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10. 電波を使って“手旗信号” − 近未来コミュニケーション、車車間通信 −

いわゆる「ITS」という言葉でくくられているものは、たいへん多くの分野に渡り、多様な内容を含んでいます。
 その中でも非常に重要な要素になる「通信」の分野には、非常に数多くの要素があります。大まかな分類法として、クルマが通信する対象によるものがあり、「○-車間通信」といった呼び方が使われます。

 道路上にあるビーコンやアンテナなどの施設との間で通信する場合は「路車間通信」、クルマとクルマの間で直接通信するものを「車車間通信」、そして後で説明しますが「車路車間通信」といった具合になります。

 今回はその中から「車車間通信」にフォーカスしてみたいと思います。

最終的な目的は、安全かつ円滑化された道路環境の実現です。前方・後方確認の煩わしさや緊急車両の接近を通知してくれる等の便利さはありますが、楽をするためのシステムではないので、ドライバーは変わらず安全運転を心掛けなければなりません。

アナログなコミュニケーションの限界とは?

実は、現在でも「車車間通信」は盛んに行われています。
 例えば、合流などで他のクルマに道を譲った時、相手のクルマが4ウエイフラッシャー(ハザードランプ)を2回程度点滅させるのを見たことがありませんか? 「譲ってくれてありがとう」といった意味で使われている、ドライバー間のコミュニケーション方法です。

 昼間で、お互いの室内の様子がわかる状態なら、会釈したり、手をあげるといった実際の動作で「ありがとう」の意思表示ができるわけですが、合流で前に出てしまうと、車内で手を上げても譲ってくれた後続車のドライバーからはその動きが見えない場合が多いわけです。夜間ならなおさらですし、高速道路を走っている時や雨が降っている時などは、窓を開けて手を上げるわけにもいきません。そんなことから生み出されたのが、ハザードランプを数回点滅させるというコミュニケーション方法です。

 他にも、狭い道でのすれ違いで、やはり譲られたクルマがお礼代わりに「ピッ」と短くホーンを鳴らす、といった事が日常的に行われています。
 

※ 厳密にいうと道路交通法違反になる可能性もあるのですが(ハザードも、ホーンも、危険回避目的以外に使わないことになっています)、すでにある程度定着してしまった慣習であること、ドライバー間の円滑なコミュニケーションに役立つ効能などが認められてのことなのか、特に問題視する風潮は感じられません。

ただし、これらのサインは正式にルール化されているものではありません。同じサインでも地域によって意味が変わることやまったく通用しないこともあり、また、そもそもそういったサインの存在や意味を知らないドライバーもいますから、よかれと思ってサインを出したことで、逆に問題が生じることもあるでしょう。

 例えば交差点で右折待ちをしている時、対向車がパッシングしてきたとします。通常、「先に曲がっていいよ」の意味で使われることが多いので、てっきりそうだと思って手を上げながら右折しようとしたら、相手はそのまま直進してきて……というケースです。直進車のパッシングは、右折待ちのクルマが大きくはみだしていることや、動き出そうとしている気配を感じての警告だった……というわけですね。  

円滑化された道路環境の実現を目指して

このような問題を解決し、ドライバー間のコミュニケーション手段を多様化、高機能化し、正しい意思疎通を実現するために、車車間通信を利用しようという動きがあります。具体的には、カーナビなどにメーカーを超えて共通のコミュニケーション機能を搭載し、意思表示のために多用される文言をプリセットしておく、といった仕組みが考えられます。メッセージを送信する車両/送って来た車両をどうやって限定するか? また、相手のクルマがその機能を持っていない場合はどうするか? といった問題はありますが、そういった問題が解消できれば、交通環境の円滑化に一役かってくれそうです。

 もう少し積極的かつ直接的に安全性を高めることを目的として、車車間通信を利用する仕組みも数多く検討されています。最も単純で、かつ効能が大きそうなものは、「今、減速している」という情報を後続車に向けて送信する仕組みです。

 現在、すでに各種の「衝突回避システム」が実用化され、高級車を中心に搭載される車種が増えつつありますが、これらは前方の状況を自力で探知することで成立しているもので、いわば「アクティブ」なシステムです。しかし、アクティブな衝突回避システムを成立させるためには、ミリ波レーダーや画像解析システムなど、高価で高機能なデバイスを使う必要があります。

 対して、減速情報を後続車に発信するだけの仕組みは、減速度を測定するセンサーと、減速度が特定の値以上になった場合、そのことを告知する情報をある範囲に向けて電波で発信する仕組み、その情報を受信する側の装置だけで構成できますから、アクティブな衝突回避システムに比べてたいへん簡素に構成でき、低コストで実現できるわけです。前車からの減速情報に合わせて受信側のクルマも減速するのか、それとも警報を発するだけで判断はあくまでドライバーにゆだねるのか等々、システムの構成にもよりますが、より安い価格帯のクルマにも積極的に搭載できるという大きなメリットは見逃せません。

 通信の規格については、あらかじめ自動車メーカー間で統一化・共通化をしっかり行なっておく必要がありますし、使用する周波数帯と出力の設定といった問題もありますが、それさえ解消できれば、衝突事故を減らすために大きな効能を発揮してくれるはずのシステムです。

緊急事態を回避するために

衝突回避のために役立ちそうなシステムをもうひとつ紹介しておきましょう。いわゆる「出会い頭」の事故を減らすため、今、見えないところにクルマがいるのか? いないのか? を判断できる仕組みを作ろう、という方向性です。

