じしゃく忍法帳

第120回 「これからの磁石」の巻

磁石は文明のバロメータ

持続可能な地球社会における磁石の役割

 産業革命以来、動力機械の使用により、人類のエネルギー消費量が急速に増大しました。このためエネルギーの消費量は、近代文明のバロメータ(指標)ともみなされてきました。しかし、石炭・石油といった化石燃料を湯水のように使う大量生産・大量消費の社会は、エネルギー危機とともに深刻な環境汚染をもたらしたため、20世紀の最後の四半世紀頃から省エネ・省資源・環境保全が先進国の間で叫ばれるようになりました。

 化石燃料はいわば過去の地球に降り注いだ太陽エネルギーの缶詰であり、いつかは枯渇する、限りある資源です。省エネ・省資源こそ、持続可能な地球社会の必須要件。エネルギーの消費量はもはや文明のバロメータとはいえなくなっています。

 エネルギーにかわる現代文明のバロメータの1つは磁石です。産業機器や輸送機器、家電機器など、身の回りには実に多くの磁石が利用されています。磁石がなければパソコンも携帯電話も機能せず、自動車もロボットも動きません。磁石は暮らしやビジネス、生産活動を便利にするばかりではありません。ある製品を生産するのに、磁石を利用した場合としなかった場合では、エネルギー消費に大きな差が生まれます。

 もちろん、磁石を生産するためにもエネルギーと資源を必要とします。しかし、いったん製造された磁石は外部エネルギーの補給なしに磁界を供給し続けるため、エネルギーや資源を大きく軽減できるのです。たとえば磁石の最大用途であるモータを例にあげれば、より強力な磁石を開発することで、電力消費を低減しつつ小型・軽量化も実現して省資源にも貢献します。持続可能な地球社会の実現に向けて、磁石の役割はますます重要なものになっています。
 

イラスト
 

フェライト磁石はこうして生まれた

 現在、世界の磁石生産量(重量)の90%以上を占めるのはフェライト磁石です。地球ではありふれた酸化鉄を主成分とする磁石なので、資源枯渇の心配がありません。磁気エネルギーの大きさでは希土類磁石(ネオジム磁石やサマリウムコバルト磁石など)に劣るものの、コストパフォーマンスに最もすぐれた磁石として、これからもさまざまな製品に応用されていくにちがいありません。

 「新磁石誕生」「奇想天外」「偶然から世界を驚す」「形は自由、マグネット界大革命」という見出しが踊る古い新聞記事があります(昭和8年11月25日「大阪毎日新聞」)。これは東京工業大学電気化学科の加藤与五郎教授と武井武助教授が開発した「酸化金属磁石O・Pマグネット」つまり世界初のフェライト磁石の開発を伝えたもの。

 「亜鉛の電気精錬法を研究中、亜鉛の鉱石を焼いて粉末状の酸化物を作りこれを電磁石で吸ひつけ選り分けることから世界学界に未知であった酸化物の磁力に判然たる暗示を得、遂に永久磁石として従来想像も許さなかった特殊の性能と広い用途を持ち価格の非常に安い酸化金属磁石O・Pマグネットを完成し近く学界に発表するとともに日、英、米、独、仏その他世界各国の特許を申請することになった」と、開発の経緯も紹介しています。

 磁石といえば金属というのが常識であった当時、酸化鉄つまり鉄サビを原料として磁器のように焼成して製造されるフェライト磁石は、まさに「奇想天外」な磁石でした。「全く偶然に武井さんの尊いお力添へで作り上げたもので、自分でもその驚異にまごついてゐる始末です、…さて何から手を染めていゝか研究中です」という加藤教授の談話も載っています。
 

