じしゃく忍法帳

第92回「給湯器と磁石」の巻

アメニティライフを支える電磁弁の裏技

西の五右衛門風呂、東の鉄砲風呂

 石川五右衛門は安土桃山時代の実在の大泥棒。もとは伊賀忍者で豊臣秀吉の暗殺を図ったともいわれますが、文禄3年(1594)に捕らえられ、京の三条河原で釜煎(かまいり)の刑に処せられました。ガス風呂が普及するまで、旧家などに残っていた五右衛門風呂は、これに由来するものです。

 五右衛門風呂とは、大きな鉄製の釜をかまどの上に据え、下から薪を燃やして湯を沸かす風呂。昔は人が入るほどの大釜を鋳造するのは難しく、また高価でもあったので、中華鍋のような鉄釜あるいは平たい鉄板の上に底のない桶を据え、漆喰(しっくい)で塗り固めていたようです。『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』において、弥次さん喜多さんが失敗をしでかすのは、この方式の五衛門風呂です。

 五右衛門風呂の底は熱せられた鉄が露出しています。そのため、足に火傷を負わないように、板に乗って身を沈めます。そうとは知らない弥次さんは、湯に浮いている板を蓋と勘違いし、板を取り除いて入ったため、熱くてかないません。機転を利かして弥次さんは下駄をはいて入りましたが、これが便所の下駄という笑い話です。

 五右衛門風呂は関西生まれの風呂。江戸では鉄砲風呂が主流だったので、弥次さん喜多さんは、五衛門風呂の入り方を知らなかったようです。鉄砲風呂とは銅製あるいは鉄製の筒(これを鉄砲という)を湯舟に入れ、その中で火を焚く方式です。これもまた肌に触れると火傷するので、筒との間に仕切り格子などが設けられました。

 
 

瞬間湯沸かし器から全自動給湯器への大進化

 一般家庭で内風呂に入れるようになったのは、低価格なガス風呂釜が登場した昭和30年代以降のことです。これは浴槽の内側または外側にガス釜を置き、ガスバーナーで釜を熱して湯を沸かすもの。ガスを燃料とするものの江戸時代の鉄砲風呂と、さほど変わりありません。

 現在は蛇口をひねるだけで、浴槽にお湯が張れ、また温水シャワーが使えます。また、浴室ばかりでなく、洗面所や台所などでも、いつでもお湯が出るセントラル給湯システムが普及しました。これを実現したのが全自動ガス給湯器。“朝シャン”なる流行語も生まれました。

 全自動ガス給湯器の母体となったのは、ガス瞬間湯沸かし器で培われた技術。ガス瞬間湯沸かし器は、効率のよい熱交換器を備えるため、その名の通り、水道水がすぐにお湯になって蛇口から出てきます。これは水道水が通るパイプに、たくさんのフィン(ひれ)がつけられ、できるかぎり無駄なく燃焼熱を吸収するように工夫されているからです。

 ガス瞬間湯沸かし器で感心するのは、口火をつけておくと、蛇口をひねるだけでガスバーナーが自動的に点火する仕組み。パイプを通る水道水の圧力を利用して、ガスバーナーのガス弁を開くようになっています。

 このガス瞬間湯沸かし器から全自動ガス給湯器への大進化をもたらしたのは、センサ技術とマイコン技術、そして各種の電磁弁。主に台所で使われたガス瞬間湯沸かし器と違って、全自動ガス給湯器はガスと水道という2つの流体を、離れたところから統合的にコントロールしなければならず、磁気の力を利用した電磁弁が大活躍しているのです。


図1 全自動ガス給湯器のシステム

電流と磁気の力で流路を開閉する電磁弁

 流体の流れをON/OFFするスイッチの役目をもつのが電磁弁。また、流れる流体の量を調節するスイッチ兼ボリュームの機能をもつものは電磁式比例弁などと呼ばれます。

 ガス自動給湯器に使用される各種の電磁弁のうち、最も簡単な二方弁の例を図に示します。電磁弁とは電磁プランジャの一種です。通常、可動鉄片であるプランジャはスプリングの力によって弁を閉じ、ガスの流れを遮っています。ソレノイドコイルに電流を流すと、発生磁界によってプランジャが牽引され、弁が開いてガスが流れます。

 全自動ガス給湯器はマイコンによって電子制御されるきわめて複雑なシステムです。ガスバーナーを点火し、熱交換器によって温水をつくるのは、ガス瞬間湯沸かし器と同じですが、各種センサと電磁弁との連携により、1℃きざみの細かな温度調節を可能にしています。

 ガスバーナーの前段で、ガスの量を調節するのが電磁式比例弁。コイルに流す電流の強さによって、弁の開き方を変えることができるので、設定温度に応じて燃焼の強さを変えることができるわけです。

 また、水量のコントロールを受け持つのは、熱交換器前段に置かれる水量サーボ。蛇口をひねって水が流れ出すと、磁石と水量センサ(磁石とMR素子を組み合わせたものなどが使われます)が作動して流量を検知します。この信号を受け取った電子制御部では、設定温度に応じて水量サーボを作動させて流量をコントロールします。


図2 電磁式比例弁の構造(二方弁の例)

ラムネの栓に似たガス漏れ防止のヒューズコック

 ガスと水道という2つの流体を制御し、要求される温度のお湯を各所に供給するという技術は、簡単なようでなかなか難しいものです。たとえていえば電子制御部はオーケストラの指揮者のようなもので、膨大な情報を瞬時に処理しながらシステム全体を統御しなければなりません。このため電子制御部には16ビットのマイコンが使われています。全自動ガス給湯器は、最新のエレクトロニクス技術と流体制御技術、熱交換技術などが合体したハイテク機器なのです。近年は浴槽に自動湯張りするだけでなく、さし湯・さし水・足し湯なども自動的にこなして、常に一定湯量と設定温度を保つフルオートシステムも登場しています。

 シャワーを使っていったん止め、再び使うとき、一瞬、熱すぎる湯が出てくることがあります。これは熱交換器の余熱によるもの。かと思うとガスバーナーによる加熱が間に合わなくて、冷たい水がしばらく出てきたりします。こうした欠点をなくすため、最近では余熱による熱水と水とを混合させ、常に適切な温度の湯を出す工夫もなされています。ここにも特殊な制御弁が利用されています。

 安全装置にもさまざまな弁が活躍しています。たとえば家庭用のガス栓には、急にガス管がはずれても、自動的にガスを止める安全弁がついています。図のように急激に流れるガスの圧力で、内部に格納された小球を吹き上げて、ガスの流路をふさいでしまうのです。これはヒューズ・コックと呼ばれています。ラムネのビー玉が、発生する炭酸ガスの圧力で内部から押されて栓となるのと似ています。簡単ながらなかなかのアイデアです。


図3 ヒューズコック(ガス漏れ防止の安全弁)の仕組み

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