じしゃく忍法帳

第116回「冶金技術と磁気」の巻

鋼管製造でも活躍する磁気

鋳掛けとは現在でいうロウ付けのこと

 歌舞伎などでおなじみの石川五右衛門は、安土桃山時代に実在した人物。下っ端の伊賀忍者だったともいわれ、京で大盗賊になり悪名を轟かせたものの、ついに捕らえられ三条河原で釜煎りの刑に処せられました。かまどに大きな鉄釜を据え付け、薪で湯をわかして入浴する“五右衛門風呂”は、この故事に由来します。

 金属が貴重品だった昔は、武具や仏具、農具はもちろん、鉄や銅の鍋・釜も大切に使われました。庶民の家に押し入る泥棒が真っ先に狙ったのも鍋・釜です。「月夜に釜を抜かれる」とは、明るい月夜だというのに、大事な釜を盗まれてしまうような油断をたとえたことわざです。

 穴があいた鉄や銅の鍋・釜を修繕することを“鋳掛(いかけ)”といい、これを職業とする人を“鋳掛師(いかけし)”といいました。江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には、「白鑞(しろめ)を鎔(わ)かして鍋・釜の漏(もり)をふさぐのを鋳懸(いかけ)という。錮の字を用いる」とあります。錮は“ふさぐ”と訓読みし、刑罰の禁錮(禁固)も、もともとは仕官の道をふさぐことを意味しました。

 鋳掛けは現在ではロウ付けと呼ばれます。常温において固形で、加熱すると比較的低温で溶解する物質を広くロウといいます。ロウソクのロウには虫へんのロウ(蝋)があてられますが、これはロウソク材料を昔はミツバチの巣から採取していたことによるものです。一方、鋳掛け用材料には金へんのロウ(鑞)があてられます。古くからロウ付け材として用いられてきた白鑞(しろめ)は、スズ・鉛を主成分とする合金。広い意味でのはんだ(半田)の一種です。
 

イラスト

アーク溶接で活躍する便利なマグネット工具

 2つの金属を接合する方法としてはボルトやリベットなどを使う機械的方法と、加熱や圧力、摩擦などにより金属を溶かして融合する冶金的方法に大別されます。ロウ付けは母材の金属よりも融点が低い金属を溶かして接合面に流し込み、母材との合金をつくって強固に接合する方法です。電子部品を基板に接合するワイヤボンディングやフリップチップボンディングなどは摩擦熱と圧力を利用した接合法です。

 建設、造船、配管、板金などで、最もよく利用されているのは、母材となる金属を局所的に加熱して融合させる溶接(厳密には融接)です。

 電気エネルギーを利用したアーク溶接は、アーク灯の技術を転用して生まれた溶接法です。1815年、イギリスの化学者デービーは、2000個のボルタ電池とつないだ炭素棒の電極が、まぶしい火花放電を起こすことを発見しました。これを灯火として利用したのが電灯のルーツとなったアーク灯です。

 アーク放電にともなう高熱を金属の溶接に利用したのがアーク溶接です。母材と溶接棒を溶接機につなぎ、溶接棒を母材に接触させると電流が流れて火花が飛びます。このとき、溶接棒を母材から少し離して頃合の間隔を保つと、アーク放電が維持され、発生する高熱によって母材が溶融します。これがアーク溶接です。

 アーク溶接は鉄材アートなどにも利用されていますが、接合する母材がグラグラと動いては、まともな溶接はできません。そこで鉄材の固定に磁石を用いた便利な工具が使われます。これは旋盤などの工作機械などで使われるマグネットチャックと同じもの。図1のように内部の磁石の磁束を切り替えることにより、固定と取り外しがワンタッチでできる仕組みです。
 

アーク溶接と鋼板固定用マグネット工具



図1 アーク溶接と鋼板固定用マグネット工具

特殊鋼や合金の製造で使われる電気炉

 アーク放電にともなって発生する高熱は、溶接のほか電気炉にも利用されています。製鋼や特殊合金を製造するエルー炉は、るつぼの中でアーク放電を起こして原料を加熱・融解するアーク炉の一種です。

 コイルの磁界を利用した誘導炉という電気炉も使われています。るつぼ全体をコイルで取り巻き、コイルに高周波電流を流す方式です。誘導炉は誘導加熱を原理とします。導電体に変化する磁界が加わるとき、電磁誘導の法則により導電体には渦電流と呼ばれる電流が流れ、導電体には渦電流によるジュール熱が発生します。誘導炉はこのジュール熱によって原料を加熱・融解するのです。また、誘導電流と磁界によって原料には電磁力が作用するため、原料は融解されながら攪拌されることになり、とても都合がよいのです。電気炉は従来工法(平炉法や転炉法)と比べて設備が複雑となりますが、エネルギー効率が高く、品質のすぐれた特殊鋼や合金が製造できるため、広く採用されるようになりました。

 火を使わない安全な調理器としてマンションなどで使われる電磁調理器も渦電流によるジュール熱を利用したものです。鍋を置くトッププレートの下には高周波電流を流すコイルが格納されています。コイルに高周波電流を流すと鍋底に渦電流が誘起され、ジュール熱によって加熱される仕組みです。コイルは加熱コイルと呼ばれますが、コイルそのものが熱を発するわけではありません。
 

電縫管の製造に不可欠なインピーダコア

 鉄パイプやパイプライン用鋼管なども渦電流のジュール熱を利用した高周波溶接によって製造されています。これは電縫管と呼ばれます。四角い布のへりを合わせて縫うと中空の筒になりますが、電縫管はそれと同様に平たい鋼板を筒状に丸め、継ぎ目を高周波溶接して製造されます。文字通り電気エネルギーで縫うように溶接するので電縫管と呼ばれます。

 電縫管の製造法にもいくつかタイプがありますが、図2に示すのは高周波誘導溶接法と呼ばれるものです。スクイズ(圧接)ロールの前に置かれたワークコイルに高周波電流を流すと、継ぎ目に沿うように渦電流が流れ、そのジュール熱で継ぎ目が融解して溶接される仕組みです。

 しかし、渦電流は継ぎ目にのみ流れるわけではなく、鋼管の内壁を伝わり鋼管全体を加熱してしまう無駄な流れもつくります。ワークコイルが発生する磁界はきわめて大きいため、この無駄な渦電流を阻止しないことには、鋼管全体が発熱して軟化し、圧接できなくなってしまいます。

 この問題を解決するのが棒状形状の高飽和磁束密度のフェライト材を用いたインピーダコアです。これを鋼管内部に配置することでインピーダンスを高め、鋼管内壁の電流を流れにくくして、渦電流を溶接点に集中させるのです。フェライトという磁性材料は、電子部品のみならず鋼管製造という分野でも大活躍しているのです。
 

高周波溶接による鋼管(電縫管)の製造

図2 高周波溶接による鋼管(電縫管)の製造

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