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6. ユビキタスとナノテクノロジーの相関関係とは

ユビキタスとナノテクノロジーの相関関係とは

GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)を搭載した携帯電話は、すでに普及も進み、一般化しつつあるユビキタス社会の"一里塚"といえよう

"どこでも情報を発信・受信できる"という意味のユビキタス社会は、部分的だが徐々に現実化され始め、意外と身近な存在になりつつある。例えば、最近サービスが始まった携帯電話のナビゲーション・サービスは、自分が今いる場所をディスプレーの地図上に表示させ、初めての場所でも迷わずに目的地に向かうことができる機能である。これが実現できたのは、情報を発信・受信したり、情報を記録し加工するなどのナノテクノロジーの"先駆け技術"が発達したおかげである。

どこでもコンピューターという環境に

ユビキタス社会とは、"どこでもコンピューター"という環境の中で生活することを意味する。今後、人間はコンピューター群の支援を直接的にも間接的にも受けて生活することになり、分野によってはコンピューターの支援なしでは生活できなくなる場面も出てくるだろう。例えば、銀行やコンビニエンスストアーなどに設置されたATM(現金自動預け払い機、Automated Teller Machine)で全国どこからでも手軽に引き出しや送金ができるようになったため、最近は給料を現金で受け取ることはほとんどなくなった。これは必要な情報が正確にやりとりされているから実現している金融システムであり、ユーザーに信頼されているから成立する情報システムでもある。情報が遠隔地の別の場所に確実に届く、という意味で、これもユビキタスの一環である。

モノからの情報を受信し受動対応

VICS(Vehicle Information and Communication System、道路交通情報)機能を搭載したカーナビは、ユビキタス社会を具現化させたひとつの回答である

現在は人間が意識して情報をやりとりする能動型が主流であるが、製品などのモノが情報を自動発信する機能を持つ受動型が併用される時代が近づいている。例えば、観光地で遺跡に近づくと、遺跡の解説情報が観光客の持つ"情報端末"に発信され、音声や画像などの解説情報が表示される、などといった手法で、既に一部の博物館や展示会では実験的に始まっている。 VICS(Vehicle Information and Communication System、道路交通情報)機能を搭載したカーナビ VICS(Vehicle Information and Communication System、道路交通情報)機能を搭載したカーナビは、ユビキタス社会を具現化させたひとつの回答である 高速道路の通行料金を無線で支払い処理するETC(Electronic Toll Collection System)システムも、受動型の情報のやりとりである。渋滞情報などの道路状況情報を適時、自動車のナビゲーションシステム画面に伝えるVICS(Vehicle Information and Communication System)も受動型である。  

VICSのような情報受信システムを携帯電話機やPDA(携帯情報端末)などに組み込み、人間が今いる環境から情報を受け取る試みも始まっている。例えば、食物アレルギーを持つ人が、食堂の自動販売機で食べたいメニューの食券ボタンを押した時に、アレルゲン(アレルギー原因物質)を含む場合は警告を出す実験が、とある大学の食堂で始まっている。事前に自分の"情報端末"に自分の食物アレルギー情報を登録しておく一方、食堂側はメニューごとに食材を登録しておく仕掛けだ。  

ユビキタス社会を実現させるのは、最近話題のICタグなどを含む超小型の"マイクロマシン"を実用化するナノテクノロジーである。超小型で、そして丈夫で安い情報発信・受信システムや"情報端末"の心臓部となるCPU(中央演算装置)や記録素子・装置の開発には、微細加工技術であるナノテクノロジーを利用することが不可欠になるからだ。  

ナノテクノロジーの開発は、日進月歩で進んでいる。例えば10年後の2014年に2004年を振り返ってみると、ナノテクノロジーはまだ初歩的なレベルだったと思われるだろう。例えば、記録素子・装置と一口に言っても、様々な原理やアイデアによる研究開発が進み、いろいろなナノテクノロジー技術が産声を上げ、育ち始めている。現在は、予想もつかないような"マイクロマシン"が次々と登場し、かつ自然淘汰されながら、一層便利なユビキタス社会を実現させていくだろう。

