TDK Front Line
vol.4 スピントロニクス技術を応用展開したTMRセンサ
TDKのTMRセンサは、HDDヘッド製造で培った薄膜プロセス技術および先進のスピントロニクス技術を応用展開して製品化した新タイプの磁気センサです。近年、車載電装機器や産業機器などにおいても、磁気センサの需要が拡大しています。高出力・高精度・高安定性を特長とするTDKのTMRセンサは、EPS(電動パワーステアリング)モータなどの角度センサとして、自動車の安全・省エネ・快適走行をサポートするとともに、回転センサ、位置センサなどとしても、すぐれたパフォーマンスを発揮します。
EPS(電動パワーステアリング)モータの角度センサの役割
TDKのTMRセンサは、自動車の運転者のステアリング操作をアシストするEPS(電動パワーステアリング)モータの角度センサとしての利用を皮切りとして、さまざまな車載センサとしてアプリケーションを拡大しています。EPSモータ用の角度センサの役割を以下に示します。
EPSモータの角度センサは、自動車の安全・省エネ・快適走行に重要な働きをしています。この角度センサとしては、古くから複数のコイルによってモータの回転角を検出するレゾルバという装置が使用されてきました。しかし、レゾルバは小型化と軽量化、そして冗長化が難しく、近年はその代替として各種の磁気センサが採用されるようになっています。
磁気抵抗効果の種類:AMR効果/GMR効果/TMR効果
磁気センサには、原理・構造・材料などにより数多くのタイプがありますが、最も多用されているのはホール効果を利用したホールセンサと、磁気抵抗効果を利用したMRセンサです。磁気抵抗効果とは、外部磁界の強さ、方向に応じて電気抵抗が変化する現象のことで、これを利用したMRセンサ素子は、次のように分類されます。
《MR素子の種類》
●半導体MR素子
●強磁性体薄膜MR素子
AMR(異方性磁気抵抗効果)素子
GMR(巨大磁気抵抗効果)素子
TMR(トンネル磁気抵抗効果)素子
TDKのTMRセンサは、HDDヘッドの高感度な再生素子として用いられているTMR素子を磁気センサとして応用した製品です。以下、本記事ではTDKのTMRセンサの開発経緯とともに、原理や構造および角度センサとしての機能について解説します。
スピントロニクスを切り拓いた巨大磁気抵抗効果(GMR)
スピントロニクスという新たな技術分野が、世界的に注目を浴びています。電子は負の電荷をもつとともに、それぞれが微小な磁石としての性質を示します。電子が自転していると仮定すると、微小な磁石となることが説明できるため、これはスピンと名づけられました。一般的なエレクトロニクスが電子の電荷のみを利用するのに対して、電子の電荷と磁気(スピン)をともに利用するスピントロニクスにおいては、従来の常識を破るような特異な物理現象が発現します。
スピントロニクスの応用の先駆けとなったのはHDDヘッドです。TDKはHDDヘッドの世界屈指のメーカーであり、つねに技術開発の最前線に立ってHDDの大容量化に大きく貢献してきました。HDDヘッドの面記録密度の推移を以下に示します。
1990年代の前半まで、HDDヘッドの再生素子には、強磁性体の薄膜を用いたAMR(異方性磁気抵抗効果)ヘッドが用いられていました。しかし、AMR素子を用いたHDDの面記録密度は、現在の1000分の1にも満たない1Gbit/inch2以下にとどまっていました。
1988年、HDDの面記録密度を飛躍的に向上させることになる物理現象が、独仏の2人の研究者によって発見されました。従来のAMR効果を大きく上回る特異な磁気抵抗効果のため、これは巨大磁気抵抗効果(GMR)と名づけられました。この発見は世界の注目を集め、1990年代半ばには、これをHDDの再生素子とするGMRヘッドが開発され、さらに2000年代になると、より高感度なTMR(トンネル磁気抵抗)ヘッドが開発され、HDDの容量は驚異的なスピードで増大しました。
量子力学的なトンネル効果を利用したTMRセンサ
