テクのサロン
6. カーエレクトロニクスがもたらすクルマの近未来 Volume.2 『ドライバーアシスト』
「カー」と「エレクトロニクス」がもはや不可分なものになっていることは、前回の特集でも簡単に記しました。今回は、視点を「ドライバーアシスト」にフォーカスしてみたいと思います。
AT(オートマチック・トランスミッション)から始まったアシストの歴史
自動車の歴史が始まって以来、最も大きな効力を発揮したドライバーアシスト装置は、オートマチック・トランスミッションでしょう。
トランスミッションは、原動力を効率良く使うための「トルク変換機構」で、日本語では「変速機」と呼ばれます。原理・構造は、自転車の変速機を思い出していただければ理解しやすいでしょう。異なる大きさの歯車を組み合わせることで、自転車の場合は脚力、自動車の場合はエンジンからの出力を、低速時は「重いものを力強く進めるための力」として、高速時は「より軽やかに進めるための力」として、駆動輪へ伝える仕組みです。
初期のトランスミッションは「選択摺動式」でした。これはエンジンからの出力が伝わってくる側の歯車と、力を駆動輪へ伝える側の歯車を、必要に応じて噛み合わせたり引き離したりする構造で、操作に相当の熟練が必要なだけでなく、操作をミスすると歯車自体が破損してしまう危険性があったのです。
この点を改善すべく登場したのが「常時噛合式」ミッションです。歯車自体は入力側と出力側をあらかじめ噛み合わせた状態の「歯車セット」にしておき、それぞれの歯車セットと出力軸との間を結合したり切り離したりする構造です。おかげで変速操作はずいぶんと容易なものになり、破損の危険性も激減しました。使用中の歯車セット(高速で回転している)と、他の歯車セット(基本的に停止している)の軸の回転差を少なくして変速する「ドッグクラッチ」と呼ばれる機構がミソだったのですが、これも操作には少々の慣れが必要で、ミスによって破損の危険性が残るものではありました。
さらに時代が下ると、より安全・確実に軸の回転差を吸収するシンクロナイザー(同期噛合機構)が登場します。破損の危険性はさらに低くなりましたが、それでもまだ変速操作のタイミングがうまく量れないこと、また特に発進時のクラッチペダル操作が難しいことなどを理由に、自動車の運転を断念せざるを得ない人々が存在しました。
オートマチック・トランスミッション(AT)は、そういった問題を一気に解消してしまった、革命的な機構です。ここではその構造について詳しく述べませんが、油圧を使った機構によって自動的に変速操作が行なわれ、またクラッチペダルも不要となりました。運転するために必要なのが、アクセルペダル、ブレーキペダル、ステアリングの操作だけで済むようになったことで、極言すれば子どもでもクルマを動かすことができるほど、運転操作は簡単なものになりました。
ATの普及によって、ドライバー人口は爆発的に増加します。また身体的なハンディキャップを持つ人々が自由に移動する手段としても、自動車はその存在意義を高めました。筆者自身も左足を骨折し、完治するまでの1年間、ATのありがたさを痛感させられたものです。
今では日本で新車販売される乗用車のうち9割以上がATと言われ、大型バスやトラックにも普及が進んでいます。もはや、ドライバー自身の手と足で変速操作を行なうマニュアル・トランスミッション車のほうが珍しい存在となってしまいました。
これらの装置の目的は、「ドライバーのスキルによらず、クルマが持つ性能を最大限に発揮させられる」ことです。典型的な装備のひとつである「ブレーキアシスト」装置を例に説明してみましょう。
特殊なものではなく標準装備に近付いたパワステ/ABS
最大限の安全性を生み出すためのサポート
緊急時のブレーキ操作の理想は、「ブレーキを思い切り踏み込め、かつホイールがロックしないよう、ぎりぎりの状態でブレーキペダルの踏力を微妙に調整できる」ことです。この操作ができるドライバーなら、クルマにABSが付いていてもいなくても制動距離に大きな差は出ません。また、ステアリング操作で危険を回避できる余地も生まれます。とはいえ、そのようなハイスキル・ドライバーは、全体の中ではほんの一握りでしょう。
一般的なドライバーは、「ホイールがロックするまでブレーキペダルを踏み込めるが、ロックさせないような踏力の調整はできない」という人が大半を占めると思われます。しかしクルマがABSさえ備えていれば、彼らのブレーキ操作、そして危機回避能力も、ハイスキルドライバー層と同等レベルにまで高められるわけです。
問題は、「ホイールがロックするまでブレーキペダルを踏み込めない」ドライバー層もけっこうな割合で存在するという事実です。運転に習熟していない層は「どこまでブレーキを踏んでいいのかわからない」といった心理的な問題から、また高齢者や女性では脚力などの問題も加わって、ABSが作動するところまでブレーキペダルを踏みつけられないケースがままあるのです。
ABSはあくまで「ホイールのロックを防ぐ」装置であって、「自動的に最大のブレーキ効率を実現する」装置ではありません。ホイールがロックするところまでペダルを踏み込めなければ、宝の持ち腐れになってしまうわけです。危険を避けるために高い制動力が必要だと頭ではわかっていても、その意志がペダル踏力に反映できないドライバーの場合、本来ならABSの効能によって避けられるはずのアクシデントが起こってしまうことになりかねません。
