じしゃく忍法帳
第121回 「原子時計と磁石」の巻
時計と磁石の意外な関係
方位磁石なしに南の方角を知る術
方角を知ることができれば、太陽の位置によって、およその時刻を知ることができます。太陽が南中する時刻が正午となるからです(正しくいえば、これは地方時の正午で、日本標準時の正午は兵庫県明石の南中時刻)。
忍法というほどのことでもありませんが、方位磁石(方位コンパス)なしに南の方位を知る術というのがあります。方位磁石のかわりに文字盤と針のついたアナログ時計を用います。文字盤を水平にして短針の先を太陽の向きに合わせます。このとき短針と文字盤の12時の方向がなす角度を2等分した方角が南になるというのです。
その理由は少し考えてみるとわかります。太陽は天空を1日で1周するので(地球の自転による)、1時間では15度西に移動します。一方、アナログ時計の短針は12時間で1周するので、1時間では30度回転します。
太陽が南中する正午を基準として考えてみると、このとき太陽のある南の方位、短針、文字盤の12時は一致していますが、1時間後には太陽は15度西に移動し、短針は30度回転して1時を指すことになります。このため短針を太陽に向けたとき、30度の半分の12時の方角が南となります。
これを一般的にいえば、正午からa時間前(後)には、時計の短針は12時の向きとa×30度の角度をなし、太陽は南からa×15度だけ東より(西より)の方向に位置していることになります。したがって、午前・午後にかかわらず、ほぼ正しく南の方位を知ることができるのです。季節によって太陽高度も違うので、若干の測定誤差も生じますが、覚えておくと、ハイキングなどで活用できます。ただし、時計が狂っていないことが条件です。
江戸時代の明け六ツ・暮れ六ツとは?
歴史的にも時刻と方位は深いつながりをもっていました。たとえば江戸時代の百科事典『和漢三才図会』の「磁針(じしゃくのはり)」の項目では、「土圭(とけい)針・子午針・指南針」という別名とともに、「土圭針とは方角・時刻を知るための器械。円盤の周囲に十二支を配列し、針を横にしてその真中に置き、浮かして旋回させる」という解説がなされています。これは方位磁石のことですが、「時刻を知るための器械」とあるように、方位磁石は時計がわりにも使われていたことがわかります。太陽の向きによって時刻を知ることができるからです。
江戸時代には夜明け直前(明け六ツ)と日没直後(暮れ六ツ)を昼夜の境目とし、昼夜それぞれを6等分する不定時法の時刻が用いられていました。1日は昼夜あわせて12辰刻(とき)でしたが、1辰刻(とき)=現在の2時間というわけではありません。不定時法では季節によって昼夜の長さが違い、1辰刻(とき)の長さも昼夜で異なっていたからです。したがって、江戸時代の明け六ツ・暮れ六ツは現在の何時にあたるかは、いちがいには答えられません。これは不便なようですが、時計がなくても昼夜の始まりと終わりがわかるというところは便利です。
六ツ時とは季節にかかわらず、手のひらの筋が見えるか見えない薄明の頃をいうからです。つまり不定時法では意識せずとも自然にサマータイムに移行することになります。「日が長くなって、六つ時なのにまだ明るい」などというような表現は、江戸時代にはなかったのです。
磁石の振り子をもつ面白い時計
中世ヨーロッパに生まれた初期の機械時計は1日に数十分もの狂いがありました。時計の精度を飛躍的に高めたのは、ガリレイが発見した振り子の等時性を取り入れたホイヘンスの振り子時計です。振り子時計によって時計の誤差は1分以内になり、20世紀のクォーツ時計によって誤差は1秒を切るようになりました。
クォーツとは水晶のことです。水晶片に応力を加えると電圧が発生し、電圧を加えると外形がひずみます。これを圧電現象といい、水晶片に高周波電圧を加えると一定の安定した周期で振動する発振子となります。クォーツ時計はこの水晶発振子によって正確な時を刻んでいるのです。
初のクォーツ時計が発明されたのは1929年。当時はICはおろかトランジスタもなく真空管回路が使われたため、時計全体は移動も困難なほど巨大な装置でした。
トランジスタが誕生すると、振り子と磁石、トランジスタを組み合わせた面白い時計も考案されました。図のように磁石を振り子の錘(おもり)とし、振り子が左右に振れるたびに、磁石の先端がコイルの中を往復するしくみです。コイルの中で磁石が動くと電磁誘導によって誘導起電力が発生し、コイルに電流が流れます。この電流をトランジスタで増幅して、もう片方のコイルに流すと、コイルに磁界が発生して磁石に対して吸引力が発生します。
力学的な振り子は空気抵抗や摩擦などによってエネルギーが奪われ、しだいに振れが小さくなってついには静止してしまいます。しかし、トランジスタ式の振り子時計は、コイルが発生する磁界によって磁石を吸引し続けるので、振り子は長時間運動を続けるのです。もちろん、そのエネルギーはトランジスタに供給される電力によってまかなわれています。
ちなみに今日でも振り子のついたデザイン時計が市販されていますが、その振り子は飾りにすぎず本体はクォーツ時計です。
図1 磁石とトランジスタ回路を用いた電気時計の原理
原子時計の本体はマイクロ波共鳴装置
1日は24時間、24時間は1440分、1440分は86400秒です。20世紀の半ばまで1秒とは「1日(平均太陽日)の86400分の1日」と定義されていました。1日で1回転する地球の自転は、天与の“1日時計”と考えられていたのです。ところが、クォーツ時計よりも精度の高い原子時計が登場すると、地球の自転は決して正確無比ではなく誤差があることがわかってきました。そこで、「1秒」の定義が変更され、1967年には国際度量衡委員会により、「1秒」とは「セシウム(133Cs)原子が91億9263万1770回振動する時間」と再定義されました。
原子時計とは図のように一般の時計とは似ても似つかない装置です。原子核や電子がもつ磁気モーメントはミニ磁石とみなすことができ、両者の磁気モーメントが反平行(安定)か、平行(不安定)かによってエネルギー状態がわずかに異なります。マイクロ波の照射によってこのエネルギー状態の遷移を起こし、マイクロ波が共鳴する周波数から「秒」を算出します。原子時計は時計というよりもむしろマイクロ波共鳴装置なのです。
地球自転の誤差まで突き止めた原子時計は、20世紀科学の偉大な成果の1つですが、かといって地球の自転速度を調節することなどできません。誤差があろうと地球の1回転を1日として、私たちは生活しているからです。しかし、時刻のほうは高精度の原子時計を基準とするために、原子時計が誤差のある地球自転のほうに合わさざるをえなくなりました。これが、時々、挿入される閏(うるう)秒です(原則として1月または7月の初め)。わずか1秒未満の誤差の補正なので、“寸秒を争う”現代でも、一般にはあまり知られていません。
図2 セシウム原子時計の原理と仕組み
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