テクのサロン

5. カーエレクトロニクスがもたらすクルマの近未来 Volume.1 『電子制御』と『車体制御』

「カーエレクトロニクス」という言葉は、いまやナンセンスなものかもしれません。なぜなら、もはや「カー」と「エレクトロニクス」は不可分なものだからです。
実際にクルマを運転する操作の流れに沿って、「カー」と「エレクトロニクス」がいかに不可分になっているかを見てみましょう。

運行前から、それは始まっている

クルマを動かすために行なう最初の操作は、まずドアロックを解除することです。ドアロック機構自体は機械的な仕組みですが、いまやほとんどのクルマが搭載している「集中ドアロック機構(1ヶ所のドアロック/解除操作に他のドアも連動する)」は、そこに電気/電磁的な機構を組み合わせた装備です。また、赤外線や音波でドアロック/解除機構を操作する「リモコンドアロック」機構もかなりポピュラーな装備となっています。

 エンジンを始動するためには「セルフスターター機構」を使いますが、これもモーターを使って強制的にクランクシャフトを回転させる、つまり電気によって動くものです。エンジンが完全に冷え切っている状態からスムーズに始動させようとする場合、えてして通常運行時よりも燃料の濃度が高い混合気(空気と燃料を混ぜて霧状にしたもの)が必要になりますが、現代のほとんどのクルマが採用しているEFI(Electric Fuel Injecion:電子制御式燃料噴射装置)によって、その割合も自動的にコントロールされます。

 点火系統も電子制御式が主流です。また、昨今のクルマでは盗難防止のための機構を搭載するケースも徐々に一般化しています。そのひとつとして、ECU(Engine Control Unit:エンジン制御ユニット)がキーに内蔵するICチップに書き込まれた電子暗号鍵を照合し、登録されている内容と一致しない場合はエンジンが始動しない「イモビライザー」の採用例が増えています。

 エンジンがかかったら、次は発進するためにAT(オートマチック・トランスミッション)のセレクターレバーを「D」などのポジションへ動かします。するとATの電子制御機構がレバーの位置を感知して対応する変速モードを選択し、車速や走行状態に応じて適切なギア位置を自動的にセレクトしてくれます。パーキングブレーキを解除し、アクセルペダルを踏み込むと、機械的もしくは電子制御によって連動する「スロットルバルブ(エンジンのシリンダー内へ送り込む混合気の量を調整するバルブ)」)が開き、その開度に応じて、EFIが適切な量と濃度の混合気をエンジン内部に送り込みます。そこに点火プラグから火花を飛ばして着火し、爆発によって生じたエネルギーを駆動系に伝達することでクルマが動き出すわけです。

今や全てが電子制御に

このように現代の自動車は、そのすべての操作/動作に電気的機構が介在しているのです。もはやエレクトロニクス技術なしに自動車は成立しないと言っていいでしょう。
 では、現代の自動車に用いられているエレクトロニクス技術を、目的・用途別に分類してみましょう。

ざっと数えただけでも、これだけの電気/電子系機構が組み込まれています。中でも、ここ10年ほどの間で注目され、大きく進化してきたのが「車体姿勢制御」、もう少し簡単に言うと「走行中のクルマの挙動をコントロールするための機構」に関するエレクトロニクス技術です。
 今回は、この「車体姿勢制御」に関連するカーエレクトロニクス装備について簡単に説明してみたいと思います。

 この手の機構として、最初に導入されたのがABSです。
 走行中にブレーキを強く踏みつけると、ある時点からホイールが完全に回転を停止した状態(ロック状態)になります。この状態ではブレーキ力が低下してしまい、また路面とタイヤの接地面の関係が完全なスリップ状態になっているので、ハンドルを操作してもクルマは方向を変えず、まっすぐに進んで行ってしまいます。
 自動車教習所では、ブレーキング時のホイールロックを避けるため、ブレーキペダルを踏みつける力を断続的に強めたり弱めたりする「ポンピングブレーキ」という操作を教わりますが、ABSはそのポンピングブレーキを人間では不可能な速さと精度で自動的に行なう機構と考えていいでしょう。

 ABSを成立させているポイントは、ホイールの回転数を検出するセンサーです。走行中にホイールの回転が急激に停止、もしくは停止寸前まで低まった場合、ペダルの踏み込み具合とは無関係に、ブレーキの効きを調整する油圧バルブを自動的に操作することでロック状態を解消します。こうすることで、ブレーキ力を維持しながらステアリング操作の余地も確保して、万一の状態でも事故を回避できる可能性を高めてくれるのです。

車体制御はドライビング補助機能

 

時が下ると、急制動以外の状態でも走行性安定性を確保する仕組みが登場してきました。たとえばVSC(Vehicle Stability Control System)などと呼ばれるもので、クルマがスピンしそうになったり、急ハンドルを切ったりして挙動が不安定になりかかった場合、その動きを抑え込むための仕組みです。