神業に近づくナノテクノロジー

図1●ナノテクノロジーを代表する材料であるカーボン・ナノ・チューブ(Cabon Nano Tube)の模式図。6個の炭素原子がつくるベンゼン環の並び方から3種類のチューブ構造がある。ら旋状などにベンゼン環が並ぶことや直径などによって、そのカーボン・ナノ・チューブの電気伝導率は、金属的だったり半導体的だったりする(イラストは、信州大学工学部電気電子工学科 遠藤守信教授提供)

ナノテクノロジーは、1nm(=10のマイナス9乗メートル)単位という髪の毛の数万分の1の原子・分子レベルを操作する究極の技術である。このため、ナノテクノロジーは"微細加工技術"が土台となる。  

この微細加工技術は、従来の加工の概念といくらか異なっている。微細加工技術と言うと、イメージ的には大きいものから微細な機構・部品を削るなどしてつくり出すやり方を思い浮かべるだろう。  もちろん、大きいものから微細なものを削り出すような除去加工法もナノテクノロジーでも多く用いられるだろう。しかし、ナノテクノロジーでは生物のように、ある"芽"から微細な機構・部品を組み上げていく「自己組織化」が重要な役割を果たすと予想されている。原子・分子レベルに近い極限的に小さな世界では、必要とする機構や部品を自分で組み上げていくという微細加工法が必要と考えられ、これを実現させるための研究開発が精力的に進められている。まるで神業(かみわざ)のような技術を実用化しようとしているのである。 カーボン・ナノ・チューブ(Cabon Nano Tube)の模式図 図1●ナノテクノロジーを代表する材料であるカーボン・ナノ・チューブ(Cabon Nano Tube)の模式図。6個の炭素原子がつくるベンゼン環の並び方から3種類のチューブ構造がある。ら旋状などにベンゼン環が並ぶことや直径などによって、そのカーボン・ナノ・チューブの電気伝導率は、金属的だったり半導体的だったりする(イラストは、信州大学工学部電気電子工学科 遠藤守信教授提供) 

その神業の先駆けの一端として、ナノテクノロジーを代表する材料であるカーボン・ナノ・チューブ(Cabon Nano Tube)の開発を紹介しよう。最近、携帯電話やデジタルカメラの電源に用いられているリチウムイオン2次電池では寿命が数10%長くなった改良品が登場した。電池寿命を長くしたのが、カーボン・ナノ・チューブの採用効果である。  

カーボン・ナノ・チューブは、炭素原子が6個集まって6角形状に並んだベンゼン環が網目状に規則正しく数多く並んだシートを、筒状に巻いたもの(図1)。太巻のお寿司に巻かれた海苔を思い浮かべると分かりやすい。太巻きの海苔が炭素原子の6角形の編み目シートに相当する。1回巻いたチューブ(「シングルチューブ」と呼ぶ)の直径はほぼ1nmと信じられないほど細い。2重以上の多重のカーボン・ナノ・チューブもある。  

カーボン・ナノ・チューブのつくり方もいろいろ開発されている。その代表格が金属のナノ粒子を"核"として、そこからカーボン・ナノ・チューブを組み上げていく製造法が実用化されている。一種の自己組織化のつくり方である。  

1重から多重までのそれぞれのカーボン・ナノ・チューブは、適材適所の応用開発が模索されている。薄型ディスプレーの電子銃、電池の電極材料、微細なトランジスタなどの配線などのアイデアが目白押しだ。レーザー発信器など、応用用途によっては、炭素原子の並び方ができるだけ乱れず、また直径ができるだけそろうことを求めるケースもある。原子1個ずつを最適に並べることは、神業に近い操作である。  

最近では、細いカーボン・ナノ・チューブの内側に、例えばフラーレンと呼ばれる炭素原子でできた球体を入れたりするという神業も披露されている。いろいろな原子をカーボン・ナノ・チューブの内側に入れて新しい性質を見つける研究も盛んになっている。  

こうした研究や応用開発が続けられているため、カーボン・ナノ・チューブはユビキタス社会を実現するキーデバイスやマイクロマシンなどを支える材料として身近な存在になるとの期待が高まっている。

(丸山 正明=東海大学大学院非常勤講師・日経BP社編集委員)

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