テクのサロン
3. ネットワークの現在地 Volume.2 ユビキタスネットワークとホームネットワーク
最近よく聞くキーワードの一つ「ユビキタス・ネットワーク」。携帯電話によるネットワーク利用や、ウェアラブル・コンピューターなどの小さなハードウェアに目がいきがちですが、本来は、「どこからでもコンピューターが利用できる環境」という意味なのです。自宅のコンピューターがどこからでも使えれば、とても便利になりそうですね。今回の特集では、そんな技術について注目してみましょう。
ネットワークにつながる便利な家電製品
家庭用ゲーム機の中身がコンピューターだというのは少し考えれば容易に想像できると思いますが、それ以外のさまざまな家電製品にもコンピューターは内蔵されています。テレビ、ビデオ、HDD内蔵/DVDレコーダーなどのAV機器、マイコン制御の炊飯器や湯沸しポット、設定に合わせて風力や運転モードを自動調節するエアコン、メニューや加熱状況に合わせて出力や時間を調整する電子レンジなど、パソコンの他にも、家の中にはいくつものコンピューターが実は隠れているのです
さて、家電製品にコンピューターが内蔵されているということは、パソコンをインターネットに接続するように、家電製品をネットワークに接続することもできるはずです。家庭用ゲーム機をインターネットに接続して遠隔地にいる人と一緒に遊べる「ネットワークゲーム」はもうおなじみですが、他にも家電製品をネットワークに接続したさまざまなサービスが実用化されています。
2001年に発表され、話題になったのが、象印マホービンの「みまもりほっとラインi-pot」です。電気湯沸しポットを利用して、お年よりの安否を確認するサービスです。利用者が電気ポットに電源を入れたりお湯を沸かしたりするたびに、ポットの使用状況が携帯電話回線を経由して専用サーバーに送られます。状況はホームページやメールで見ることができるので、いつもと変わらずお湯を沸かしてお茶を入れていることがわかれば、何事もなく無事に暮らしているということを確認できるわけです。ポット自体の操作は普通の電気湯沸しポットと全く同じなので、機械が苦手なお年よりも意識せずに利用できます。高齢の親と離れて暮らす人が、さりげなく安否を確認できるサービスであることが評判をよび、利用者が少しずつ増えています。
【 関連情報リンク 】 ■ みまもりほっとライン(象印マホービン株式会社) http://www.mimamori.net/
また、テレビやAVの世界でも、ネットワークを利用したサービスが増えています。最近普及が急速に進んでいる評判のHDD内蔵/DVDレコーダーの多くは、インターネットに接続することで、最新の番組表をダウンロードして番組予約に活用できます。また、携帯電話やインターネット経由で、専用サーバーに番組の録画予約を登録すると、その情報をネットワーク経由で自宅のHDD内蔵/DVDレコーダーに転送するサービスもすでに実用化されています。「しまった!今日のドラマいいところなのに録画予約を忘れた……」なんて事態からはもうさようならですね。
ネットワーク接続を加速するブロードバンド
こうしたサービスが今になって着目されはじめたのは2つの大きな理由があります。ひとつは、インターネットへの高速常時接続環境(ブロードバンド)の急速な普及です。以前は、家庭でインターネットを利用しようと思うと、モデムやターミナルアダプタといった機器を利用して、都度インターネットに接続する「ダイヤルアップ接続」が主流でした。ネットワーク接続のための操作や設定が必要となるため、パソコン以外の機器から接続することはあまり現実的ではありませんでした。また、インターネットへの常時接続のためには、最低でも月額数万円の専用回線を用意する必要があったのです。
そうした事態が大きく変わったのは2000年です。その年の夏頃から、都心部を中心とした一部の地域で、インターネット接続事業者によるアナログ電話回線を利用した常時接続サービス「ADSL」のサービスが開始されていました。そして、2000年12月、NTT東日本による定額制のADSL接続サービス「フレッツADSL」が開始されたのです。これらのサービスは、価格も月額数千円程度と、ダイヤルアップ接続とほとんど変わらなかったことから、一気に一般家庭にも常時接続サービスが普及しました。フレッツADSL以外にも、ケーブルテレビ網を利用したケーブルテレビインターネットや、光ファイバーを利用したさらに高速な定額接続サービスも開始されており、2003年末には一般家庭へのブロードバンドサービスの普及率が48%に達しています(総務省「通信利用動向調査」による)。
ブロードバンドの普及により、家庭内のコンピューターを常時インターネットに接続しておくことが可能になりました。また、この時期から、複数台のコンピューターをネットワークで接続する「家庭内LAN」の普及率も急速に上がりました。
何でもネットワークにつながる時代はもうすぐそこまできている
もう一つの要因は、ネットワーク上の「住所」をあらわす「IPアドレス」不足問題を根本的に解決するめどがたってきたことです。
従来のインターネットで使用されていたIPアドレスは、32桁の2進数(32ビット)と、コンピューターや通信機器を対応させることで、通信相手と通信経路を特定しています。もちろん、インターネット上におなじIPアドレスを持つ機器が2つ以上存在してはいけません。この、現在使われている形式の、IPアドレスを、「IPv4」といいます。v4とは、バージョン4をあらわしています。
32ビットの2進数といえば、2の32乗すなわち約43億通りの数字をあらわすことが出来ます。43億といえば途方もなく大きな数に思えますが、地球上の人口よりも少ない数でしかありません。しかも、IPv4の規格には、さまざまな約束ごとがあり、そのまま43億個のコンピューターや通信機器などにIPアドレスを付与することができるわけではないのです。そのため、インターネットへの常時接続の普及が進むにつれて、コンピューターとして使われている機器にIPアドレスを付与するだけでもアドレスが不足するおそれがでてきたのです。現在もすでに、組織ごとに代表電話にあたる「グローバルIPアドレス」と内線電話番号にあたる「プライベートIPアドレス」を組み合わせることで、IPアドレスの消費をできるだけ抑えるための工夫がされています。
この問題を解決するために新たに制定されたのが、128桁の2進数(128ビット)でIPアドレスを記述する「IPv6」です。IPv6では、およそ10の38乗個という天文学的な数字のアドレスを作りだすことができます。 IPv6で住所を記述したネットワークでは、この膨大な数のIPアドレスが利用できることを利用して、ネットワークに接続できるハードウェアごとに自動的にIPアドレスを付与する「自動アドレス生成機能」を使えます。ネットワークを意識せずに使用したい家電製品には、この「自動アドレス生成機能」がとても相性がよいのです。この仕組みを使えば、エアコン、カーテン、照明など家庭内の全ての機器にIPアドレスを付与することも可能です。
IPv6ネットワークそのものが一般に普及するにはまだもう少し時間がかかりそうですが、こうした環境がととのいつつあることで、今、あらためて、コンピューターだけでなく、家電製品までもネットワークでつなぐ「ホームネットワーク」環境に注目が集まっているのです。
「ユビキタス」にはセキュリティが重要
IPv6の世界はもう少し未来の話として、現在のIPv4を基盤としたインターネット環境から、ホームネットワークを利用することを考えてみましょう。コンピューター、ビデオカメラ、ゲーム機、カメラなどを接続し、インターネット経由で利用できるようにするだけでも、さまざまな可能性が考えられます。
例えば、室内に置いたビデオカメラにインターネット経由でアクセスすることで、部屋の中の様子をリアルタイムでモニターすることができます。侵入者はいないか、留守番している子供の様子に異常がないかといったことが、インターネットを経由して、実際に目で見て確認できます。
自宅に置いたパソコンにインターネット経由でアクセスできるようにすることで、パソコンのハードディスクに保存しているファイルを自由に外から取り出せるようになります。自宅に持ち帰って作成していた仕事の資料を、会社のネットワークから取り出したり、自宅で作成した音楽データを友人の部屋のオーディオ機器で聞く、といった使い方ができます。
外部からホームネットワークへの接続は便利ですが、注意しなくてはいけないのはセキュリティです。誰でも自由に外部からネットワークに侵入できるということは、あなたのパソコンのハードディスクの内容が誰からも見えてしまったり、ビデオカメラ経由であなたの部屋の中の様子がどこからでも見えてしまうということにもなるのです。プライバシーを守るためにも、ネットワークのセキュリティは大切です。
セキュリティを守るためのポイントは、機器ごとのアクセス権の設定、アクセス時の正規ユーザーの認証、安全な通信経路の確保の3点です。いずれも、従来であれば、ネットワークに関する専門的な知識が必要な設定でした。 2004年9月、NTTは、一般のユーザが「今すぐ」「誰でも」「どこからでも」、安全・簡単に家庭内機器へ接続できる「ホームゲートウェイ・セキュリティ技術」を発表しました。このサービスの特徴を見てみましょう。
【 関連情報リンク、ならびに情報協力 】 http://www.ntt.co.jp/news/news04/0409/040929a.html
■日本電信電話株式会社『自宅のネット家電の遠隔操作を可能にする ホームゲートウェイ・セキュリティ技術を開発』
機器ごとのIPアドレスやアクセス権の設定は、テレビのリモコンで簡単に行えます。また、外部からの機器の利用の可否についても、機器ごと、ユーザー毎に簡単に設定できるのです。ユーザーの認証は、SSLという技術を使用します。SSLは、インターネット上のeコマースサイトや銀行、クレジットカード会社などのサイトで使われている技術で、暗号化通信によりIDとパスワードを確認して正規のユーザーを認証します。さらに、正規のユーザーが利用している時以外は、外部からのアクセスは一切遮断する「ダイナミックファイアーウォール」を設置し、外部からの不正なアクセスを遮断します。
データ通信時には、「IPsec」という暗号化技術を使って、通信経路の盗聴や通信内容の改ざんを防ぎます。従来であれば、IPsec通信にはさまざまな関連機器の設定が必要でしたが、NTTではネットワーク上に取り付けるだけでIPsec通信が可能になる外付けアダプタを開発しました。
ダイナミックファイアーウォール、SSL、IPsecなどは、インターネット上では既に幅広く用いられている技術。こうした技術の組み合わせで、誰でも利用できる「ユビキタス・ネットワーク」の第一歩がはじまろうとしています。IPv6の普及が進めば、ますます多くの家電製品がネットワークに接続され、便利になっていくと予想されます。
著者プロフィール:板垣 朝子(イタガキアサコ) 1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける 著書/共著書 「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム) 「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
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