パワーエレクトロニクス・ワールド
第5回 分散電源システムとパワーモジュール
省エネが声高に叫ばれている中で、このところ急増しているのがIT関連の電力消費量。機器そのものの消費電力に加え、排熱や冷却用電力も増加。このままでは2025年にはIT関連だけで日本全体の電力消費量の約4分の1を占めると予測されています。電源は電子機器の心臓部。効率が1%向上しただけでも、多大な省エネ効果を生み出します。
将来、家庭の電力は直流配電になる?
電子機器のほとんどは直流(DC)で駆動するので、コンセントから取りいれた100Vの交流(AC)を直流に変換して回路に送り込みます。これまでご紹介してきたように、このAC-DC変換は効率にすぐれたスイッチング方式が主流です(AC-DCスイッチング電源など)。しかし、それでも10%程度の変換ロスが生じ、電気エネルギーの一部は熱として奪われてしまいます。交流配電は19世紀から進歩を重ねてきた成熟した技術ですが、現在においては必ずしもベストな電力供給システムとはいえません。
そこで、省エネやCO2削減のため、オフィスや家庭への電力供給を、現在の交流から直流に切り替えようという構想もあります。これを直流配電(直流給電)といいます。直流配電は自然エネルギーを利用した発電システムとも親和性にすぐれます。たとえば太陽光発電や風力発電、ミニ水力発電などの利用が家庭でも普及すれば、生み出した電力はバッテリに蓄えて利用することになります。バッテリは直流なので、直流配電と相性がよく、何かとつごうがよいわけです。また、AC-DC変換にともなうノイズ問題などを回避できるのも直流配電のメリットです。
とはいえ、直流配電となっても電子機器に電力変換装置は欠かせません。電子回路の駆動に必要な直流電圧はさまざまで、その電圧変換を担うのがDC-DCコンバータです。 DC-DCコンバータの変換効率の向上はパワーエレクトロニクスにおけるきわめて重要な課題となっています。
また、近年の半導体技術の進歩は、電源システム全体にも大きな変化をもたらしています。たとえば、パソコンなどの電子機器に搭載されるDC-DCコンバータのDC出力は、従来はアナログ回路を駆動するための12V、デジタル回路を駆動するための5V、3.3Vが主流でした。しかし、近年、2Vや1.2V、あるいは1V以下と、さらなる低電圧化が進みつつあります。これは電子機器の高速化・多機能化ニーズに応え、ICの処理速度を向上するために半導体の微細化と高集積化が進み、それにともなってICの低電圧化と大電流化が進んでいるからです。
IC回路の低電圧・大電流化により分散電源システムへとシフト
DC-DCコンバータは、大きく絶縁型と非絶縁型に分けられます。感電を防止するためにも、電源の入力側と出力側は、どこかで電気的に絶縁する必要があります。トランスの1次巻線と2次巻線は電気的に絶縁されています。絶縁型DC-DCコンバータはトランスを用いたタイプで、非絶縁型はトランスを用いない小型タイプのDC-DCコンバータです(非絶縁型の出力電圧は低いので感電の心配はありません)。
1つのDC-DCコンバータにマルチ出力機能をもたせ、必要なすべてのDC電圧を供給するのは技術的に難しいことではありません。しかし、これは効率面においてもコスト面においても、すぐれたシステムとはいえません。そこで、メインのDC-DCコンバータ(絶縁型)でいったん中間電圧に降圧し、そこから複数の小型DC-DCコンバータ(非絶縁型)を分岐させ、必要とされるさまざまなDC電圧を供給しようという考え方が打ち出されました。これを分散電源システムといいます。
たとえば、通信機器やパソコンといったIT機器の電源システムは、商用交流を直流に変換するAC-DCスイッチング電源(AC-DCパワーサプライ)と、直流電圧を変換する複数のDC-DCコンバータで構成されます。従来、AC-DCスイッチング電源により、通信機器ではDC48V、パソコンではDC12Vに変換し、これをバス電圧としてDC-DCコンバータによって必要なDC電圧(5Vや3.3Vなど)を得ていました。ところが、このシステムではICの低電圧・大電流化に対応することが困難になりました。入力電圧と出力電圧に差がありすぎると、効率が悪くなってしまうからです。また、ICの処理速度を上げるために高周波化を図ると、DC-DCコンバータとICをつなぐ配線の影響(抵抗やインダクタンス成分)も無視できなくなってきます。この問題を回避するには、DC-DCコンバータはできるだけICに近づけて配置する必要があります(POL=Point of Loadという)。しかし、これはヒートシンク(放熱板)を取り付けたDC-DCコンバータでは困難です。
電源の設計は熱との戦いです。効率を高めるとは発熱ロスを少なくすることであり、発熱ロスが少なくなると冷却ファンやヒートシンクが不要になります。また、小型化を図ってオンボードタイプにすれば、プリント基板のどこにでも実装できることになります。というわけで、まず絶縁型のDC-DCコンバータで中間電圧を得て、これを複数の非絶縁型・小型オンボードタイプのDC-DCコンバータに分岐させる分散電源システムが採用されるようになってきたのです。
分散電源システムを簡便・フレキシブルに実現するAC-DCパワーモジュール
電源装置には取り扱いが簡単でコンパクトなモジュール製品としたものが多用されています。これはパワーICや周辺の制御回路を1つのパッケージにまとめたもので、“パワーモジュール”と呼ばれます。パワーモジュールの多くは“ブリック”と呼ばれる規格サイズで製品化されています。ケースに収められた直方体の形状をブリック(レンガ)に見立てたもので、フルブリックはタバコよりやや大きめのサイズです(TDK-Lambdaにおいては、長さ116.8mm、幅61mm、高さ12.7mm)。また、その1/2、1/4、1/8、1/16のサイズは、それぞれハーフブリック、クォータブリック、エイスブリック、シックスティーンスブリックと呼ばれます。
DC-DCコンバータの前段にAC-DC整流部を組み込んだAC-DCパワーモジュールもあります。TDK-LambdaのPFEシリーズは、高特性のAC-DCフロントエンドとDC-DCコンバータをフルブリックサイズ(一部はオリジナルサイズ)の1モジュールに一体化、さらにPFHC(PFCともいう。高調波電流抑制・力率改善)機能を搭載した国内初のAC-DCパワーモジュールです。商用交流は完全なサイン波ではなく、高調波(基本周波数の整数倍の波)を含んで歪んでいます。これが力率を落として、変換効率を下げる原因となっています。この高調波電流を抑制して力率を改善するのがPFHC機能です。
PFEシリーズは、ハイパワーながらコンダクションクーリング(伝導放熱)で冷却ファンを必要としないタイプで、電源の設計自由度を大幅に向上させます。単体で中間バスコンバータとして利用することも、複数の非絶縁型DC-DCコンバータと組み合わせることにより、さまざまな分散電源システムを構築することも可能。産業機器、通信機器などの小型・高効率電源として最適です。
現代社会は無数の電子機器によって支えられています。エネルギー変換には必ず変換ロスがつきまといますが、電源の変換効率がわずか1%向上しただけでも、世界全体では多大な省エネ効果をもたらし、大気中のCO2の削減にも貢献します。パワーエレクトロニクスの最前線では、素材技術、回路技術、シミュレーションを駆使した放熱設計などにより、あらゆるロスの低減が極限まで追求されています。
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