テクのサロン
7.カーエレクトロニクスがもたらすクルマの近未来 Volume.3 『車内のネットワーク化(車内LAN)と協調制御』
カーエレクトロニクスの今後の主要な開発テーマは、「ネットワーク化」と、それによって実現する「協調制御」です。今回はその概要についてお話ししましょう。
ネットワーク化がもたらす機能性の向上
コンピュータ・ネットワークの世界は、「中央集権型」から「権限分散型」へ進化して来ました。大昔の業務用コンピュータシステムは、巨大なホストコンピュータに複数の端末がぶらさがる、中央集権型のネットワークで構築されていました。システム全体が動作するための処理も、端末から要求される計算処理も、基本的にホストコンピュータがこなします。端末はホストコンピュータへの入力(処理要求)と、その結果を表示するための装置にすぎず、CPUを搭載しないものも珍しくありませんでした。
その後「UNIX」の登場によって、ネットワークの構成が大きく変わります。UNIXのネットワークでは、作業用コンピュータ同士が、ネットワークの調停・調整、データベース処理やファイル保存などの役割に特化した「サーバー」を利用しながら接続される形態を基本としています。用途によってホスト→端末的な構成も実現できますが、ネットワークの末端に位置するものが単なる「端末」ではなく、自ら処理能力を持つコンピュータとなったことで、中央集権型ネットワークである必然が薄れて来たのです。
さらに「パソコン」が登場し、高性能化と低価格化が進んで一般的な業務処理の多くをこなせるようになったことで、現在ではUNIX型ネットワークをパソコンで構築するスタイルが主流となりました。ここ数年は、ネットワーク上のパソコン同士がCPUの処理能力を提供し合うことで強大な処理能力を実現する「グリッド・コンピューティング」も普及しています。
カーエレクトロニクスの世界でも、同様の流れが起こることは必至です。現在は基本的にECU(Engine Control Unit)と呼ばれるコンピュータに各部の制御機能がまとめられていますが、ECUが搭載するCPUの処理能力は、マイコン家電などに搭載されているものと大差ありません。今後、電子制御化される部分がどんどん増えていくこと、さらにそれぞれが高機能化・高性能化する上で処理速度の高速化が必要になってくることを考えると、ECUの処理能力を強化するのではなく、UNIX方式で各部がCPUを搭載して処理を行なう方向性は、ある意味で自然な流れです。
例えばカーナビゲーション・システムは、それ自体が独立したコンピュータです。メーカー純正装着品の場合は、その処理・制御機能もECUにまとめてしまえば部品点数削減などに役立ちますが、実はカーナビが行なっている処理は非常に複雑なもので、現状のECUが余力でこなせるようなレベルではありません。ならば無理に統合せず、カーナビ機能に必要な処理はカーナビに任せておく。その代わりに、ECUとカーナビの間をネットワークで接続することで、何か新しい機能は実現できないか? という発想が出てきます。
益々進んでいく自動車の電子制御化
今後、カーエレクトロニクスが進化していくにつれて、自動車を構成する各部の機構が電動化、もしくはそれを前提としたものに置き換えられ、同時に電子制御化されていくことは必至です。ブレーキやスロットル、ステアリングといった、従来は機械的な結合で操作されていた機構が、モーターを利用した機構に置き換えられる「x-by Wire」化などが好例ですが、それぞれの機構を高機能化する上では、基本的な制御を各部で処理してしまうUNIX型のネットワークが採用されていくことになるでしょう。さらに、機構間をネットワーク化することで「協調制御」を実現し、より高度な制御を実現したり、新しい利便性を生み出す。その実現のために重要になってくるのが、「車内LAN」の構築と高機能化なのです。
カーエレクトロニクスの世界では、協調 or 連動制御という発想自体は特別に新しいものではありません。すでに数多くの「連動制御」が実用化されています。
