じしゃく忍法帳

第111回「廃液処理と磁石」の巻

水中で生まれる磁性材料

高師小僧は古代の製鉄原料だった?

 占いの理論にもなっている陰陽五行(いんようごぎょう)説は、古代中国独特の哲学思想。忍法の五遁の術(木遁・火遁・土遁・金遁・水遁)は五行を冠した隠遁の術です。紀元前3世紀ごろの戦国時代には、五行は循環するという思想が生まれました。たとえば木→火→土→金→水と、前者から後者へ次々と生まれていくという考え方は五行相生説(ごぎょうそうしょうせつ)と呼ばれます。物質循環のハシリのような考え方です。

 土から金が生まれるという相生説の見本のような、高師小僧(たかしこぞう)と呼ばれる鉱物があります。褐鉄鉱の一種で、高師とは愛知県豊橋市の高師原(たかしはら)台地によく産出したことに由来します(愛知県の天然記念物に指定されています)。鉄分が豊富な粘土層にススキなどが生育すると、根の周囲に鉄分が凝集し、根が枯れたあとに褐鉄鉱として残存します。雨水などで表土が取り払われると、これが地表にたくさん顔をのぞかせるので小僧の名がついたようです。

 褐鉄鉱は不純な酸化鉄・水酸化鉄の集合体で、製鉄原料には向いていません。しかし、砂鉄による“たたら製鉄”が始まる以前の日本では、高師小僧のような褐鉄鉱を用いた製鉄が行われていたともいわれます。また、沼沢のアシ原には高師小僧と同じような成因で、鳴石(なるいし)とか鈴石(すずいし)と呼ばれる褐鉄鉱が産出します。中央は空洞になることが多く、振ると鈴のようにコトコトと鳴ることからの命名です。信濃にかかる枕詞である「みすずかる」も、こうした褐鉄鉱と関係するともいわれます。大昔、信濃の地には鳴石・鈴石を原料とする古代製鉄文化があり、のちに砂鉄原料のたたら製鉄文化により駆逐され、「みすずかる」という枕詞として残ったというのです。

高師小僧

 

廃液処理にフェライトが活躍する理由

 高師小僧の形成には植物の根の働きが関与しています。根が水を吸収する際に、根のまわりの鉄分濃度が高まり凝集・沈殿するからです。

 廃液処理にもこの凝縮や沈殿を利用した方法があります。工場や研究所から出る廃液には有害な重金属が含まれているため、環境汚染を防ぐ対策として、廃液に凝集剤を加えて沈殿させ分離しているのです。しかし、イオンとなって溶解している重金属など、凝集沈殿法では分離できないものもあります。この問題解決するために、1980年頃から導入されるようになったのはフェライト法です。

 電子材料のフェライトの製造には粉末原料を混合するほかに、金属塩の水溶液を原料とする共沈法と呼ばれる方法があります。廃液処理のフェライト法はこの共沈法とよく似ています。

 硫酸第一鉄を水酸化第一鉄として沈殿させ、2価の重金属イオン(Me2+)とともに加熱・空気酸化させるとMe2+ O・Fe3+ 2O3となります。これはスピネル型と呼ばれるフェライトの化学式で、金属Meの種類によってさまざまなフェライト材が得られます。たとえばMeがマンガン(Mn)や亜鉛(Zn)ならばMn- Znフェライト、ニッケルや(Ni)・亜鉛ならばNi- Znフェライトとなります。スピネル型フェライトはさまざまな重金属イオンを結晶の中に取り込む性質があります。また、フェライトは強磁性物質なので、磁石を利用した磁気分離機(第97回「リサイクルと磁石」参照)にかけることで、有害な重金属をフェライトごと容易に回収することができるのです。
 

フェライト法による廃液処理の概念図

図1 フェライト法による廃液処理の概念図

2価と3価の鉄イオンのパフォーマンス

 廃液処理のフェライト法は、鉄、マンガン、コバルト、ニッケルといった鉄族元素のほか、銅、鉛、スズ、カドミウム、クロム、ヒ素などの金属の回収に有効です。しかし、主要な環境汚染物質である水銀の分離には適していません。

 そこで水銀分離のために亜フェライト法と呼ばれる方法も開発されました。これは硫酸第一鉄・硫酸第二鉄・硫酸銅の溶液つまりFe2+ とFe3+の溶液からフェライトをつくる方法です。前述のフェライト法では処理できない水銀も、この亜フェライト法では結晶によく取り込まれて分離できるのです。そのプロセスははっきりと解明されていませんが、共存する銅イオンが関係しているとみられています。

 Me2+ O・Fe3+ 2O3という一般式で表されるスピネル型フェライトにおいて、Me2+に相当するのがFe2+の場合、Fe2+ O・Fe3+ 2O3のフェライトとなります。このような2価と3価の鉄イオンからなるフェライトとは、実はマグネタイト=磁鉄鉱( Fe3O4)のことです。磁鉄鉱が天然のフェライトといわれるのもこのためです。また、天然の磁鉄鉱が複雑な化学組成をもつのも、2価と3価の鉄イオンの触媒作用により、鉄イオンは他のさまざまな金属イオンを結晶に取り込むからです。フェライトは材料組成のわずかな変化にもガラリと特性を変えることから、無限の可能性をもつ電子材料といわれます。これも他の金属イオンと置換しやすい2価と3価の鉄イオンの振る舞いから起こる現象です。

磁気テープの針状磁性粉の作成法

 固体どうしの固相反応で結晶化するフェライトも、原料段階では水溶液中の化学反応が深く関係していることが、廃液のフェライト化処理によってわかります。水溶液中の化学反応をたくみに利用した例としてよく知られているのは、磁気テープなどに塗布される磁性粉です。

 マグネタイトを熱して酸化していくと、ついには鉄の赤錆であるヘマタイト(α-Fe 2O3)になってしまいます。ヘマタイトは磁石には吸い付きませんが、結晶構造が異なるマグヘマイト(γ-Fe 2O3)は磁石に吸い付き、また強い磁気を帯びます。天然磁石として産出するのもマグヘマイト(磁赤鉄鉱)です。

 マグヘマイトは磁性材料として有用で、磁気テープの磁性粉として使われます。磁気テープは簡単にいえばプラスチックテープの上に微細な棒磁石を並べたもの。磁性粉とは呼ばれますが、粉末というよりも細長い針のような形状の磁性体です。しかし、マグヘマイトは針状結晶にはなりません。そこで、文豪ゲーテの名にちなむゲータイト(α-Fe OOH)という水酸化鉄の結晶を出発点とする巧みな方法が開発されました。

 硫酸第一鉄あるいは硫酸第二鉄の水溶液に空気を送り込みながら反応・酸化させると針状のゲータイトが析出します。このゲータイトを水素気流中で脱水還元してマグネタイトとしたのち、さらに空気中でゆっくり加熱・酸化して針状のガンマ酸化鉄を作成するのです。ゲータイトの針状の形状をそのまま残して、組成を変えてしまうわけです。ちなみに高性能磁気テープとして一世を風靡したアビリン磁性体は、この針状のガンマ酸化鉄の表面にコバルト層を被着したものです。
 

 

鉄と鉄化合物・鉄鉱石の関係図

図2 鉄と鉄化合物・鉄鉱石の関係図

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