じしゃく忍法帳

第103回「携帯電話のサウンド」の巻

着メロをサポートするミニ磁石

“七色の声”も見分けるFFT

 声色を変えて、あたかも複数の人間が会話しているかのように思わせる忍法があります。江戸時代には“声色屋”とか“声色づかい”などと呼ばれた芸人も現れました。いわゆる声帯模写です。

 人の声や楽器の音などは、さまざまな周波数の波が重なり合ったものです。19世紀のフランスの数学者フーリエは、どんなに複雑な波形(関数)も基本的なサイン波・コサイン波の集まりとして表わせることを数学的に明らかにしました。これをフーリエ級数展開といいます。

 実際の波形分析には膨大な計算を必要としますが、サンプリング理論そしてFFT(高速フーリエ変換)というアルゴリズムにより容易にできるようになりました。サンプリング理論とは、有限の周波数範囲内ならば、どんなアナログの信号波形も、ある間隔の抜き取り標本をつくるだけで復元できるという理論。また、FFTは標本数がNのとき、N2回の計算を必要とするところをN log N回ですませてしまうアルゴリズムです。

 これを実現したFFT装置は、プリズムが太陽光を虹の七色に分解するように、現実の波動や振動をさまざまな周波数のスペクトルとして表示します。このためスペクトルアナライザとも呼ばれます。FFT装置で調べると、その人の声の特徴が分析できます。ラジオドラマやアニメでは、一人で男役から女役、子役までこなす“七色の声”をもった声優がいます。しかし、どんなに声色を変えても、FFTをだますことはできません。人の声にはそれぞれの“声紋”があるからです。
 

 
 

電磁ブザーは音質がソフトで広帯域

 電話機や家電機器で“ピッ”とか“プー”という電子音を出す発音体の多くは、圧電セラミックスを振動子とした圧電ブザー。電圧を加えると外形が歪む性質をもつ材料のことを圧電体といいます。交流電圧を加えると振動するので、発音体として利用することができるのです。音の高さは加えられる交流周波数などによって決まりますが、プッシュホンの“ピッ、ポッ、パッ”という音は、ちょっと変わった音がします。その理由は単音ではなく2つの周波数が合成された音だからです。

 押しボタンの横列と縦列には、図1のような周波数が割り当てられていて、たとえば(1)のボタンを押すと、縦列の1209kHzとの横列697kHzの周波数の信号が合成されて送られ、このとき電話機に内蔵された発音体からも音として聞こえるようにされています。どの横列を押しても、ド・レ・ミに近い音階として聞こえますが、縦列に押してみると微妙に違うのは2つの周波数が合成されているからです。

 圧電ブザーは薄く軽量で低消費電力という特長があり、電話機のリンガー(着信音)用やレシーバ(音声再生用)としても用いられています。振動するという性質を利用して、バイブレーション機能を複合させたタイプもあります。

 多くの圧電ブザーが無機的な音がするのは、ある周波数を中心とする単音に近い音だからです。登場したころは新鮮な響きをもっていましたが、身の回りの電子機器に多用されると耳障りになり、メロディ音が好まれるようになりました。磁石を利用した電磁ブザー(マグネチック・サウンデューサ)は、圧電ブザーとくらべて高音圧の音を発し、音質も比較的ソフトで広帯域なので、メロディで知らせるアラーム用に適しています。
 



図1 電話ボタンの周波数配列と圧電ブザー/レシーバの原理

携帯電話に内蔵される小型・薄型の電磁ブザー

 電磁ブザーは携帯電話の着メロ用にも使われています。着メロ機能をもった初の携帯電話が登場したのは1995年で、またたくまに爆発的なヒットとなりました。ルルルルル…といった単純なリンガー音では面白くないという遊び心を刺激しただけではありません。携帯電話の普及とともに、似たようなリンガー音では、着信するたびに誰もが同時に自分の携帯電話を探し始めるという事態が頻発するようになったからです。ボタン入力でオリジナルな着メロもつくれるようになり、1998年には『着メロ入力本』がベストセラーになったりしました。

 やがて、単音のメロディでは物足りなくなり、和音対応のものなど、着メロの高音質化・高機能化ニーズも高まっていきました。しかし、携帯電話の回路基板は超過密状態なので、電磁ブザーには従来以上の小型・薄型化が要求されます。

 電磁ブザーはスピーカボックスと同じような構造で、ケース内の空洞に共鳴器としての機能をもたせています。小型・薄型化を達成するには、この空洞をできるだけ狭くして、なお高音圧を維持する工夫が必要になります。

 図2に示すのはSMD(面実装部品)タイプとして製品化された携帯電話用電磁ブザーの一例です。振動板と一体化されたバラスト用磁性片が、磁石に吸い寄せられた状態でコイルに交流電流を流すと、振動板は振動を始めて音を発します。共鳴器となる空洞は微小なギャップとして狭められ、音の出口である放音孔は側面に配置されています。


図2 超小型・薄型電磁ブザーの構造

ボタン大のダイナミックスピーカも登場

 美しい楽音は、楽器と演奏者のいずれが欠けても実現しません。圧電ブザーや電磁ブザーなどの発音体を楽器に見立てるなら、演奏者に相当するのが発振回路。表現力豊かな着メロを奏でさせるには音源を内蔵するLSIが必要となります。現在の携帯電話の着メロには、FM音源やPCM音源が利用されるまでになりました。

 FM音源方式というのは、単純な電子音をいくつも組み合わせ、それらを変調させることで、複雑な音を合成する方式。楽器のように味わい深い音からユニークな人工音まで、変幻自在に編集・加工できるのが特長。一方、PCM音源方式というのは、実際に演奏される生の楽器の音や人の声などを録音して、それをデジタル信号に変換して再生する方式。いずれもシンセサイザや電子ピアノなどに使われている技術です。携帯電話の着メロ機能とは、自動演奏する電子楽器をコンパクトにしたようなものなのです。

 FM音源やPCM音源、また音声合成技術などにより、着メロの高音質化が進行すると、発音体にはオーディオスピーカと同じ方式のダイナミックスピーカも使われるようになりました。圧電ブザーや電磁ブザーでもメロディ音を出すことはできるものの、繊細な音の再生となるとダイナミックスピーカのほうが向いているからです。

 コーン紙とコイル(ボイスコイル)を合体させ、磁石の磁界とコイルの発する磁界の相互作用によってコーン紙を振動させるのがダイナミックスピーカの原理です。ヘッドホンの内部にもダイナミックスピーカが入っていますが、携帯電話に搭載されるのは、シャツのボタンほどの超小型・薄型タイプ。小さくても大きな音量が出せるのは、強力なネオジム磁石が利用されるからです。

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