 おおざっぱに説明すると、VSCはABS用の機構をより高度に洗練させ、かつ4輪それぞれを独立して制御可能にしたもの。基本的な発想は、ブレーキの「片効き」によって車体に生じる動きを意図的に起こし、安定性向上のために利用できるよう制御することです。

 クルマの整備状態が悪く、ブレーキが左右どちらかだけ強く効くような状態では、直進状態でブレーキをかけても、車体はブレーキの効きが強い側に曲がって行こうとします。
 VSCは車体に組み込んだ加速度センサーなどによって走行中の車体の姿勢を検知し、たとえば右回りにスピンしようとしているなら左側のブレーキだけをかけることで、強制的に車体の向きを変え、危険な状況を回避させる機構です。

 ブレーキ系ではなく、駆動系を制御することで同様の効果を得る仕組みも登場しています。最もベーシックな機構はTCSで、ABSと同様にセンサーを使ってホイールの回転数を監視、空転が検出された場合はエンジンの点火を間引いたり、スロットルが電子制御されている場合はスロットルバルブの開度を調整するなどしてエンジン出力を落とし、空転を抑え込む仕組みです。この仕組みを左右輪で独立して制御できれば、VSCと同様の効果も実現できます。

 4輪駆動車の場合、前後輪にエンジンのトルクを配分する「センターデフ」の状態を制御し、後輪の空転を感知した場合には前輪へ配分するトルクを増やすことで直進性を高める、といった制御を行なうクルマもあります。これをさらに一歩進めて、4輪それぞれに配分する駆動力を制御することで、時には車体姿勢を安定させ、また時には運動性能を高めるシステムも実用化されています。VSCと同様の効能を、制動力ではなく駆動力の制御によって実現しているものと考えてもいいでしょう。

稼働各部位の近くに、おのおののセンサーが配置される。相互にデータで監視し、制御が行われる

さらにもう一歩進んで、制動系の電子制御機構と駆動系の電子制御機構を統合的に制御するシステムも登場しています。たとえばESP(エレクトリック・スタビリティ・プログラム)などと呼ばれるものは、VSCとTCSを組み合わせたような制御によって車体の姿勢を安定させます。
 最新の機構では、これらの要素を統合的に制御することによって車体のアンダーステア/オーバーステア状態を制御するだけでなく、またぎ制動制御(左右輪で異なる摩擦係数の路面上でのブレーキ制御)などにも効果を発揮します。降雪地帯や雨天の高速道路などでは安全性を大いに高めてくれる機構と言えるでしょう。

モータースポーツの世界でも全面採用

さて、ここまでにあげたような機構は、実は車体の安定性向上だけに用いられているわけではありません。時には安定を崩す=運動性能を高める方向にも用いられます。
 コーナーへ侵入するためにブレーキングを開始すると、減速Gに応じて4輪それぞれに最適なブレーキ力が得られるようにABSを制御する。減速Gが弱まり、ハンドルを切る量が増えてゆくことを感知すると、クルマがコーナリング体制に入ったと判断して、左コーナーなら左側2輪には軽くブレーキをかけながら右側の駆動輪にはディファレンシャル・ギアの制御などでトルクを増やし、旋回性能を高める。いったん旋回に入ったら、左右それぞれの駆動力を制御することで姿勢を安定させる。コーナーの出口にさしかかって、ステアリングの舵角が減り、スロットル開度が増えてくると、最も効率良く加速できるように駆動力を制御する…。
 WRC(世界ラリー選手権)などに出走している競技車両には、このような機構を組み込むことで競争力を飛躍的に高めてきました(現在は競技規則で禁止されているものもあります)。もう少し正確に言うと、一般市販車に組み込まれている各種の機構は、競技車両に用いられたこの手の技術をベースにアレンジされたもの、でもあります。

 このように、現代のクルマは各種の制御用機構を電気/電子的に制御する「メカトロニクス」分野に属するものであり、同時にCCV(Computer Controled Vehicle)としての性格をも強めています。これらの技術は、使いようと状況によってはドライビングの楽しさを高め、また別の状況では安全性を高めてくれるという、非常に有益なものです。
 自動車の未来にとって、今後ますます安全・環境性能が重視されることは必至。自動車の進化と、電気/電子制御機構の高度化・高機能化は、もはや不可分なものであることの一端がご理解いただけましたでしょうか。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。
在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」(かんき出版)
「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2003」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

テクのサロン

6. カーエレクトロニクスがもたらすクルマの近未来 Volume.2 『ドライバーアシスト』

テクのサロン

7.カーエレクトロニクスがもたらすクルマの近未来 Volume.3 『車内のネットワーク化(車内LAN)と協調制御』

電気と磁気の?館

No.32 電子レンジの仕組みとは?加熱の原理や基本構造を解説

PickUp Contents

PAGE TOP