磁気天秤によって測定されたフェライトの磁性

 武井助教授が研究テーマとしていたのは、亜鉛精錬の際に、亜鉛と鉄の酸化物の混合体である亜鉛フェライトが生じると、亜鉛の収率を下げてしまうため、それを除去するための技術を確立することでした。しかし、当時は亜鉛フェライトに関する研究は世界的にも少なかったので、まず、さまざまな組成のフェライトをつくり、その磁性を測定する実験を試みたのです。図に示すのは亜鉛フェライトの磁気測定に使われた装置の概要です。武井助教授は試料を電気炉に入れ、加熱しながら磁気測定できる磁気天秤も自作しました。

 磁気天秤とは磁性体の磁化の大きさを天秤の釣り合いによって測定する装置です。天秤の片側の腕に試料を吊るし、もう片方の腕にコイルを吊るします。試料に電磁石から磁界を加えると、試料が磁性をもつならば吸引力が働いて天秤の腕が下がります。このとき、もう片方のコイルに電流を流すと、磁石の磁界との相互作用によってコイルに吸引力が働きます。試料に働く吸引力は、コイルに流す電流に比例するので、天秤のバランスを保つようにコイルに電流を流すことによって、試料の磁性を精密に測定することができます。これが磁気天秤の基本原理です。

 フェライト磁石の発見に結びつく重要な現象は、酸化鉄と酸化コバルトを混合して高温焼成した、コバルトフェライトを試料とした実験で見いだされました(1930年)。武井助教授が試料を熱して磁気測定を終えたあと、たまたま電磁石の電源を切り忘れたまま放置しておいたら、磁気天秤が大きく傾くほど試料は強い磁性を示したのです。のちに磁場中冷却効果と名づけられた現象です。

 こうして発見された世界初のフェライト磁石は、数年後にO・Pマグネットとして製品化されました。ちなみにO・Pマグネットという名称は、東京工業大学の所在地である大岡山のOとパーマネントマグネット(永久磁石)のPから、また原料である酸化物の粉体を意味するオキサイド・パウダー(oxide powder)の頭文字からつけられました。
 

フェライト磁石の発見をもたらした実験装置

図1 フェライト磁石の発見をもたらした実験装置

エネルギー問題の解決にも磁石は貢献する

 O・Pマグネットはスピネル型と呼ばれる結晶構造のフェライト磁石ですが、現在、量産されているのはマグネトプランバイト(M)型のフェライト磁石です。微量添加物などによる高度な材料設計、結晶粒径の制御、緻密な焼成条件の制御など、さまざまな先端技術が投入され、フェライト磁石の技術はほぼ限界に達したともいわれます。しかし、実はフェライト磁石には、現在主流のM型のほかに、U型、W型、X型、Y型、Z型など、さまざまな組成のものが存在します。TDKでは至難とされてきたW型フェライト技術にチャレンジ、M型フェライトの限界を超える世界最強のフェライト磁石の製造技術を手中にしました。パワーウインドウやパワーミラーなど、現代の自動車にはフェライト磁石を用いたマイクロモータが100個前後も搭載されています。フェライト磁石のさらなる高性能化は、マイクロモータの小型化を実現し、省エネ・省資源とともに自動車の軽量化にも大きく貢献します。

 ガソリン車にかわるハイブリッド車(HEV)や燃料電池車(FCEV)の駆動モータには、磁気エネルギーの大きなネオジム磁石が用いられています。ネオジム磁石はこれ以上のものは考えられないといわれる最強の永久磁石ですが、まだ改良の余地が残されています。ネオジム磁石は精密調整された粉末原料を成形・焼成して製造されます。TDKでは蓄積した材料技術をナノスケールで展開、原料粉末の微細化や均一化、焼成温度・雰囲気の高度なコントロールなどにより、磁気特性をいちだんと向上させた世界最強レベルのネオジム磁石の開発にも成功しています。

 石油の枯渇は時間の問題といわれています。次世代クリーンカーの開発やエネルギー問題の解決に大きく関わるのも磁石。磁石は目立たない脇役的な存在ですが、これからのハイテク社会を根底から支え続けていくでしょう。
 

フェライト磁石およびネオジム磁石の技術最前線

図2 フェライト磁石およびネオジム磁石の技術最前線

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