じしゃく忍法帳
第102回「携帯電話の徒歩ナビゲーション」の巻
携帯電話の中のミニ電子コンパス
方位磁石なしに正確に東西南北を知る術
ピラミッドの底辺は東西南北の方向を向いているそうです。中国でも都を造営するときに、まず正確に方位が決定されてから四周の城壁が築かれました。方位磁石(コンパス)などなかった時代に、いったいどうやって東西南北の方位を知ったのでしょう?
地面に垂直に棒を立てれば、太陽の動きとともに影の長さが変化します。この棒のことをグノーモン(英語ではノーモン)といいます。影の長さがいちばん短くなったとき、つまり太陽高度が最も高くなったときの太陽の方位が南です。しかし、影の長さを計測するのは誤差が大きすぎて正確な方位がわかりません。そこで、次のような妙案が考え出されました。
地面に円を描いて、その中心にグノーモンを立てます。地平線から太陽が昇って高度を上げるにつれ、棒の影の長さは短くなって、影の先端が円周に接するときがあります。影の長さがだんだん長くなる午後にも、影の先端は円周に接します。この2点を結んだ線が東西方向となり、それと直角な線が南北方向となるのです。
おそらく日本の平安京もこの手法で方位決定されて造営されたのでしょう。京都市街は碁盤の目となった道路が東西南北に通っているので、街中を歩いていて方角を見失うことはまずありません。京都にならって都市設計された札幌などの市街地でも同様です。
しかし、城下町というのは防衛目的から城を中心にわざと入り組んだ道路網をつくったようです。江戸の城下町から発達した東京も、慣れないうちはすぐに方角を見失ってしまいます。とりわけ高層ビルが林立する都心部では、目的地と反対方向に歩いていたというような失敗も珍しくありません。そこで、このところ人気が上昇しているのが、ナビゲーション機能をもった携帯電話。液晶画面に地図表示しながら、正確に目的地まで案内してくれるので、方向オンチの人や初めての場所へ行くことの多い営業マンなどにはとても便利です。
携帯電話の電子コンパスは小型化が必須条件
携帯電話の徒歩ナビゲーション機能は、カーナビゲーションの原理と基本的に同じです。GPS衛星から送られてくる電波から現在位置を割り出し、ダウンロードされた地図情報に重ねて表示します。しかし、地図のように北が上になっていると(ノースアップ)、目的地までの方向がわかりにくいので、常に進行方向が画面の上にくるように地図を自動回転します(ヘディングアップ)。したがって、画面の矢印の指示に従って歩くだけで、東西南北の方位など意識することなく目的地に到達することができるわけです。
しかし、ヘディングアップを実現するためには、携帯電話自身が方位を知る必要があります。そこでナビゲーション機能つき携帯電話には、地磁気センサを利用した電子コンパスが搭載されています。
地磁気の強度は約1万分の1〜1ガウスしかありません。これは一般的な永久磁石の数1000分の1ほどのごく微弱なものです。地磁気センサは各種ありますが、多数の電子部品が高密度集積されている携帯電話の回路基板においては、電子コンパスは小型なものでなくてはなりません。また耐衝撃性や感度、応答性にすぐれていることも条件となります。
産業機器などに多用されているホール素子の磁気センサは安価ですが、携帯電話用の電子コンパスとしては感度が不足します。このため、MRセンサやフラックスゲート(FG)型センサ、また新発明されたMIセンサなどが主に使われます。MRセンサは磁界強度によって電気抵抗が変化するMR(磁気抵抗)素子を利用したもの。そのままではやや感度不足なので、薄膜コイルと組み合わせたものなどが開発されています。ウエハ製造プロセスで量産できるので価格的に有利です。
軟磁性コアとコイルを利用したフラックスゲート型センサ
各種ある磁気センサにおいて、感度面でとくにすぐれるのはフラックスゲート型センサです。軟磁性体のコアに励磁コイルと検出コイルを巻いたものが、フラックスゲート型センサの基本構造。外部磁界が存在しないとき、励磁コイルから送られた電圧波形は、そのままの波形で検出コイルに誘導されます。しかし、外部磁界が存在するときは、コア内部の磁束変化により、ヒステリシス曲線の非直線的な部分が利用されるようになり、検出コイルに誘導される電圧波形には高調波成分が含まれるようになります。この高調波成分から外部磁界の強度を知ることができるのです。
このフラックスゲート型センサを携帯電話用の電子コンパスとして利用するために、棒状の軟磁性体のコアを用いたセンサ素子を直角方向に2軸配置したり、ドーナツ状のトロイダルコアに2組の検出コイルを直交配置で巻きつけたりします。フラックスゲート型センサはきわめて高感度なのが特長ですが、巻線を必要とするために小型・薄型化が難しいという問題があります。そこで半導体加工技術を応用して、薄膜コアや薄膜コイルを積層してチップ化した製品も開発されています。
小型・高感度の地磁気センサとして、近年、注目を浴びているのはMIセンサです。MIとは磁気インピーダンス(magneto-impedance)の略語で、MIセンサの原理は1993年に名古屋大学の毛利佳年雄(もうり・かねお)教授によって発見されました。フラックスゲート型センサに匹敵する感度をもち、しかも小型化・量産化にも有利なため、携帯電話ばかりでなく、さまざまな応用が考えられています。
図1 フラックスゲート型磁気センサの基本原理
MI(磁気インピーダンス)センサの電子コンパス
ニッケルなどの強磁性体が外部磁界によって寸法変化したり(ジュール効果)、外から応力をかけると磁化が変化する(ビラリ効果)ことは、磁歪(じわい)現象として古くから研究されてきました。
磁歪現象はそれだけにとどまりません。たとえば強磁性体(磁歪材料)の丸棒に、軸方向の外部磁界を加えると、磁化の向き(電子スピンの向き)も軸方向にそろいますが、ここで機械的に棒をねじると、磁化の向きがらせん状になって電圧が誘起されます。これをベルトハイム効果といいます。また、強磁性体の丸棒に電流を流すと、丸棒の円周方向に磁化が向きますが、このとき棒の軸方向に外部磁界を加えると、電流が発生する磁界と外部磁界の合成によって磁化の向きはらせん状にねじれます。これをウィーデマン効果といいます。
MIセンサは、ベルトハイム効果やウィーデマン効果など、広い意味での磁歪現象を発展的に応用したものなのです。髪の毛の7分の1ほどの直径20μmのアモルファスワイヤにパルス電流を流すと、外部磁界の影響で傾いていたワイヤ表面の磁化の向きは一方向にそろいます。このときの磁化の向きの変化を検出コイルによって誘起電流として取り出すのがMIセンサの基本原理。X軸・Y軸に2個のMIセンサを配置することで方位センサとなります。
高感度・高速応答性で低消費電力というのがMIセンサならではの特長です。使われるアモルファスワイヤは長さ数mmという小さなもので、ICなどと一体化することで、携帯電話にも搭載できる1チップの電子コンパスとなります。MIセンサは磁気センサのニューフェース。X軸・Y軸・Z軸に配置した3軸タイプは、ロボットの姿勢制御センサなどにも期待されています。
図2 磁歪材料の性質とMIセンサの基本構造
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