 例えば、見通しの悪い交差点を通過する時、接近しているクルマがいるか? がわかれば、それだけで出会い頭の事故が起こる確率は大幅に低減できるでしょう。余談ですが、観光地の山岳路を走っていると、まず間違いなくブラインドコーナーに停車して景色を眺めている人達がいるものです。そんな状況下での事故を減らす効果も大きいと考えます。他にも、緊急車両の接近を告知する、速度差の大きい車両の接近を告知する、といった形で応用できます。

車車間通信は、衝突回避のためのさまざまな仕組みに応用でき、その効能は大きい。「アドフォック(場当たり的)モード」と呼ばれるネットワークを構成することで、1対1ではなく、複数のクルマの間で相互かつ有機的に機能する衝突回避システムなども構想されている。

このようなシステムは少し応用することでさまざまに発展させられます。例えば、子どもやお年寄りにRFIDタグを持ってもらい、接近すると音声で警告する、といったシステムに応用できます。これが実現できれば、子どもが路地から飛び出して来て…という事故も大きく低減できるでしょう。自転車の防犯登録証をRFIDタグ化する際、この機能も搭載してもらえれば、対自転車の事故も低減できるはずです。

 さらに、このような仕組みを複数組み合わせることで、周囲にいる複数のクルマとの相対速度差や、それぞれがどちらへ動こうとしているのか? といった情報を総合的に判断することで、より高度に衝突を回避できるシステムも実現できるでしょう。

 ただ、すべてのクルマがそのための仕組みを搭載してくれなければ、真の効能が発揮されないという弱点もあるわけですが、まずは第一歩を踏み出すことに大きな価値があると考えるものです。

 さて、クルマを運転している間、何気なく行なっている操作を「情報」として送信、他車のドライバーへ広く伝えることで実現できる機能もあります。そのような仕組みは「カープローブ」と総称されています。

 例えば、ワイパーを動かせば「雨が降っている」と判断できます。ライトを点灯すれば「暗くなって来た」と判断できます。そのような判断は、自車の周囲にいる他車にとっては周知の事実でしかありませんが、同じ路線の10km後方を走っているドライバーにとっては、前方の道路状態を判断する上でおおいに役立つ場合が多々あります。

 しかし、そのような情報の「共有」の仕方については、必ずしも車車間通信で行なうのが効率的とは限りません。車車間で共有するためには、情報を送信する電波の出力を高めなければならない、といった問題も出て来ます。そこで、広域向け情報はいったん情報共有用のサーバーにアップロードし、必要とするクルマが取り出して利用するという仕組みが考えられます。

 このような仕組みは、クルマ→路上の受信装置&サーバー→路上の送信装置→クルマという経路で情報を伝達するので、「車路車間通信」と呼ばれます。すでに実用化されているサービスもありますが、個々のクルマが発信する情報を利用するため、プライバシーの問題についても考慮しておく必要があります。そこで、現在ではバスやタクシーなどの公的な車両や、自動車メーカーが主催する会員制の高機能通信サービスで、情報発信を承諾した会員のみ情報をアップする、といった運営になっています。これも参加する車両が増えれば、さまざまな面でメリットが見込めると評価できるでしょう。

前車に追従するだけの「プラトーン走行」なら、完全自走よりはるかに容易に実現できる。高速道路に限ったものとすれば、さらに実現は容易だ。ただし、隊列の組み方や、そこに合流、離脱する際のルールなどは厳密に決めておく必要がある。

自動車を"自"から"動"かさなくなる日が来る?

ITS分野において、ひとつの究極形態と考えられているのが「自走自動車」です。この分野でも、車車間通信技術が必要とされる要素は多いのですが、実現に向けては、技術面よりもむしろ社会的な面で解決すべき問題(例えば自走自動車が事故を起こした場合、責任は誰にあるのか? など)が多く、普及までには相当な時間と議論が必要になりそうです。

 ただし、とりあえず限定的に利用する方向性として「オートメーテッド・ハイウエイ」が構想されています。高速道路の特定の車線を専用とし、その中でだけクルマを「自動追従走行」させよう、というものです。高速道路なら交差点もなく、極端にカーブすることもありませんから、完全な「自走」ではなく、前車に追従して行くだけで済むわけです。

 このような仕組みは「プラトーン(小隊、隊列)走行」と呼ばれています。システムとしては、前車(もしくは前方数台のクルマそれぞれ)との車間距離を正確に測定し、一定に保つための仕組みを組み込めばいいだけですから、仕組みとしてはオートクルーズに、後方の車両への情報送信、前方の車両からの情報受信、協調走行のための仕組み、衝突回避システムなどを組み合わせれば構成できます。

 オートメーテッド・ハイウエイは、大型バスや大型トラック輸送の分野で先行して実用化されそうです。大型車両が高速道路上で事故を起こすと、その影響は甚大なものがあります。また、運んでいるモノの種類によっては周辺環境に深刻な被害を与えることもあります。交通事故の原因のほとんどがドライバーの誤操作や誤認識、居眠り運転などに起因すると言われますから、「危険物」である大型車両の運行からヒューマンファクターを排除することで安全性を高め、同時に運行コストを低減しよう、というのがその主旨です。ある意味で、バスやトラックの列車化と考えればいいでしょう。

 無人で追従走行してきたクルマは、バスなら終点でUターンすればいいわけですし、トラックならインターチェンジごとに用意される操車場に一端停車し、必要な荷物をおろして再度高速道路上に乗り出す、というわけです。操車場で下ろされた荷物は、地域輸送用の小型車が配達先へ運ぶことになります。

 ただし、雇用問題なども絡んできますから、実用化されるとしても、当面はドライバーも乗っていて、必要な時だけ運転する、といった方式が採られることになるかもしれません。その場合でも、時にかなり苛酷になることもあるトラック輸送の労働負荷を下げる効能は発揮できますから、結果として世の中全体の幸せのために貢献できる度合いは大きいと言えるでしょう。
 

著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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