じしゃく忍法帳

第101回「棒磁石はなぜ長い?」の巻

磁石の中の“抵抗勢力”

磁石の大きさや形状は磁力に関係する

 目撃談によれば空中に静止したり、ジグザグ飛行したりするといわれるUFOは、“反重力”なるものを推進装置に利用しているなどと、まことしやかに説明されたりします。もちろん、これは空想にすぎませんが、反磁界(反磁場)というものが実在するのをご存じでしょうか?

 反磁界といっても、同極どうしが引き合ったり、異極どうしが吸着しあったりなど、通常の磁石とは逆の性質の磁石があるわけではありません。反磁界とは磁化された磁性体が、磁性体内部につくる磁界のことで、どのような磁石にも存在します。

 磁石はN極、S極という2つの磁極をもっており、磁束はN極から外部に出て、S極に戻ります。外部に漏れるこの磁束とは別に、磁性体内部にもN極からS極に向かう磁束があり、その向きは外部から戻ってくる磁束と逆向きになります。この逆向きの磁界を反磁界というのです。わかりやすくいえば、磁石内部の磁界の“逆風”あるいは“抵抗勢力”のようなもので、磁性体の磁化を弱める減磁力として作用します。

 鉄を吸いつける磁石の磁気パワーは、この反磁界が関係してきます。反磁界は磁石の大きさや形状によって複雑な振舞いをしますが、一般に磁極の磁界が強いほど、また磁石の磁極間の距離が短いほど、その影響は大きくなります。棒状の磁石でいうなら寸法比(長さ/直径)が小さいほど、つまり、ずんぐりむっくりしているほど、反磁界の影響が増して、磁石の磁化を減少させてしまいます。

 反磁界に打ち勝つには保磁力の高い磁石が必要です。しかし、昔は高い保磁力が望めない鉄(炭素鋼)が磁石材料となっていたため、伝統的に細くて長い棒磁石が使われました。つまり、寸法比を大きくすることで、反磁界の影響を少なくしていたわけです。

図1 磁石内部の反磁界

人工磁石をつくる画期的なダブル・タッチ法

 航海で使われる羅針盤はコンパスカードと呼ばれる方位盤をピボットで支えた構造となっています。棒磁石はコンパスカードの裏に取り付けられているので表面から見えません。

 コイルと電流で鉄棒を着磁した人工磁石がつくられるようになったのは19世紀以降のことです。それ以前は鉄棒に天然磁石をこすりつけて棒磁石をつくっていたので、その磁力は微弱なものでした。このため複数の棒磁石をコンパスカードに貼り付けたりしました。

 鉄棒に天然磁石をこすりつける方法でも、天然磁石よりも強力な人工磁石がつくれます。その方法の確立に貢献したのは18世紀イギリスのカントンやミッシェルたちです。とくにミッシェルはダブル・タッチ法と呼ばれる方法を編み出したことで知られます。

 それまでの人工磁石の製法は、磁石(天然磁石や棒磁石)で鉄棒の端から端まで、一定方向になぞっていくシングル・タッチ法でした。ダブル・タッチ法というのは、2つの磁石を用いて、鉄棒の中央から端までを逆方向になぞるという方法です。この際、こすりつける2つの磁石の磁極は逆であることがポイントです。図2のように磁石のN極でこすりつけた鉄棒の端はS極に、磁石のS極でこすりつけた鉄棒の端はN極となります。ダブル・タッチ法は当時としては画期的な方法で、人工磁石の製法として広く普及するようになりました。

 18世紀に人工磁石の製法が大きく進歩したのは、磁気学の要請によるものでした。磁極間に作用する吸引力や反発力を正確に測定するためには、細く長い棒磁石が必要だったからです。1785年に発見された磁気力に関するクーロンの法則も、ダブル・タッチ法によって磁化された棒磁石が利用されました。



図2 昔の人工磁石の製法

平たい磁石を可能にしたフェライト磁石

 理科実験などで使われるU字形(あるいは馬蹄形)磁石は、棒磁石を曲げて両極を接近させるという発案から生まれたもの。鉄を吸引するには、棒磁石の片方の極より、両磁極を利用したほうが有利だからです。

 U字形磁石の両極に鉄片を渡して吸着させると、磁極から漏れる磁束は鉄片を流れるようになり、反磁界も消失してしまいます。反磁界が消失すると、磁石の磁力を衰えさせる減磁力も小さくなるので、磁石の磁力は長持ちします。U字形磁石を長期保存するとき、両極に鉄片を渡して吸着させるのは、反磁界を消失させるという意味があるのです。2本の棒磁石を保存するときに、磁極を反対向きにして抱き合わせるのも同じ理由によるものです。昔は磁石は貴重品であったうえ保磁力が小さかったので、このように大切に保存していたのです。

 冷蔵庫の扉などに紙押さえとして使われるフェライト磁石は平たい円板状をしています。また、フェライト磁石はそのまま放置しても、鉄製磁石ほど磁力は弱まりません。これはフェライト磁石はきわめて保磁力が大きいことを特長とする磁石だからです。つまり、寸法比(長さ/直径)の小さな平たい形状にしても、減磁力に抗するだけの十分な保磁力をもつため、そのまま放置しても長期的に磁力を保つのです。

 フェライト磁石が高い保磁力をもつのは、その結晶構造が関係しています。トランスコアなどに多用されるソフトフェライトが、立方晶系スピネル型の結晶構造をもつのに対して、磁石材料となるハードフェライト(バリウムフェライトやストロンチウムフェライトなど)は菱型棒状の六方晶系の結晶構造となっています。その結晶単位である単位胞は細長い棒磁石のような形をもち、長軸方向に強く磁化されるので(一軸異方性)、すぐれた保磁力を示すのです。

コバルトは風変わりな元素

 カセットテープやビデオテープなどの磁気テープには、ガンマ酸化鉄(γFe2O3)の磁性粉が塗布されていて、これが磁気ヘッドの漏れ磁界によって磁化されることで磁気記録します。磁性粉とはいっても、実際はガンマ酸化鉄の細長い針状微粒子で、いわば小さな棒磁石のようにものです。ずんぐりとした磁性粉では反磁界による減磁力の影響が大きくなってしまうからです。反磁界の影響はとりわけ高域高周波において無視できないものとなります。そこで保磁力を高める工夫として開発されたのが、ガンマ酸化鉄の針状微粒子にコバルトイオンを被着させた磁性体です。これはアビリン磁性体と呼ばれ、磁気テープの高性能化に大きく寄与しました。

 コバルトというのは不思議な元素で、微量添加するだけで磁性材料の特性はがらりと変わってしまいます。そこでフェライトなどの磁性材料においても、隠し味的に添加されたりします。本多光太郎の有名なKS磁石鋼は、炭素鋼を主体にコバルトその他の金属を添加することで開発されました。金属磁石で最も強力なアルニコ磁石、初の希土類磁石として開発されたサマリウム・コバルト磁石にもコバルトが使われます。

 鉄族元素の中でも一風変わったコバルトの性質は、その結晶格子の構造とも関係しています。常温において鉄、ニッケルの結晶は立方格子を組むのに対して、コバルトは六方格子を組み、軸方向にのみ磁化容易方向(結晶磁気異方性)をもつからです。

 コバルトはニッケルの20分の1ほどの埋蔵量の希少金属ですが、近年は海底に高濃度のコバルトが集積したコバルトリッチクラストも発見されています。磁性材料や合金材料などにおいて、これからもきっとユニークな活躍をみせてくれることでしょう。



図3 鉄・ニッケル・コバルトの結晶格子

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