じしゃく忍法帳

第114回「GMRセンサと磁石」の巻

HDD用ヘッド技術が生んだ小型・高感度の磁気センサ

エレベーターの自由落下と無重力状態

 エレベーターを吊っているワイヤがいきなり切れて自由落下すると、内部は無重力状態となって人はフワフワと浮いてしまいます。相対性理論を構築する糸口となったアインシュタインの有名な思考実験です。下降中のエレベーターが無重力状態とならないのは、自由落下ではなく等速運動しているからです。ただ、エレベーターが停止状態から下降を始める瞬間、ゾワッという感覚が味わえます。無重力状態ではこの感覚がずっと持続するわけです。いわゆる絶叫マシーンの1つである遊園地のフリーフォールも、擬似的な無重力状態を体験するアミューズメントマシンです。

 エレベーターの自由落下と同様に、地中に長い縦穴を掘って、そこにカプセルを自由落下させると、カプセル内部には人工の無重力環境(正確には微小重力環境)を作り出せます。無重力環境では比重差による沈降や熱対流などが起きないので、通常の実験室では得られない新材料が生まれます。そのような実験施設として落下塔と呼ばれるものがあります。

 塔とはいっても、通常は地下に掘られた深い縦穴が利用されます。たとえば岐阜県土岐市にあるMGLABの落下塔は、自由落下距離100mで約4.5秒の無重力環境をつくる施設。カプセル内に実験装置を格納して自由落下させたあと、空気ブレーキや機械ブレーキなどを利用して徐々に減速・停止させてカプセルを回収します。

 バンジージャンプにおいては伸縮性のあるロープが、またスカイダイビングにおいてはパラシュートがブレーキの役目を果たして地上にソフトランディングします。

イラスト

 

携帯電話にも搭載され始めるHDD

 磁気ヘッドや磁気ディスクの飛躍的な技術進歩によりHDD(ハードディスクドライブ)の小型化が急速に進んで、現在では100円硬貨ほどのディスク径で数GBという記憶容量をもつマイクロHDDも開発されています。

 これからは携帯音楽プレーヤーばかりでなく、携帯電話へのHDD搭載も始まると予測されています。HDDが搭載されると、高画質で撮影したデジタル写真や動画も大量に格納できるようになり、携帯電話が新たな進化を遂げることはまちがいありません。しかし、HDDは高速回転するディスク表面を磁気ヘッドが走査するというメカ機構によって記録・再生するため、衝撃によるクラッシュから保護する仕組みが必要です。

 一般的なHDDにおいては、未使用時には磁気ヘッドを安全なゾーンに移動させる方式を採用しています。これをリトラクト(退避)といいます。しかし、たとえば搭載したHDDが駆動中の携帯電話をうっかり手から離してしまったような場合を想定してみましょう。

 高速回転するディスク表面を磁気ヘッドがわずかな浮上距離を保ちながら走査している最中なので、このまま床や地面に叩きつけられると、クラッシュして大切なデータの読み込みができなくなる可能性があります。このため持ち歩いて使うことを前提とした携帯電話のような小型モバイル機器では、従来以上の保護対策が求められます。

自由落下を感じとる賢いセンサ

 落下センサは携帯電話などのモバイル機器に搭載したHDDをクラッシュから保護するために開発された新タイプの磁気センサです。手からうっかり離したときなどの自由落下を検知、落下衝撃を受ける前に磁気ヘッドを自動的にリトラクトさせます。

 落下センサの内部には、GMR素子と磁化物(ミニ磁石)が対向するように配置され、磁化物は柔軟性のある弾性部材で支えられています。このため携帯電話を手から離したときなどは、磁化物がしなやかに傾くため、GMR素子が検知する磁界にも変化が現れます。手から離れて地上に落下するまではわずかな時間ですが、落下センサは瞬時に自由落下を検知して、磁気ヘッドをリトラクトする信号を発するのです。

 携帯電話は歩行中やランニング中に使用することもあります。しかし、落下センサは歩行やランニングの振動を自由落下と勘違いすることはありません。というのも、歩行やランニングの振動と自由落下では、弾力部材で支えられた磁化物の動きに差異があり、それが磁界の変動の立ち上がりの差異として現れるため、落下センサはこれを識別できるからです。

 似たようなセンサとして加速度センサがありますが、GMR素子を利用した落下センサでは、X-Y-Zの3軸全方位で落下を瞬時に検知させることができ、超小型低背化させれば、HDD内部に直接搭載することも可能です。
 

GMR素子を利用した落下センサの仕組み

図1 GMR素子を利用した落下センサの仕組み

非破壊探傷検査やバイオ分野にも応用が広がる

 GMR素子は現在主流のHDD用ヘッドに利用されている薄膜素子で、正確にはSV-GMR(スピンバルブGMR)というタイプです。GMR素子は基本的にフリー層・スペーサ層・ピン層・反強磁性体などからなる10〜15層の多層薄膜を半導体と同様のプロセスにより基板に形成して製造されます。

 GMR素子は落下センサばかりでなく、さまざまな分野での応用に期待が寄せられています。たとえば航空機の機体や翼、エンジン、発電所のタービンなどの表面には、目には見えない小さな傷や割れなどの欠陥が発生していることがあります。これらは大事故の引き金となる可能性もあるため、渦電流探傷法(Eddy Current Testing)と呼ばれる表面検査がおこなわれています。

 交流を流したコイルを金属表面に近づけると、コイルから出る磁束により、金属表面に反作用磁束が発生して渦電流が誘導されます。このとき、もし金属表面に傷や割れなどがあったりすると、渦電流に乱れが生じて反作用磁束も乱れるため、誘導されるコイルの起電力の変化となって現れます。

 高感度の磁気センサとして機能するGMR素子は、こうした微細な金属欠陥を発見する非破壊表面検査用のセンサとして最適です。薄膜プロセスで製造されるので、多数のGMR素子を基板上に並べたマルチGMRチップとすることで、効率的な渦電流探傷検査プローブ(ラインセンサ)とすることができます。

 このほかGMRセンサは回転センサ、角度センサとしても応用可能。また、大電流対応が必要な自動車やロボットなどにおけるカレントセンサ、血液中の抗体検知をシンプルかつ低コストで実現するバイオセンサとしても応用も研究されています。
 

GMRセンサの非破壊検査への応用例

図2 GMRセンサの非破壊検査への応用例

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