じしゃく忍法帳

第113回「快適ドライブをサポートする磁石」の巻

自動車の省エネ走行に磁石が活躍

走行中にワイパーが故障したときの裏ワザ

 最新のインテリジェントカーといえど、20世紀初頭のT型フォード時代からそれほど進歩していない装置の筆頭はワイパーです。自動車ばかりでなく、旅客機や戦闘機のフロントガラスにもワイパーがついています。ゴムのブレードでガラス面の水滴をぬぐうというのは、ハイテク時代の今日からすればあまりスマートとはいえません。このためワイパーをなくせるような装置を発明したら、巨万の富を築けるといわれるわけですが、今のところワイパーにまさる装置はありません。

 せっかくの休日のドライブが、途中から雨に降られたりすることはよくあるものです。あまつさえワイパーが故障などしたら、それこそ泣き面に蜂です。ワイパーを駆動するのは小型DCモータ。最近のモータの故障はあまりないので、モータ音がまったく聞こえなくても、まずヒューズ切れを疑ってみましょう。万一、モータの故障なら修理工場で交換してもらうしかありません。

 携帯電話の電波も届かない雨の山中などでワイパーモータが故障したときには、手動でワイパーを操作するという奥の手があります。ワイパーのアームにひもをくくりつけて、運転席から引っ張るという方法です。アームをボディ側に輪ゴムでゆわえておくと、ひもを引っ張るたびにゴムの力でリンクが戻ります(ただし、あくまで応急処置です)。

 弱い雨ならフロントガラスにもみほぐしたタバコをこすりつけるという裏ワザもあります。こうするとガラスに水滴ができにくく、視界が何とか保てるからです。忍法というほどのこともありませんが、覚えておくと便利です。
 

イラスト

モータの回転運動をワイパーに伝える仕組み

 昔と仕組みはさほど変わらぬワイパーも、それなりの工夫が凝らされています。一般に自動車のフロントガラスには2つのワイパーが取り付けられていますが、アームやブレードの長さや形が、左右で違うのをご存じでしょうか。運転席からの視野を優先するために、運転席側のブレードが大きくなっています。

 ワイパーは2本のリンクの付け根を中心として扇形に運動します。ワイパーを駆動するモータは付け根部分に2個あるように思えますが、実は1個で駆動しています。これは動いているアームの片方を手で制止すると、もう片方の動きも止まることからわかります。その仕組みは隠れていてわかりませんが、図のようにリンクロッドと呼ばれる棒を通してモータからアームへと伝えられます。2つのアームが呼吸を合わすかのように、同じリズムで動くのは、モータの回転運動をリンクロッドによって往復運動に変えているからです。

 ワイパー用モータはじめ、最近の自動車には30〜100個以上の小型DCモータが使われています。DCモータにもいくつかのタイプがありますが、一般にはバッテリのエネルギーを節約するために、フェライト磁石を界磁とし、巻線をほどこした積層鉄心をロータとするタイプが使われています。フェライト磁石の磁気特性の向上により、自動車用DCモータは以前と比べてずっと小型化・ハイパワー化しています。
 

自動車ワイパーの仕組み

図1 自動車ワイパーの仕組み

電動パワーステアリングには低コギングが求められる

 パワーステアリングが登場するまでは、ハンドルを右に回したり左に回したりする“切り返し”は、かなりの腕力を要するため、初心者、とくに女性が苦手とするところでした。パワーステアリングは油圧の助けをかりて、ハンドルを楽に回転させる装置です。もともとアメリカで大型車用に開発され、現在は小型乗用車でも当たり前のように装備されています。

 しかし、ハンドルの回転が軽くなりすぎると、高速走行中などは急ハンドルとなってしまい危険です。そこで、パワーステアリングの操作性は、エンジンの回転数と走行スピードに応じて制御されます。油圧にかわり近年はモータも利用されるようになりました。これは電動パワーステアリングと呼ばれます。構造がシンプルになり電子制御できるのが利点です。

 電動パワーステアリング用モータにはハイパワーが求められるため、フェライト磁石よりも強力なネオジム磁石が使われます。ただ、油圧と違ってモータにはコギングという問題があります。ごくシンプルなDCモータのロータ断面は、三つ葉葵の紋のように、3つのスロット(巻溝)をもち、コギングと呼ばれる回転ムラが生じます。ワイパーやパワーウインドウなどのモータでは支障ないものの、電動パワーステアリングにおいてはギクシャクした回転ムラがドライバーの手に伝わって不都合です。

 ロータのスロット数が多いほど回転ムラも細かくなります。そこで電動パワーステアリングやファンモータなどのように、低速でも滑らかな回転が必要なモータには、スロット数を多くしたDCモータが使われます。また、ロータのスロットを回転軸に対して斜め(スキュー)にしたりするのも、より低コギングを実現するための工夫です。マグネットロータを用いたインナーロータ形モータでは、マグネットロータがスキュー着磁されたりします。

DCモータの種類とマグネットモータの構造

図2 DCモータの種類とマグネットモータの構造

磁石なくして自動車は動かない

 走る・曲がるとともに、止まるというのも自動車の基本機能。そのブレーキ系統にも磁力が応用されています。たとえば大型トラックなどにリターダ(ブレーキリターダ)と呼ばれる装置が利用されています。重い荷物を積載して走る大型トラックは、ブレーキを踏むたびにブレーキドラムに大きな負担がかかって磨耗していくため、ひんぱんに交換しなければなりません。リターダはこの負担を軽減するためのもので、流体式と渦電流式などのタイプがあります。流体式はブレーキペダルを踏むとオイルが送られて、その回転抵抗によって速度を落とす仕組みです。一方、渦電流式は磁界の中で金属が移動するとき、金属表面に発生する渦電流の磁界による制動力を利用したものです。

 渦電流によるブレーキ効果は、簡単な実験で確認できます。銅やアルミニウムなどは、磁石に吸い付かない非磁性体です。しかし、銅板やアルミニウム板を斜めに傾けて、その上に磁石を滑らせてみると、磁石はまるでブレーキがかかったかのようにゆっくりと滑り落ちます。銅板やアルミニウム板に発生した渦電流による磁界と、磁石と磁界との相互作用によるブレーキ効果です。この現象を利用したのが大型トラックのリターダで、非接触で作用するのでブレーキドラムの磨耗を軽減することができます。また、強力なネオジム磁石を利用することで、コンパクトかつ省エネ型のリターダとなります。

 エンジンからの動力伝達機構であるクラッチにも、磁力をたくみに利用したタイプがあります。クラッチの間隙に磁性粒子を入れた電磁クラッチと呼ばれるものの1タイプです。励磁コイルに電流を流すと、磁気回路に磁性粒子が集まって物理的な結合力を生み、回転を伝えるという仕組みです。

 現在の自動車には磁石や磁力が、いたるところで使われています。さらなる省エネが求められてくる次世代カーでは、磁石パワーがますます活躍することになるでしょう。

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