りある便利な社会システムを作り出せるのか。 "ユビキタス改札機"は単純ではあるが、将来性の見込める身近な実例と言えよう。
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです