テクのサロン
4. ネットワークの現在地 Volume.3 電子カルテが広げる医療のネットワーク
生活のさまざまな分野に広がっているコンピューターとネットワーク。医療もまた、ネットワークとは無縁ではありません。今回の特集では、電子カルテについてとりあげてみましょう。
さまざまな業務の中心にある電子カルテ
カルテ(Karte)は、ドイツ語でカードという意味です。戦前の日本から医療先進国だったドイツに留学した留学生が、患者の状態や処方を記録するカードという意味で使っていた言葉が、そのまま医学用語として定着しました。余談ですが、ドイツ語の「Karte」には日本の「カルテ」が指す「医師の診療記録」という意味はまったくありません。いわゆるカルテのことはPatientenakteというそうです。
話を戻して、長い間使われてきた紙のカルテには、いくつかの問題がありました。第一の問題は、紙のカルテは保管が大変だということです。カルテだけでなく、検査記録や調剤録など、医療にかかわる記録の多くは、それぞれ法律で一定期間の保存が義務付けられています。もちろん、再診の時には以前の診療時のカルテを取り出す必要がありますから、いつでも取り出せるように整理しておかなくてはいけません。場所を取るだけではなく、管理の手間も大変なのです。
第二の問題は、カルテの情報が紙で流通することによる事務作業の増大です。現在の医療では、カルテの情報は、患者の病歴管理だけでなく、薬の処方、診療料金の精算、健康保険の点数計算などさまざまな用途に転用されています。これらのほとんどはコンピューター処理されているのですが、紙のカルテを中心にした業務フローでは、カルテの内容を処方箋や計算書に転記し、それぞれの担当者がコンピューターに再入力する手間がかかります。また、転記・再入力の過程で間違いが発生する可能性もあります。
こうした問題を一気に解決するソリューションとして、電子カルテが登場したのです。1988年、厚生省(現在の厚生労働省)より、「カルテのOA化を認める通知」が出され、ワープロやパソコンで入力したカルテも法律的に認められました。しかしこの通達では、カルテの保存に関しては、印刷したものに署名・捺印したもののみが有効とされ、デジタルデータでの保存の可否については明らかにされていなかったのです。1999年4月、厚生省(現在の厚生労働省)からの通達で、カルテの電子媒体による保存が正式に認められ、本格的な電子カルテシステム導入の道が開けました。
電子カルテの仕組み
電子カルテシステムは、カルテを単にコンピューターで入力して蓄積するだけでなく、受付から診療、調剤、検査、会計までを一つの流れとして処理します。
電子カルテ導入のメリットは、以下のような点です。
・ 事務作業が効率化できる
薬の処方やレセプト業務(会計、保険点数計算)のために、カルテから情報を読み取って再入力していた作業が必要なくなります。入力作業の事務が減るだけでなく、ミスが減ります。
・ カルテの管理が省力化できる
カルテは患者ごとに診療の履歴を記録しつづけるものです。紙のカルテでは、受付をしたあと、カルテを保管場所から探して取り出し、診察室に運び、診察後回収し、必要な事務処理をして、また保管するという作業が必要でした。電子カルテにすると、受付処理と同時にカルテのデータを呼び出して記録し、また保存すればよいので、この作業は全く必要なくなります。また、カルテを保管するスペースも不要になります。
・待ち時間の短縮
カルテの管理が効率化されることで、受付から診察までの待ち時間が減ります。また、会計事務や処方が迅速化されることで、診察後の待ち時間も減ります。
・情報の共有ができる
複数の科がある病院では、電子カルテで、迅速な情報共有が可能になります。紙のカルテであれば、現物を回覧するしかありませんが、電子カルテなら画面上に呼び出したカルテを見ながら電話で診療方針について相談するといったことも可能になります。
・データの活用ができる
電子カルテでは、カルテの情報はデータベースで一括管理されているので、病名や検査結果の統計分析をしたり、売上管理などの経営分析にも活用できます。
電子カルテは患者の主体的な医療選びにつながる
主に効率化の手段として語られることが多い電子カルテですが、もう一つ見逃してはならない効用が、電子カルテ導入による患者への情報開示です。
「インフォームドコンセント」という言葉があります。医師が診療目的や内容などを患者が理解できるように分かりやすく説明して、患者はその内容を十分理解した上で、その内容を承諾し、医師はその承諾を得てから治療にあたることをさします。
