じしゃく忍法帳

第90回「磁気マイクロマシン」の巻

超磁歪材料が実現するパワフルな磁気マイクロマシン

からくりのルーツは鉄砲と時計

 忍者が情報収集のために諸国を旅するときは、薬売りや旅芸人などに変装しました。刀などを持っていると怪しまれるので、杖の中に刀を仕込んだり、扇子や笄(こうがい。髪を掻きあげるための道具)に手裏剣を仕込んだりと、さまざまな隠し武器を考案したようです。俗に“仕込みもの”といわれる武器です。キセル(和製の喫煙用パイプ)の中に短銃を仕込んだものもあったそうです。このような精巧な武器となると、いかに忍者といえど手に負えず、おそらく専門の職人が製造にあたったことでしょう。

 江戸時代の機械装置はからくりと呼ばれました。メカニックのからくり技術のルーツは、南蛮渡来の鉄砲や機械時計です。これらを研究しながら職人たちは日本的な工夫をこらし、種子島(火縄銃)や和時計、からくり人形などを製作しました。

 からくり人形としてよく知られるのは、茶運(ちゃはこび・ちゃくみ)人形と呼ばれるもの。鯨のヒゲをゼンマイとするキャスターつきの自動人形です。祭に繰り出される屋台の上で、アクロバット的な曲芸をするからくり人形などもつくられました。

 日本の職人の手先の器用さは、世界にも定評のあるところ。からくり儀右衛門(田中久重)も、幕末に蒸気船や蒸気機関車の模型をつくっています。もし、江戸時代に今日のような強力磁石があったなら、職人たちは磁石を利用したユニークなからくり装置を発明していたにちがいありません。


 

磁力によって生体内を移動する医療用マイクロマシン

 固定観念からの脱却というのが忍法の奥義の一つです。たとえば、小さいものを大きく、大きいものを小さくしてみたらどうなるか? という簡単な思考からも斬新なアイデアが生まれます。

 そんな発想から生まれたのが現代のマイクロマシン。ミリ単位、ミクロン単位の部品によって構成され、何らかのエネルギーで駆動する微小機械のことです。たとえば産業用ロボットをどんどん小さくしていけば、小さな部品を製造したり組み立てたりするマイクロマシンとなり、これに走行機能をもたせれば、狭いパイプの中なども自由に移動できる検査・修理用のマイクロマシンとなります。

 つい最近までは夢物語であった医療用マイクロマシンも、試作品段階ですが、すでにいくつか登場しています。図に示すのはスパイラル型の磁気マイクロマシンの一例です(東北大学電気通信研究所荒井賢一教授らの研究グループが開発)。細長い微小磁石にネジをつけたもので、外部磁界によって微小磁石が回転し、あたかもドリルのように生体組織内を移動します。これを癌の放射線療法や温熱療法などと組み合わせれば、開腹・開頭といった外科手術なしに癌組織を直接アタックすることも可能となります。こうした磁気マイクロマシンの特長は、外部磁界によってワイヤレスで操作できること。牛肉などを用いた実験などで外部からの操作が有効であることも実証されていています。



図1 磁気マイクロマシンの一例

マイクロマシンは新たな駆動方式を必要とする

 マイクロマシンのキーテクノロジーとなるのは駆動方式です。歯車やシャフトのような部品を小さくすることは比較的容易でも、モータやエンジンなどをそのまま小さくするわけにはいかないからです。そこで、関心が集まっているのはさまざまな機能をもつ新素材。たとえば、変形を加えてもある一定温度になると元の形に戻る形状記憶合金とか、電界を加えると外形が変形する圧電材料などです。

 高性能なマイクロマシンの実現に向けて、近年、にわかに注目されるようになっているのは、超磁歪(ちょうじわい)材料を利用したアクチュエータです。

 磁歪(じわい。magnetostriction)とは、強磁性体が磁化するとき、外形がわずかに変形する現象のこと(磁気ひずみともいいます)。1847年、ジュールの法則でおなじみのフランスのジュールが、長いニッケル棒に巻いたコイルに電流を流したところ、ニッケル棒の長さがわずかに変化することから発見されました。

 強磁性体というのは、磁区と呼ばれる微小磁石の集合体で、磁区それぞれは自発磁化の方向にわずかに歪んでいます。ここに外部磁界を加わえると、磁区の磁化方向は、外部磁界の方向に揃えようとして回転するため、それにつれて外形が変形するのです。これが磁歪現象で、その寸法変化のことをジュール効果といいます。

驚異的な寸法変化をする超磁歪材料

 とはいえ磁歪による寸法変化の割合は100万分の1〜10万分の1程度というきわめてわずかなもの。つまり、100mの長さで1〜0.1mmほどにすぎません。このため、従来は超音波を発生するための磁歪振動子など、その応用範囲はかぎられていました。

 ところが、近年、金属間化合物の研究の急速な進展によって、従来の磁歪材料(強磁性金属・合金やフェライト)よりもはるかに大きな寸法変化を示す材料が次々と発見されました。その変異量は鉄・ニッケル・コバルトの数百〜2千倍近くにもおよび、超磁歪材料と呼ばれるようなりました。

 超磁歪材料の示す驚異的な寸法変化(収縮)を利用したものが超磁歪アクチュエータです。図のように超磁歪材料の周囲にコイルを置き、コイルに交流電流を加えると、超磁歪材料は伸縮して可動子がピストン運動をします。

 磁歪材料は外形を変形させると透磁率も変化します。これをビラリ効果といいます。超磁歪材料は当然ながらこのビラリ効果も大きく、高感度の圧力センサやトルクセンサとしても応用できます。

 超磁歪材料が従来の材料よりすぐれているのは寸法変化の大きさだけではありません。ナノ秒オーダーというきわめて高速の応答特性をもち、しかもシンプル構造ながら大きな応力を生むため、パワフルな磁気マイクロマシンも可能。医療用マイクロマシンとしての応用にも熱い期待が寄せられています。


図2 超磁歪アクチュエータと超磁歪圧力センサの構造

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