ならば、ドライバーが強い制動力を望んでいると判断できる状況下では、踏力の大きさによらず、ブレーキ機構の側で自動的にABSが作動するレベルまで制動力を高めればいい……という発想から開発されたのがブレーキアシスト装置です。
緊急時のブレーキペダル操作は、ドライバーのスキルによらず、踏み込み速度が速く、また踏み込み量が深いところで一定になるといった特徴があります。ABSが作動するところまでブレーキを踏み込めないドライバー層も、踏み込み量がロック地点にまで至らないだけで、特徴自体は同じなのです。そこでブレーキペダルにセンサーを組み込んでおき、緊急ブレーキの特徴が検出された場合は、踏み込み量を問わず自動的にABSが作動するレベルのブレーキ力を発揮させる。これがブレーキアシスト機構の概要です。
また、ブレーキアシスト装置の仕組みを流用し、ミリ波レーダーなどと組み合わせて発展させた「衝突軽減ブレーキシステム(CMS:Collision Mitigation brake System)」などと呼ばれる機構も登場しています。
CMSは、前走車に衝突する危険性がある場合や車間距離が短い場合、まず音や視覚的な表示によって警告を発し、危険が迫っていることをドライバーに認知させます。それでもドライバーが危機回避操作を行なわない場合は、自動的に軽くブレーキングを行なうと同時に、シートベルトの「プリテンショナー機構」がドライバーのベルトを軽く引き込みます。ドライバーへさらに強く警告すると同時に、衝突してしまった際のダメージを軽減する準備をしておくわけです。それでも衝突が避けられないと判断された場合は、ブレーキアシストを全開で機能させて強いブレーキングを行ない、シートベルトを強く引き込むことで衝突被害の軽減を図ります。
視覚的なアシスト装置も登場
最近、注目を集めているドライバーアシスト装置に「ナイトビジョン」があります。日本語で「暗視装置」と呼ばれる通り、夜間や降雨時など肉眼による認知度が低下する状況をアシストしてくれるものです。
人間の視力は、加齢によって徐々に衰えてきます。衰える度合いや内容は人によっても異なりますが、視力レベルを保つためにより大きな光量が必要になることは共通しています。いわゆる「夜目が効かない」状態ですね。また、対向車と自車のライトが交錯する道路中央付近にいる歩行者が瞬時に見えなくなってしまう「歩行者蒸発現象(グレア現象)」は、高齢層以外にも起こりうることです。
自動車用のナイトビジョンは、そのような危険を避けるため、ドライバーの暗視力を増幅する装置です。ナイトビジョン自体は1960年代に軍用技術として開発が始まったもので、80年代になると物体が発している熱エネルギーを赤外線を介して検出する仕組みが開発され、小型化と低コスト化が進みました。映画「プレデター」シリーズをご覧になった方は、主人公(?)たる異星人・プレデターが熱によって周囲の状況を認知している描写をご記憶かと思いますが、ナイトビジョンもプレデターと同じ原理で周囲の物体を認知しているわけです。
ドライバーアシスト装置としてのナイトビジョンは、人の体温を感知することにフォーカスした周波数の赤外線を使い、検出された熱分布を解析、映像化してHUD(ヘッドアップディスプレイ)に映し出すものです。システム全体のポイントは、赤外線による検出の精度と、ドライバーに見せる「絵」の作り方、ならびに警告のタイミングです。現状、採用されているシステムでは、フロントバンパー下に備える2基の遠赤外カメラが歩行者の有無、進行方向、移動速度などの情報を検出します。そこにクルマの進行方向・速度を検出する「車両ヨーセンサ」の情報を組み合わせ、歩行者との相対移動ベクトルを算出することで衝突可能性の判定を行ないます。
現状のナイトビジョンシステムでは、歩行者を認識し、衝突可能性アリと判断された場合、画面上に表示される歩行者の像を強調すると同時に警報音を鳴らすことで、ドライバーの注意をうながします。しかし、おそらくそう遠くない将来には、ここにCMS的な要素も連携されることでしょう。そうなった時、ナイトビジョンはドライバーアシスト装置であると同時に、歩行者保護装置としての効力を、より確実に発揮してくれるわけです。
自動車は、肉体の力ではとても不可能な速度と距離の移動を実現してくれるモノです。言い方を変えると「人間の移動能力を増強してくれるモノ」でもあります。しかし、その移動の過程では、生身ではないがゆえに引き起こしてしまいがちな問題も多々存在します。ドライバーアシスト装置ならびに、それをより高度化・高機能化するためのエレクトロニクス技術は、ドライバーの肉体面のみならず、認知・知覚系の能力をも増強することで、より安全な交通社会を実現する、大きな原動力となっているのです。
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■本田技研工業株式会社
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
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