じしゃく忍法帳

第91回「洗濯機のモータと磁石」の巻

洗濯機に起きた静かな革命

久米の仙人の墜落伝説

 日本の忍法は中国の仙術(道術)の影響を受けています。深山などにこもって修行を積み、不老不死や神変自在の術を会得するのが仙術。羽化登仙(うかとうせん)という言葉があるように、奥義をきわめた仙人となると、空を飛ぶことさえできたといわれます。

 奈良県橿原(かしはら)市にある久米寺(くめでら)は、久米の仙人が開祖と伝えられる古い寺。『今昔物語集』には、久米寺の創建にまつわる面白い伝説が載っています。

 ある日、仙術によって空を飛んでいた久米の仙人が、吉野川の上空にさしかかりました。川では若い女が洗濯をしていましたが、このとき女の白いふくらはぎがチラッと見えました。あまりの色っぽさに、仙人はついクラクラとめまいを起こし、神通力を失って地上に墜落。その女を妻として人里で暮らし、のちに久米寺を建てたということです。久米の仙人が“色好み”のたとえとされるのは、この伝説によるものです。

 山国である日本は川にも恵まれています。昔話『桃太郎』において、おばあさんが川で洗濯するのが日課となっていたように、川の流れで汚れを洗い落とすのが日本式の洗濯法でした。その伝統もあってか、日本の電気洗濯機も渦巻き式から出発しました。

渦巻き水流で洗濯するのは日本式

 電気洗濯機の洗濯方式は、3種に大別されます。ヨーロッパに多いのは、横向きのドラムを回転させ、中の洗濯物を落下させて洗う方式(衣類乾燥機にも採用されている方式)。アメリカでは水槽を素早く左右に反転させ、中の洗濯物を動かして洗う攪拌式(洗濯槽の底に攪拌翼が立っているタイプ)。いずれも“叩き洗い”や“もみ洗い”の習慣を機械化したものです。

 一方、日本では洗濯槽に渦巻き水流をつくって、それで汚れを落とすという独自のもの。水槽の底にパルセータと呼ばれる回転翼を設け、これをプーリーとベルトを介してモータで回転させて渦流をつくっています。

 開発当初の洗濯機においては、渦の回転は一方向でしたが、それでは衣類がからんでしまうので、ほどなく自動的に回転方向を変える反転式というタイプが登場しました。その後、脱水機もついた二槽式、洗濯槽と脱水槽を1つにまとめ、スイッチを入れるだけで洗濯・すすぎ・脱水のすべてをこなす全自動式など、洗濯機の自動化と高機能化が進みました。

 近年はマイコンや各種センサを搭載し、洗濯物の量や汚れの度合、水温などを判断して、動作時間を自動的に制御する全自動洗濯機が主流となっています。しかし、なかなか改善できなかったのは騒音問題です。



図1 電気洗濯機の構造

洗濯機のギヤチェンジによる騒音問題

 洗濯機の騒音にはモータの電磁的なうなり音もありますが、それより耳障りなのは、モータとパルセータを結ぶベルトの摩擦音、全自動式に使われる減速機のギアの摩擦音などです。また洗濯機本体がガタガタと音を立てる振動も問題になります。

 従来の洗濯機にはACモータの一種である誘導モータが使われてきました。交流を流したコイルがつくる回転磁界で、ロータ側に誘導電流をつくり、それが発生する磁界と回転磁界との相互作用によって駆動するモータです。

 誘導モータは構造が簡単で故障も少ないという長所があります。しかし、洗濯槽の水を回転させるには、低速回転でかつ高いトルクが必要です。また、脱水時には高速回転が要求され、全自動式ではこれを1つのモータでこなさなければなりません。

 そこで、全自動式では減速機つきの誘導モータが使われます。これはギアによって回転数を変える方式です。洗濯時には回転数を落とすことにより高いトルクを得て、脱水時には高速回転に切り替えます。自動車のギアチェンジと同じ理屈です。

 高速回転は得意としても、高トルクで低速回転というのは、誘導モータの苦手とするところ。このためベルトやギアを使わざるを得ず、それに伴う騒音を低減することが難しかったのです。そこで、登場したのがDD(ダイレクトドライブ)方式の洗濯機。永久磁石を利用したブラシレスDCモータを洗濯槽に直結させ、ベルトやギアをなくしたものです。

永久磁石を利用した多極ブラシレスDCモータ

 DD(ダイレクトドライブ)方式の洗濯機用モータには、苛酷な性能が求められます。ベルトやギアをなくすと、洗濯の始動時には誘導モータの10倍以上の始動トルクが必要になり、また、脱水時には高速回転が必要になるからです。

 この難題を解決したのが磁石のパワー。多数の永久磁石を取り付けたロータを、コイルが発生する磁界によって回転させるモータです。インバータ回路によって電子的に発生磁界を制御するので、ギアなど使わずに回転数を自在に変化させることができます。

 図に示すのは洗濯機用ブラシレスDCモータの一例です。ケイ素鋼板に永久磁石(フェライト磁石)を埋め込んで、20極のロータとしたもの。磁石トルクとリラクタンストルクの双方を利用して、高トルクが得られるように工夫されています。

 永久磁石を利用した高トルクのブラシレスDCモータにより、洗濯方式も変化しました。これまではパルセータの渦流だけで洗濯していましたが、DD(ダイレクトドライブ)方式では、洗濯槽を左右に反転させられるので別の水流がつくれます。このためウールのセーターや毛布などを洗う時は、洗濯槽の反転水流だけで洗い、ガンコな汚れ物には渦流と反転水流の双方を使うということも可能になりました。

 また、DD(ダイレクトドライブ)方式は、ベルトやギアの摩擦音がなくなっただけでなく、モータを洗濯槽の直下に取り付けるため、重心の偏りがなく、ガタガタといった振動音を減らすことにも成功しました。

 ここ数年の洗濯機革命は永久磁石を利用した新型モータによるもの。積年の課題であった騒音問題を解決し、深夜や早朝にしか洗濯時間がとれない共働き家庭や独身者などにも喜ばれています。



図2 ブラシレスDD(ダイレクトドライブ)モータの原理

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