じしゃく忍法帳
第100回「自動車エンジンと磁気」の巻
エンジンエレクトリックに磁気は不可欠
自動車はエンジン始動までが一仕事
自動車エンジンの駆動に関連する電気装置のことをエンジン電装(エンジンエレクトリック)といいます。エンジン電装は始動系統(スタータなど)・点火系統(イグニションコイル、点火プラグなど)・充電系統(オルタネータなど)の3系統からなり、これらのいずれにも磁気の力がたくみに利用されています。
初期の自動車ではエンジンを始動させるまでが一仕事でした。サイレント(無声)映画などで、自動車のフロントに鍵型のハンドルを差し入れ、手回しでエンジンをかけているシーンがよく登場します。戦争映画に登場するプロペラ機でも、手で勢いよくプロペラを回してエンジンをかけています。エンジンの始動には外部からの何らかのエネルギーが必要なのです。
現在の自動車がエンジンキーを回すだけでエンジンがかかるのは、バッテリから電力供給されるスタータモータによってクランクシャフトを回転させているからです。クランクシャフトが回転すると、それとつながったシリンダのピストンも往復運動を始め、点火系統も稼動してエンジンがかかった状態となります。
エンジンキーを回したとき、最初に聞こえるシュルシュル…という音は、スタータモータの回転音です。うっかりライトを消し忘れてバッテリが上がったときなどは、このシュルシュル音もしなくなります。こうしたときは別の自動車のバッテリとケーブルで結んでエンジンをかけたり、人力で自動車を押しながらエンジンをかけたりします。いわゆる“押しがけ”です。
マグネットスイッチはリニア電磁ソレノイドの1種
スタータを駆動させるスイッチ部は、マグネットスイッチと呼ばれます。固定子となるコイルの中にプランジャ(可動鉄心)を置いたリニア電磁ソレノイド(LES)の1種です。コイルに電流を流すと発生する磁気によってプランジャが直進運動して回路の接点が閉じられ、スタータのモータが回転を始めます。
単にモータを回転させるスイッチだけならば、もっと簡単なスイッチで事足ります。しかし、マグネットスイッチには別の重要な役割があります。直進運動するプランジャはモータのスイッチを入れると同時に、シフトレバーを引いてピニオンギア(小歯車)を移動させ、これをクランクシャフトのフライホイール(はずみ車)外周のリングギアに噛みあわせます。つまりマグネットスイッチは、スタータモータの電気スイッチ部と、クランクシャフトのフライホイールに回転を伝えるための機械部をあわせ持っているのです。
スタータのモータが回転して、シリンダのピストンを往復運動させるだけでは、まだエンジンはかかりません。エンジン燃焼室の点火プラグにタイミングよく火花を飛ばし、ガソリンと空気の混合気を爆発させることによって、はじめてエンジンがかかります。
エンジンキーがイグニションキーとも呼ばれるのは、点火プラグに高圧電流を送るスイッチも兼ねているからです。しかし、自動車バッテリの電圧は12Vの直流であり、そのままでは高圧火花を発生させることができません。そこでイグニションコイルという昇圧装置が使われます。
図1 スタータのマグネットキーのしくみ
直流のバッテリの電圧を変換させるには?
イグニションコイルは鉄心に1次コイルと2次コイルの巻かれた変圧器(トランス)と似たような構造をしています。コイルを貫通する磁束の量が変化するとき、コイルに起電力が発生するという電磁誘導(相互インダクタンス)を利用したのが変圧器の原理です。変圧器は交流の電圧を変換する装置であり、自動車のバッテリから供給されるのは通常12Vの直流電流です。変圧器の1次コイルに直流を流しても電圧変換はできません。しかし、直流電流でも断続的にON/OFFすると、磁束変化が起きて変圧器と同様の電圧変換が実現します。
直流電流を断続的にON/OFFさせる機構は、現在ではトランジスタなどによって電子化されていますが、以前はクランクシャフトの回転力を利用したコンタクトポイントと呼ばれる機械式が主流でした。回転力によって駆動するカムによって、ポイントを開閉させるしくみです。ポイントの開閉によってイグニションコイルの1次コイルに断続的な直流電流が流れ、相互インダクタンスによって2次コイルに高電圧が誘導されるのです。
イグニションコイルは巻数が比較的少ない1次コイルと、巻数がきわめて多い2次コイルによって構成されています。この巻数比が大きいほど、誘導される起電力も高くなるからです。こうしてバッテリの12Vの電流は、イグニションコイルによって約1000倍の1万Vにまで高められます。
電鈴のしくみと変圧器の原理を組み合わせた誘導コイル
イグニションコイルはもともと物理実験などに用いられた誘導コイル(インダクションコイル)を自動車のガソリン点火に応用したものです。
誘導コイルは1次コイルに対する2次コイルの巻数比を高めた、図2のようなしくみの装置です。スイッチを閉じると1次コイルにバッテリの直流電流が流れます。すると鉄心が磁化されて鉄片を吸引します。しかし、鉄片が吸引されると接点が開くので、回路の電流が遮断されて、このとき2次コイルに高電圧が誘導されます。それと同時に鉄片が元に戻って接点は閉じ、再び回路に電流が流れて鉄片が吸引されます。この動作を繰り返すことによって2次側には断続的に高電圧が誘導されるのです。
この連続動作のしくみは電磁石を用いた電鈴(呼び鈴)と同じです。電鈴においては電磁石によって吸引されたバーが鐘を叩くと、接点が開いてバーが元に戻り、戻ったとたんに接点が閉じて電磁石が作用、バーを吸引するという動作を繰り返します。誘導コイルはこの電鈴のしくみと変圧器の原理をたくみに組み合わせたものなのです。
誘導コイルの高電圧は、19世紀後半〜20世紀初頭にかけて、真空放電の実験(クルックス管)や電信・電話機器などに活躍しました。マルコーニが発明した無線通信も、誘導コイルの2次側の高圧火花放電に伴って発生する電波を利用したものです。
初期の自動車においてはバッテリの電力を使わない電気式点火方式も採用されていました。フライホイールの回転と磁石を利用して発電し、その電気エネルギーによって点火する方式です。その発電機はマグネトー(高圧磁石発電機)あるいはフラマグなどと呼ばれ、現在でも一部のバイクなどにも使われています。エンジン電装はさまざまな発展を遂げ、近年はコンピュータの利用も進んでいますが、磁気なくして自動車もバイクも動きません。
図2 誘導コイル(インダクションコイル)の原理
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