じしゃく忍法帳

第105回「ポータブルHDDオーディオプレーヤの磁気ヘッド」の巻

ヘッドとディスクのコラボレーション

切手サイズのHDDも可能

 中国語でHDD(ハードディスクドライブ)のことを“硬式磁盤機(硬盤機)”といいます。“盤”とは大皿の意味なので、ノートパソコンなどに内蔵される小型HDDにはふさわしくないためか、“硬式磁機(硬機)”という用語もよく使われます。“”とは小皿を意味します。

 近年、HDDの小型化は驚異的に進み、ディスク径が1インチあるいはそれ以下のマイクロHDDも開発されるようになりました。メモリカードサイズ、切手サイズの超小型HDDも技術的に製造可能で、これからはデジタルカメラ、ビデオカメラ、携帯電話など、あらゆるモバイル機器への搭載が活発化すると予測されています。

 また、カートリッジのように取り外せるiVDR規格のリムーバブルHDDが普及していけば、音楽ばかりでなく写真、映像などもまとめて持ち歩くことができ、いつでも、どこでも、さまざまなデジタル機器とすぐに接続して活用できるようになります。

 HDDの特長は何といっても大量のデータを保存でき、DVDなどの光ディスクと比べて、書き込みに要する時間も短いこと。千曲〜1万曲もの音楽を録音できるHDDプレーヤも登場しています。HDDの小型化がさらに進めば、コントローラ部分に本体が収まってしまうような携帯オーディオプレーヤが出現するかもしれません。

ハードディスクに金属薄膜が使われる理由

 HDDの磁気ヘッドは、記録(書き込み)ヘッドと再生(読み取り)ヘッドとが合体したものです。記録ヘッドは薄膜コイルを積層したコアのギャップから漏れる磁束で、ディスクの磁性層を磁化する電磁誘導方式です。一方、再生ヘッドには磁気抵抗(MR)効果(磁界によって電気抵抗が変化する現象)が利用されます。現在ではMRヘッドを進化させたGMRヘッドやTMRヘッド(トンネリングMR)が使われています。

 HDDの高記録密度化にはヘッドとディスクのコラボレーションが必要です。HDDにおいては、記録ヘッドによってディスク面に形成された微小磁石の境界に生じる磁束の向きが1ビットの信号となります。したがって、面記録密度を向上させるには、記録ヘッドのコアのギャップをより狭くすればよいことになります。ところがギャップを狭くすると、ディスク面に形成される微小磁石も小さくなるので、再生電圧も小さくなって感度が低下します。このため、高感度なGMRヘッドやTMRヘッドが必要とされるのです。

 感度低下には次のような理由もからんでいます。微小磁石が磁性層に水平に並んでいるときは、微小磁石の磁束は磁性層の中で円弧状に配列します。しかし、感度を上げようとして、記録ヘッドから出る磁界を強めると、微小磁石は水平の姿勢を崩し、円弧状の磁束は回転状に変化してしまいます。いわば微小磁石が磁性層内部に潜り込んでしまうような状態となり、かえって感度が低下してしまうのです。

 そこで、磁性層の厚みを微小磁石の長さよりも小さくすることで、微小磁石が磁性層に水平に並ぶようにしています。ハードディスクの磁性層に金属薄膜が用いられるのは、このためでもあるのです。

図1 HDD用ヘッドとGMR素子の構造

“熱ゆらぎ”による長手記録の限界

 1990年代後半以降、HDDの高記録密度化は目覚しいスピードで進行し、100Gbpsiの大台を突破するのも時間の問題とみられています。ただし、100Gbpsiという面記録密度は従来技術の限界領域で、ヘッドとディスク双方のブレイクスルーが必要です。

 bpsi(bits per square inch)という単位は1平方インチに記録できるビット数のことで、100G bpsiという面記録密度では、微小磁石の大きさは0.2×0.03μmほどになります。このようなナノサイズになると、磁性層に形成された微小磁石は室温程度の熱にも擾乱を受けて、磁化の向きを変えてしまいます。これは“熱ゆらぎ”と呼ばれる現象で、情報が消滅してしまうので、磁気記録としては致命的な問題となります。

 この問題を解決するのが垂直磁気記録です。同じ広さの部屋に人間を収容するのに、寝かせるよりも立たせたほうが、よりぎっしりと詰め込むことができます。それと同様に、微小磁石を磁性層に水平に並べる従来の長手記録方式に対して、垂直に並べるのが垂直磁気記録方式です。面記録密度が格段に向上するばかりでなく、熱ゆらぎによる影響も低減できます。

 垂直磁気記録用のメディアには特殊な磁性材料が必要となりますが、コバルト・クロム系など、ある種の合金を薄膜として蒸着させると、柱状粒子が膜面に垂直に形成することが知られています。磁化容易軸が垂直方向となるので、垂直磁気記録メディアとして利用することが可能です。

磁気ディスクの下地層も記録ヘッドの一部として利用

 垂直磁気記録を実現するには、ディスクばかりでなく、ヘッドにも新たな技術が求められます。従来の長手方式ではギャップ間隔を狭めることで高記録密度化を図ってきましたが、垂直方式となるとヘッドから出る磁束をディスク面に垂直に向ける必要があります。そこで、記録ヘッドの片方の磁極から出る磁束の垂直成分を利用する方法が考案されました。

 記録ヘッドの片方の磁極から出た磁束は、もう片方の磁極に戻るので、磁束の垂直成分を利用するには、磁束を大きく迂回させたほうがよいことがわかります。とはいえ、ヘッドの両磁極を離しただけでは磁束を迂回させることができません。

 ここで軟磁性体がたくみに活用されます。図2のように磁気ディスクの磁性層の下に軟磁性体の下地層を設けると、ヘッドから出た磁束は軟磁性体をバイパスすることになるので、磁極からの垂直成分を有効に利用することができるのです。わかりやすくいえば、磁気ディスクの軟磁性層は記録ヘッドの一部を構成していることになります。この2層構造の磁気メディアにより、垂直記録技術は実現に向けて大きく前進しました。

 従来の長手記録方式の限界をブレイクスルーするのが垂直記録方式。柱状に並べる微小磁石の断面を結晶粒子数個分ほどにまで狭めることができれば、600G bpsi以上の超高密度化も可能といわれます。きたるべきテラビット(1000Gビット)時代に向けて、HDDの進化はまだまだ続きそうです。

図2 垂直磁気記録方式の1例

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