最初に導入された例は、エンジンの点火系の制御と燃料噴射の連携でしょう。自動車のエンジンは、バッテリーから供給される電力を昇圧して作り出した高圧電流を点火プラグへ送り、電気火花を発生させることで点火しています。もともと電気を使う分野であったこともあってか、システムの電子化、回路化がかなり早い段階から進められて来ました。30年ほど前の段階で、トランジスタやCDI(Capacitive Discharge Ignition 容量放電点火)による点火タイミング制御がそう珍しいものではなかったほどです。
燃料噴射も、比較的早い時期に電子制御化が進められた分野です。エンジンは、内部のシリンダーに燃料と空気を混ぜた「混合気」を送り込み、着火することで出力を取り出します。それだけに、混合気の濃度(混合比)と量は、エンジンの出力はもちろん、排気ガス中に含まれる有害物質の量や燃費といった要素に大きく影響して来ます。
基本的には燃料の比率が低い=薄い空燃比であるほど排ガスがクリーンになり、燃費も向上しますが、その反面で熱と圧力によって自然着火してしまうといったトラブルや、加速性能の低下といったデメリットも生じます。ガソリンエンジンの場合、理論上最適な空燃比(空気と燃料の混合比)は14.7対1ですが、実際には状況によってベストな空燃比は刻々と変わるものです。例えば高地や夏季など空気中の酸素濃度が低い状態や、加速のためにパワーが必要といった場合はやや薄めの、酸素密度の高い冬季や巡航状態ではやや濃いめの空燃比がベストになります。
1970年代までは、混合気を作る「キャブレター」という機構の内部にある経路のサイズを変えることなどで空燃比を変えていましたが、その後排気ガスのクリーン化や燃費向上を目的に、状況に応じて空燃比を最適に変更するための仕組みとしてEFI(Electric Fuel Injection 電子制御式燃料噴射装置)実用化されます。気温、酸素濃度、シリンダー内部の燃焼状態といった要素をセンサーで検知し、状況に応じて燃料噴射量を増減させ、常にベストな空燃比を実現するシステムです。そしてEFIには、その効力をいっそう高めるために点火系と連動する仕組みが取り入れられました。この仕組みのおかげでエンジンの性能は全方位で飛躍的に向上したのです。
「協調制御」の利便性と限界
このように、電子制御を各部で完結させるのではなく、機能と機能、機器と機器を連動・連携させることで新たな機能や利便性を生み出したり、性能を向上させられるのが「協調制御」の効能です。
もっとシンプルでプリミティブな例として、各種の「車速連動」機構をあげてもいいでしょう。例えば「車速連動型ワイパー」などは、仕組みの簡単さに比べてたいへん大きな効能をもたらしてくれる機能です。
通常、ワイパーは拭き取り動作の速度が3段階程度に調整できます。非常に雨量が多い時はワイパーを早く動かし、そこそこの雨量の時は少しゆっくり、そして雨量が少ない時には連続して動作し続けるのではなく、いったん止まっては動作し、また止まる「間欠モード」といった感じです。さらに上級グレードになると、間欠モードの動作タイミングを無段階に調整できる機構を備えています。しかし、フロントウィンドウが受ける雨量が降雨量×走行速度に比例して増減することを考えると、理想は走行速度に応じてワイパーの同作速度が増減してくれることです。それを実現したのが車速感応型ワイパーで、常に明瞭な視界が確保できるだけでなく、車速がゼロになるとワイパーも停止、もしくは非常に長いインターバルでの動作に切替えることで、不快な動作音も、ガラスに傷がつくことも防げます。同様の例として、パワーステアリングのアシスト量、オーディオのボリュームなども車速と連動することで利便性を向上させる機構と言えます。
もう少し高度な協調制御の例としては、AT(オートマチック・トランスミッション)の変速プログラムと、カーナビによる測位情報の連携があげられます。
ATの変速プログラムは、基本的に車速、エンジン回転数、アクセルペダルの踏み込み量などを関連付けたデータベース(マップ)を参照しています。少し高度な制御を行なうタイプではマップの数を増やし、上り坂では変速するタイミングを変えてなるべく低いギアで走行するマップへ切り替える、といったプログラムが組み込まれています。
