じしゃく忍法帳
第98回「バルク超電導磁石とその応用」の巻
高温超電導を利用した新タイプの永久磁石
未来カーはフライホイールを搭載する?
息つく暇もないほど忙しいことを「きりきり舞い」などといいます。語源は定かではありませんが、おそらくせわしなく立ち回るようすが、「錐(きり)」の動きを連想させることからきた言葉でしょう。「舞錐(まいぎり)」という道具とも関係がありそうです。これは穴をあけた横木に錐を通し、横木の両端をひもで結んだ道具です。横木を上下させると、ひもが錐の柄に巻きついて、錐が勢いよく往復回転します。
舞錐の柄には独楽(こま)のような形のおもりが取り付けられています。これは慣性を利用して回転運動を持続させるための工夫。つまりフライホイール(はずみ車)の役割を果たしています。
フライホイールはおもちゃの自動車でもおなじみのもの。車輪を床にすりつけて勢いよく回転させると、回転が持続して遠くまで走り続けます。分解してみると鉄製の独楽のようなフライホイールが、歯車と連動して車輪を駆動していることがわかります。
道路を走行しているガソリン車でも、エンジンのピストン運動をスムーズにするため、クランクシャフトにはフライホイールが取り付けられています。また、近年はブレーキによって無駄に消費されてしまうエネルギーを、フライホイールの運動エネルギーとして蓄えて利用する「エネルギー回生システム」を搭載したハイブリッドカーも研究されています。バッテリに化学エネルギーとして蓄えるよりも、フライホイールに運動エネルギーとして蓄えるほうが、エネルギー変換効率においてすぐれるからです。
永久磁石のように振舞うバルク超電導磁石
超電導を利用してフライホイールを磁気浮上させれば、摩擦がなくなるのでエネルギーの貯蔵効率は格段に向上します。これを実現したのがSMES(超電導電力貯蔵システム)の1つである「超電導フライホイール電力貯蔵装置」です。
SMESとしてよく知られるのは、超電導コイルに夜間の余剰電力などを貯蔵しようというシステム。超電導状態にしたコイルは電気抵抗がゼロになるので熱損失がなく、電流は永久に流れ続けます。これは大型施設となりますが、もっと小型で商用可能なシステムとして開発されたのが、超電導フライホイール電力貯蔵装置です。貯蔵効率にすぐれるうえ瞬時に大電力を供給できるため、落雷などによる瞬間的な電力低下を補償する装置としての利用が進められています。
超電導フライホイール電力貯蔵装置は、超電導を利用した磁気軸受装置と構造的によく似たもの。超電導体と永久磁石との反発・吸引作用によって、フライホイールを浮上させるしくみです。磁気軸受装置と異なるのは、外部電力によってフライホイールを回転させるとともに、必要なときはその回転エネルギーを電気エネルギーに変換して出力する発電電動機の機能をもっていることです。
磁気浮上には超電導コイル(金属系超電導体)も使用されますが、近年はバルク超電導磁石(酸化物系の高温超電導体)の応用が進められています。超電導コイルというのは強力な磁界を発生する空心コイルですが、バルク超電導磁石はバルク(塊)タイプの新磁石です。超電導コイルのように通電の必要がなく、永久磁石のように振舞います。
図1 超電導フライホイール電力貯蔵装置の例(基本構造)
超電導体には2タイプある
金属系の超電導コイルは液体ヘリウムによる冷却が必要です。一方、酸化物系の高温超電導体は、安価で取り扱いが容易な液体窒素が使えるのが利点です。ただし、酸化物系の高温超電導体はセラミックスなので線材として加工するのが困難です。そこでバルク(塊)のまま利用するのがバルク超電導磁石です。
超電導体を冷却して電気抵抗が突然ゼロとなる温度のことを臨界温度といいます。臨界温度に達した超電導体に外部磁界を加えると、侵入する磁束を排除するように、超電導体には外部磁界と逆向きに磁化が誘起されて完全反磁性を示します。
さらに外部磁界を強めていくと、図2に示すように超電導体は2タイプの挙動を示します。1つは突然、磁束が超電導体の内部に侵入して、超電導状態が破られてしまうタイプ(このときの磁界の強さを臨界磁場という)。もう1つは、徐々に磁束が侵入していき、ついには超電導状態が破られるタイプです。簡単にいうと超電導体には、超電導状態が壊れやすいタイプ(第1種超電導体)と、壊れにくいタイプ(第2種超電導体)があるのです。超電導コイルなどに使われるニオブ3スズ(Nb3Sn)やニオブ・チタン(Nb-Ti)合金、高温超電導体として発見された超電導セラミックスも第2種超電導体です。
磁石の磁界に反発して超電導体が浮上するマイスナー効果(完全反磁性による現象)は、高温超電導セラミックスの発見により、液体窒素(−196℃=77K)の冷却で簡単に実験できるようになりました。マイスナー効果は第1種、第2種の超電導体に共通する現象です。ただ、その力は弱いものなので、理科実験としては面白いものの、あまり実用向きではありません。実用が可能なのは、第2種超電導体の下部臨界磁場と上部臨界磁場の間の領域です。
図2 2種の超電導体の特性
ネオジム磁石の10倍以上のハイパワー
一般的な永久磁石の磁性の源は、磁性原子(鉄やコバルト、ニッケル、希土類元素など)の磁気モーメントです。ミニ磁石である磁性原子の磁気モーメントの集まりが、マクロの磁性として現れます。小さく分断しても磁石としての性質を失わないのもこのためです。バルク超電導磁石の磁性はこれとは大きく異なります。ミニ磁石のような基本単位があるわけではなく、いわば超電導体の中に磁束が捕捉・固定された状態になって、擬似的な永久磁石となるのです。
ミクロの物質構造でいうと、バルク超電導磁石は超電導体の中に糸状の常電導体が分散した混合組織となっています。この混合組織がピンニング(ピン止め)効果と呼ばれる効果を生み出し、侵入した磁束を捕捉・固定することになります。ピンニングとは伸ばしたゴムをピンで止めると、その部分が引っかかって縮むことができなくなるような状態をたとえたもの。通常の硬磁性材料(永久磁石材料など)において、磁壁移動がスムーズに進行しないのは、不純物や格子欠陥などがピンニング効果をもたらすからです。
材料設計と組織の微細構造の調整によってピンニング効果をうまく引き出した超電導体は、特有の菱形の磁化曲線(ヒステリシスカーブ)を描きます。このため加えられる外部磁化をゼロにしても残留磁化が残り永久磁石のように振舞うのです。
バルク超電導磁石は磁界中で臨界温度以下に冷却したり、冷却してから磁界を加えたりして着磁されます。ただバルク超電導磁石はセラミックスなので引っ張り応力に弱く、低温冷却したり磁界を加えたりするとクラックが入って破壊されやすいという難点があります。そこでバルクに樹脂を含浸させたり、周囲をカーボン繊維や樹脂でコーティングしたりして機械強度を高めるなどの工夫が凝らされます。今のところ大型バルクの製造が困難で、直径数cm〜10数cmほどのものしかできませんが、複数のバルクを接合する技術も向上しています。
通常の永久磁石では1テスラ(1万ガウス)あたりが限界です。しかし、バルク超電導磁石で数テスラから10テスラ以上の強磁界が可能となり、磁気浮上リニアモーターカーやMRI(磁気共鳴映像装置)などへの応用にも期待がかけられています。
表1 超電導体の種類と応用
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