じしゃく忍法帳

第99回「送電線の着雪対策」の巻

磁界が生む渦電流のたくみな利用

積もった雪は予想以上に重いもの

 “雪遁の術”という忍法があります。ライチョウや野生ウサギ(エチゴウサギ、エゾユキウサギなど)が冬季に白い冬羽・冬毛でカムフラージュするように、黒っぽい忍者服を白い忍者服に替えて雪景色に溶け込ませてしまうのです。裏地を白くしたリバーシブルの忍者服もあったそうです。

 雪山で遭難しそうになったとき、雪洞を掘って避難するのは、忍法にも通じるサバイバル術です。雪洞を掘るにもコツがあります。まず雪崩に遭いそうな斜面は絶対に避けなければなりません。そこだけ樹木が生えていなかったり、生えていても幹が谷側に曲がっていたりしているのは、雪崩の頻発場所であることの証拠です。また、さらさらした新雪は、掘ってもすぐに崩れてしまうので足で踏み固め、ブロック壁のように積み上げます。

 日本海側の豪雪地帯では、日々の暮らしの中でもさまざまな雪害対策が求められます。パウダースノーのような乾いた雪の比重は0.01程度ですが、湿った雪では0.3〜0.5にも及びます。しかも、降り積もると圧力によって体積が縮まるので、比重はさらに増します。屋根の上に1m以上も積もれば、屋上プールと同じようなもの。木造家屋では重みに耐えきれず、傾いたり倒壊したりすることさえあるので、屋根の雪下ろしはかかせません。

 冬を迎える前に、大事な庭木や果樹の枝を、縄や針金で吊っておく“雪吊り”も、豪雪地帯ならではの冬構え。雪の重みによって、太い枝が折れてしまうことも珍しくないからです。

 

 

微風でも起きる送電線の短絡事故

 湿った雪は電線にも着雪しやすく、電線上にうず高く積もったり、電線をすっぽり包んだりします。こうなると雪だるま式に太っていき、重みによる断線事故を起こしかねません。とりわけ送電線は鉄塔間のスパンが長いので、着雪による影響は大きくなります。

 着雪による送電線事故で最も多いのはギャロッピングやスリートジャンプによるもの。ギャロッピングとは着雪の重みにより、微風でも電線が振り子のように大振れする現象。スリートジャンプとは着雪が落下するときの反動で、電線が大きくはねあがる現象です。いずれも隣接する電線に接触すると短絡事故を起こしてしまいます。

 そこで、送電線にはさまざまな着雪防止対策がほどこされています。たとえばギャロッピングやスリートジャンプによる電線の接触を防ぐために、平行に並んだ電線間にスペーサと呼ばれる絶縁物のつっかい棒が設置されます。また、たれさがる電線の途中にリングのようなものも取り付けられています。これは着雪を成長させないための工夫です。送電線は複数の電線のより線となっていて、着雪はこのより線方向に沿ってらせん状に伸びていきます。しかし、途中にリングがあると、それが障害となって伸び続けることができず、着雪は自然落下するのです。

 このリングとは別に、錘(おもり)のようなものもぶら下がっています。送電線の上部の着雪は電線にひねりの力を加えるため、電線材料の疲労・劣化などをもたらします。錘をぶらさげるのは、着雪による電線のひねりを防ぐためのもので、ひねり防止ダンパと呼ばれています。
 

 



図1 送電線のさまざまな着雪防止対策

渦電流損の発熱を利用した融雪スパイラル

 着雪による送電線事故を未然に防ぐために最も有効なのは、電線に着雪させないことです。そこで、電線に流れる交流電流をたくみに利用して、熱によって雪を溶かしてしまう工夫も考え出されました。これは融雪スパイラルなどと呼ばれ、電線にらせん状に巻きつけて使用します。

 巻きつけるといってもヒータ線のようなものではなく、電線が発生する磁界を利用したものです。交流電流が発生する磁界は変動磁界であるため、融雪スパイラル材料に反作用磁束が誘起され、その結果、渦電流と呼ばれる電流が流れます。このとき、電流の2乗に比例した電力がジュール熱となって消費されます。これを渦電流損といいます。融雪スパイラルはこの渦電流損によって発生する熱で雪を溶かし、電線への着雪を防いでいるのです(正確には渦電流損のほかにヒステリシス損も発熱に関与する)。

 しかし、発熱は降雪のあるときだけでよく、冬季以外の発熱はエネルギーの無駄になってしまい、また送電線材料にも悪影響を及ぼします。この問題を解決するために、融雪スパイラルの線材として特殊な磁性材料が使われます。

 磁性材料はある温度において、磁性体としての性質を失うキュリー温度というものがあります。磁石を加熱すると鉄を吸い付けなくなってしまうのもこのためです。このキュリー温度は材料組成によって変えることができます。そこで気温が低い降雪時には発熱量が大きく、気温が高い夏季には発熱量を抑えるようにした低キュリー温度の鉄・ニッケル合金が、融雪スパイラルの線材として使われています。

 

電源トランスに成層鉄心が使われる理由

 渦電流損による発熱をより積極的に利用したのが高周波焼入れです。交流電流が導体に流れるとき、電流密度は表面に近いほど大きくなることが知られています。これを表皮効果といいます。表皮効果は交流の周波数が高いほど顕著になります。このためコイルの中に鉄製品を入れて、コイルに高周波電流を流すと、鉄製品に発生する渦電流は表面に集中します。また、鉄はよく電気を通すために、渦電流による発熱効果は融雪スパイラルよりも格段に大きくなり、鉄を赤熱させるほどになります。しかし、赤熱するのは表面だけなので、これを急冷すると表面は硬く、内部はしなやかという機械的強度にすぐれたものが製造できるのです。これが高周波焼入れの原理です。

 渦流(渦電流)探傷装置と呼ばれる非破壊検査装置も、渦電流の表皮効果を利用したもの。高周波電流を流したコイルを検査物に近づけると、検査物表面に渦電流が発生します。このとき検査物表面に傷があると渦電流の流れが変わり、コイルの起電力がわずかに変化します。これによって表面の小さな傷の有無などを非接触・高速で検査できるのです。

 トランス(変圧器)の鉄心では逆に渦電流の抑制が求められます。とくに大電力を扱う電源系のトランスでは、渦電流損による発熱ロスが大きくなります。成層鉄心はこの問題を解決するためのものです。

 渦電流は磁束と垂直方向すなわち鉄心の断面方向に発生するので、図のようにブロック状の鉄心を用いるよりも、薄い鉄板(ケイ素鋼など)を重ねたほうが渦電流損を小さくできます。これを成層鉄心といいます。鉄板どうしは絶縁されているので、大きな渦電流の通路が断たれ、結果として発熱を抑えることができるのです。
 

 



図2 トランスコアの渦電流損対策

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