現在地が上り坂なのか平地なのかを判断する方法は各種あって、例えばアクセルペダルの踏み込み量が一定なのに車速が低下してくれば上り坂、逆に速くなってくれば下り坂と判断できます。そこに「学習機能」を組み合わせることもできます。これは文字通り、ドライバーの通常の運転操作をパターンとして学習(記憶)しておき、その状態と現状との差異によって状況を判断する仕組みです。例えば、平地ではあまりアクセルを踏み込まない人が、車速の低下によって少しアクセルを大きめに踏み込んだら、上り坂である、と判断できる…といった具合です。
しかし、そういった判断方法には、常に誤判定の恐れがあります。また、フィードバック制御しかできないことにもなります。そこで考案されたのが、カーナビのGPSと地図データを利用し、位置情報によって上り/下り坂をピンポイントで判断する仕組みです。これなら判断ミスは根絶できますし、実際に坂にさしかかる少し前から、あらかじめ坂道用のマップに切り替えておけるといったメリットも生じます。
車載機器間で構築される「車内LAN」の有効性
このように、今後の協調制御の重要な核となるのが、カーナビなど「情報系」機能と車載機器の連携です。「IT連動制御」などと呼ばれることもありますが、例えば日産自動車が自動車技術関連のカンファレンスで講演した「HEV Charge/Discharge Control System Based on Navigation Information」という報告は、なかなか興味深いものです。
この技術は、エンジン+モーターのハイブリッド動力源を持つ車両と、道路・交通情報を利用できるカーナビゲーション・システムを組み合わせ、進路の先にある坂道や渋滞を検知し、状況に応じてバッテリーの充放電を制御することで燃費が改善できるか? がテーマです。行程の先の道が渋滞していたり、上り坂になっている場合は、その手前からバッテリーの充電を優先したモードにしておき、エンジンによる走行時間を短縮することで燃費を低減させるという試みなのですが、実験の結果、7.8%の燃費改善効果があったとされています。
【 参考URL 】
■社団法人 自動車技術会 BookPark(文献詳細検索結果表示画面)
『カーナビゲーション情報を用いたハイブリッド電気自動車の充放電制御システム』
この技術は、現行のクルマにあまり手を加えなくても実現できる点がミソです。極端に言えば、VICSなどの道路・交通情報を取り込んで利用できるタイプのカーナビを搭載するハイブリッド車なら、先に例としてあげたカーナビ地図参照AT制御と同様のロジックに、バッテリーの充放電制御用プログラムを追加して連携させるだけで実現できるかもしれません。このように、新たなハードウエアを開発することなく、ソフトウエアの導入によって新たな機能が実現できることも、協調制御の大きなメリットです。
協調制御による新たな機能は、今後も続々と登場してくるでしょう。そこで非常に重要な要素となるのが、車載機器の間で構築される「車内LAN」の有効性です。高度な協調制御を現実的なコストで構築するためには、機器間の通信規格の共通化や、制御用ソフトウエアの複雑化といった課題を解決する必要があります。また、誤作動などの可能性を根絶するためには、ハーネスの単純化や耐ノイズ性といった性能が重視されます。省エネルギー化のためには、システム全体の単純化、軽量化、高耐久性といった要件も非常に重要です。つまり、新たな車載システムのグランドデザインを作り、発展させていくためには、部品レベルのたゆまざる技術革新が不可欠なのです。
【 情報提供先、ならびに関連情報 】
■日産自動車株式会社(日産テレマティクス)
【 Special Thanks 】
※文中の図は、インターネプコンワールド(1月29日に東京・ビッグサイトで開催)で、日産自動車 電子技術本部の浅野正春氏が行われた講演中で使用されたモノを参考にさせていただきました
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
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