じしゃく忍法帳

第119回 「自転車のハブダイナモと磁石」の巻

車輪の中に格納されたダイナモ(発電機)

忍者は水の上を走れるか?

 水上走行の忍法というのが言い伝えられています。片方の足が水に沈まないうちに、もう片方の足をすばやく出すという動作を繰り返せば、水の上も走ることができるというものです。もっとも、これは単なる俗説にすぎません。水上走行には水面を蹴ったときの反発力が、体重よりも大きくなることが必須条件。どんなに脚力の強い人間でも、水上走行はできません(表面張力が大きな特殊な液体を用いれば可能です)。

 ところが、地球には珍妙な生き物がいるもので、水の上を走る忍者顔負けのトカゲがいます。中南米に生息するバシリスクトカゲです。敵に遭遇したり、何かに驚いたとき、後足で水面を強く蹴りつけ、水の上をスタコラと走り抜けるのです。とはいえ水上走行を続けるには自転車操業的な足の動きが求められるため、バシリスクトカゲといえど長距離の水上走行はできません。

 ダイナモ(発電機)式の自転車ライトも、漕ぐのをやめると消えてしまいます。そこで乾電池式のライトも使われますが、ひんぱんに乾電池を交換しなければならず、シティサイクルなどではダイナモ式のライトが主流です。

 ゴムタイヤにリングを接触させて発電するタイプはリムダイナモと呼ばれています(本シリーズ第3回「自転車の発電ランプ」で紹介)。しかし、最近の自転車にはランプはあるのにリムダイナモのような発電機が見当たらないタイプが増えています。従来のリムダイナモにかわり、ハブダイナモが採用されるようになっているからです。

イラスト
 
 

暗くなると点灯するオートライト式のハブダイナモ

 ハブというのはスポークが集まる車輪の中心部、つまり車軸まわりのことです。ハブダイナモの自転車には発電機がないように見えますが、ランプから出たコードをたどっていくと、前輪のハブ部分にコードが接続されていることがわかります。実は発電機はハブまわりコンパクトに格納されているのです。

 コイルに向かって磁石を動かすと、コイルには誘導起電力が発生して電流が流れます(電磁誘導現象)。また、コイルに回転磁界を加えると、持続的な交流電流が流れます。この現象を利用して発電するのが自転車のダイナモです。自転車では低速走行でもランプが点灯できる工夫が必要です。そこで、自転車のダイナモには多極着磁されたフェライト磁石が使われます。

 マグネット式モータにはコイルがマグネットロータを囲むインナーロータ型と、マグネットロータがコイルを囲むアウターロータ型があるように、自転車のダイナモにも両タイプがあります。基本原理は同じですが、リブダイナモはインナーロータ型、ハブダイナモはアウターロータ型です。

 ハブダイナモ式の自転車ライトの多くは、周囲が暗くなると自動的に発電機が作動してランプを点灯されるしくみになっています。これはオートライトと呼ばれています。うっかり無灯火ということもなく事故防止にも役立ちます。調べてみるとランプの下部あたりに小さな窓があります。ここから入ってくる光の照度を光センサが検知して、発電機をON/OFFさせる電気信号を回路に送っているのです。窓を指で押さえて光を遮断し、前輪を空回りさせると、真昼でもランプが点灯することで確かめられます。
 

自転車のリブダイナモとハブダイナモ

図1 自転車のリブダイナモとハブダイナモ

多極化によって実現したハブダイナモ

 ハブダイナモの内部はどのような仕組みになっているのでしょうか? 雨水などが浸入しないように、アルミダイキャスト製のホイールケースでしっかり密封されているので、簡単には分解できませんが金ノコなどを使えばケースを切断できます。ハブダイナモにもさまざまなモデルがありますが、内部はおよそ図のような構造になっています。

 中心を貫く車軸にはコイルと鉄心が固定されています。回転するのはホイールケースのほうで、ケース内壁にはフェライト磁石が取り付けられています。つまり、コイルは固定されていて、外側の磁石のほうが回転するアウターロータ式の発電機です。

 発電機のコイルに発生する誘導起電力は、コイルを貫く磁束が多いほど、そしてコイルの巻数が多いほど大きくなります。ハブダイナモはリムダイナモよりも大きなコイルを使えるのがメリットです。また、誘導起電力の大きさは、コイルを貫通する磁界の変化が大きいほど、また磁界変化がすばやいほど大きくなります。低速走行ではランプが暗くなってしまうのはこのためです。

 リムダイナモではタイヤの1回転でマグネットロータは20回ほど回転しますが、ハブダイナモではタイヤの1回転でマグネットロータは1回しか回転しません。そこで、初期のハブダイナモではギアを用いて回転数を高めるタイプのものもありました。しかし、ギア方式は構造が複雑になるうえ、摩擦による抵抗や音の問題が避けられません。

 こうした弱点を補うために、ハブダイナモにおいては、大幅な多極化が採用されました。図の例では、4枚のフェライト磁石のそれぞれが8極に着磁されているので、合計32極にもなります。つまり、32分の1回転ごとに磁極が反転するので、低速でもランプを点灯できるのです。
 

ハブダイナモの内部構造(例)


図2 ハブダイナモの内部構造(例)

ミニ風力発電機やミニ水力発電機の工作にも利用可能

 リムダイナモ式はレバーを用いて発電機をON/OFFさせますが、通常のハブダイナモ式にはスイッチのようなものがありません。ハブダイナモ式自転車の前輪をゆっくり手で回してみると、滑らかな回転の中に断続的な磁石の抵抗(コギング)をかすかに感じ取ることができます。ハブダイナモはランプが点灯していないとき(発電していないとき)も、磁石と鉄心との間で吸引力が作用しているのです。

 可変リラクタンス型のステッピングモータは、歯車の歯のように配置された電磁石と、鉄製のロータの歯との間に働く磁気吸引力によって回転運動します。多極着磁されたハブダイナモの磁石の磁極と、鉄心のヨーク(鉄心を延長して櫛の歯のように分岐したもの)との間にも、これと同じ磁気吸引力が作用するのです。

 かといって、ペダルを漕ぐエネルギーが無駄に消費されるわけではありません。磁気吸引力は回転するロータに対して小さなブレーキとなり、また小さなアクセルとなります。たとえていえば向かい風と追い風を交互に受けるようなもので、トータルでは相殺されるからです。

 ハブダイナモは摩擦抵抗が少なくスムーズな回転で発電するのが特長です。羽根を取り付ければミニ風力発電機やミニ水力発電機などに利用することも可能。不要になった自転車があれば、休日の工作としてチャレンジしてみてはいかがでしょうか(ハブダイナモだけを購入することもできます)。

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