通常の買い物やサービスの利用で、内容も分からずにお金を払う人はあまりいません。にもかかわらず、こと医療に関しては、内容が専門的すぎて素人には説明しづらいという医師の考えや、自分の身体のことなので、専門家の医師にまかせた方が安心という患者の考えで、十分な説明がされないこともありました。インフォームドコンセントとは、そのような現状を変え、患者が主体的に医療を選ぶべきであるという考え方です。
インフォームドコンセントのためには、カルテの内容を患者が理解することが重要です。ところが、従来の紙のカルテでは、専門用語がしかもドイツ語で書かれていることが多く、検査結果も数字の羅列で書かれているだけで、そのままではほとんどの患者には理解不能でした。電子カルテを利用することで、用語の統一化がある程度はかられ、説明がしやすくなります。また、画面上で必要に応じて検査結果やレントゲン、内視鏡などの画像を表示しながら説明を受けられるので、患者にとっても理解がしやすくなります。
また、電子カルテを導入することで、患者が自由に自分のカルテを閲覧できる仕組みも作りやすくなります。これは、セカンドオピニオン(主治医以外の医師の意見)を聞きたい時に大変有効です。カルテにはこれまでの病歴や処方歴がすべて記録されており、それを参照することでより的確な診断が下せるようになるのです。
電子カルテに対する国の取り組み
2001年12月、厚生労働省の保健医療情報システム検討会は 「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」という報告書を発表しました。この報告書では、電子カルテを21世紀の医療情報システムの中核として明確に位置付け、以下のような具体的な達成目標を掲げています。
・ 平成16年度までに、全国の二次医療圏毎に少なくとも一施設は電子カルテの普及を図る 電子カルテの普及の際は、地域医療支援病院、臨床研修指定施設またはその地域で中心的な役割を果たしている病院などの地域連携診療の核となるような医療施設が電子カルテを導入するよう推進する。
・ 平成18年度までに、全国の400床以上の病院の6割以上に普及、全診療所の6割以上に普及
「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン 最終提言 」より引用
また、電子カルテを中心としたシステム化の効果として、下表のようにまとめています。
【 関連情報リンク、ならびに情報協力 (出典) 】
■ 参考:保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン 最終提言 (厚生労働省 保健医療情報システム検討会)
このような方針を受け、医療機関どうしで電子カルテ情報を共有する試みもはじまっています。独立行政法人の情報通信研究機構(NICT)では、2004年9月から12月までの間、北海道の旭川医科大学付属病院を中心に、道内14病院と北海道東海大学、旭川光信頼情報流通リサーチセンターの合計16拠点をP2Pネットワーク(2点間を結ぶネットワーク)で結び、電子カルテの情報を共有する実証実験を行いました。電子カルテの情報は各病院のサーバーで保存し、他の医療機関からのリクエストに応じてカルテのデータを暗号化して送信する仕組みです。
電子カルテ情報を共有することで、同じ患者に対する二重投薬や重複検査を防ぐことができます。また、転居などの都合で転院した患者にも、継続した治療を行える、セカンドオピニオンに役立てることができるといったメリットがあります。
電子カルテ共有のメリットがあるのは、医療機関同士だけではありません。現在日本では、医薬分業(処方箋は医師が発行して、薬は院外のかかりつけ薬局でもらう)が推進されていますが、電子カルテの導入で、医師の側でも投薬歴を参考しながら処方を決めることができます。また、介護が必要な人へのケアプラン立案にも、電子カルテの情報は役立ちます。
カルテは、身体の情報を専門家の手で記録した大切な情報です。電子カルテは、大切な情報をより生かして、健康な生活をサポートする仕組みなのです。 【 関連情報リンク、ならびに情報協力 】
■ P2P型ネットワークシステムを用いた信頼性の高い医療情報流通実験を開始 (独立行政法人 情報通信研究機構)
著者プロフィール:板垣 朝子(イタガキアサコ) 1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける 著書/共著書 「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム) 「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
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