AMR素子、GMR素子、TMR素子の原理と構造を以下の図に示します。 AMR素子において、その電気抵抗は流れる電流の方向に依存し、強磁性体薄膜の磁化の向きと電流が平行のときに電気抵抗は大きく(電流:小)、垂直のときに電気抵抗は小さくなります(電流:大)。ただし、その抵抗変化率(MR比)は数%程度にとどまります。GMR素子は、非磁性金属(Cuなど)のスペーサ層を2層の強磁性体層ではさんだ構造の薄膜素子、TMR素子は1~2nmのきわめて薄い絶縁体のバリア層を2層の強磁性体層ではさんだ構造の薄膜素子です。 GMR素子・TMR素子ともに、片方の強磁性体層は磁化の向きが固定されたピン層(固定層)となっていて、もう片方の強磁性体層は外部磁界に応じて磁化の向きが変わるフリー層となっています。
AMR素子では外部磁界は伝導電子そのものに作用するのに対して、GMR素子やTMR素子では、外部磁界はフリー層の磁化の向きを変え、その結果、電気抵抗が変化して流れる電流の大きさも変わります。
GMR素子において電流は膜面に水平に流れ、TMR素子では膜面に垂直に流れます。また、GMR素子において電子の移動は金属の電気伝導現象として起こるのに対して、TMR素子においては電子の移動は、バリア層を通過する量子力学的なトンネル効果です。このため、TMR素子はGMR素子よりもさらに大きなMR比をもちます。これは現在主流のHDDヘッドにおいて、高感度な再生素子として利用される理由でもあります。以下の図に示すように、TMR素子の出力はAMR素子の約20倍、GMR素子の約6倍にも及びます。
高出力・高精度・高安定性を小型パッケージで製品化
HDDヘッド用として開発されたTMR素子を応用すれば、小型・高感度な磁気センサが実現できるという発想から開発されたのが、TDKのTMR角度センサTASシリーズです。その原理を以下の図に示します。
外部磁界の変化(図ではマグネットの回転)に応じてフリー層の磁化の向きは連続的に変化します。このときの素子の抵抗値は、ピン層とフリー層の磁化の向きの相対角に比例するので、360°検出可能な角度センサとして機能します。
自動車のEPSモータ用の角度センサを皮切りに応用が拡大
TDKのTMR角度センサTASシリーズは、自動車のEPS(電動パワーステアリング)モータの角度センサとしての利用を皮切りに、さまざまな車載センサとしての需要が拡大しています。
TMR角度センサTASシリーズのEPSモータへの適用例を以下に示します。モータの回転軸に2極マグネットを取り付け、それに対向させてTMR角度センサを配置します。回転に応じたマグネットの磁界変化をTMR角度センサが検出して信号を出力します。
温度ドリフト(周囲温度変化による出力変化)が小さいことは、あらゆるセンサに求められる要件です。TDKのTMRセンサは、広い温度範囲において安定した角度精度を保つのが特長ですが、さらに高精度化を図るために、TASシリーズでは図のように4つのTMR素子のフルブリッジ回路(ホイートストンブリッジ回路)を2組内蔵した構成になっています(フルブリッジ回路×4を内蔵した冗長性対応品もラインアップしています)。
赤と青の矢印は、ピン層の磁化の向き(固定)です。二つのフルブリッジ回路の感度方向は互いに垂直に配置されていて、sin波とcos波の信号を出力します。この信号を制御回路で処理して高精度な絶対角度情報を得ます。
回転センサ、ポジションセンサ、電流センサなどとしても活用可能
より安全・省エネ・快適走行に向けて、車載センサに要求される検出精度は、従来の約2倍になるとも予測されています。TDKのTMRセンサは、今後の厳しい要求精度に余裕をもって対応しうる高出力、高精度、温度ドリフト・経年変化の少ない高安定性を実現した画期的な磁気センサです。
角度センサのみならず、回転センサ、ポジションセンサ、電流センサなどとして、車載電装機器はじめ産業機器や民生機器への活用にも期待されています。TDKでは多様なアプリケーションへの対応に向けて、製品ラインアップのさらなる拡充を図っています。
《主な仕様》
●高出力(アナログ):1.5Vp-p(@5V)
●高精度:角度精度±0.6°以下
●低消費電力:5mW(推奨条件下)
●温度ドリフトや経年変化が少なく、高安定性
●フルブリッジ回路×2内蔵(冗長化対応品はフルブリッジ回路×4内蔵)
●3.0Vp-pの高出力アナログ品、冗長化対応品、デジタル出力品など、ラインアップ豊富に取り揃えております。
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