じしゃく忍法帳

第89回「エアコンと磁石」の巻

省エネエアコンの隠れ技

天然クーラーとなる山中の風穴

 忍法は日本古来の山伏(やまぶし)兵法に、大陸渡来の孫子の兵法などが融合して生まれたといわれます。山伏はもともと民間の仏僧で、霊験を得るため山中に起居して修行を積んだため修験者(しゅげんじゃ)とも呼ばれます。修験道の開祖と伝えられるのは、大和葛城(かつらぎ)山に住んでいた役行者(えんのぎょうじゃ)。朝廷により伊豆に流されてからも、夜になると富士山に登り、ついに空中を自由に飛行する術を会得したと伝えられています。

 富士山は古くから霊峰として崇められていましたが、一般庶民が登山するようになったのは中世以降のこと。金剛杖を手に「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」を唱えながらの信仰登山は江戸時代に大流行しました。富士登山は健康増進を兼ねた江戸庶民のレジャーでもあったのです。

 富士山の山腹には風穴(ふうけつ)と呼ばれる場所が多数あります。火山噴火にともなって上昇してきた溶岩が、地下に引っ込んでしまってできたトンネル状の空洞です。風穴内部は真夏でも10℃以下もの冷気が保たれていて、天然のクーラーとして観光スポットにもなっています。風穴の冷気は山腹の溶岩のすきまに残る雪や氷によるものといわれます。雪や氷がゆっくりと融けて冷たい伏流水を流すだけでなく、融けるときには周囲の岩や空気から熱を奪います。このため風穴は天然のクーラーとして機能するのです。
 

 

エアコンが冷房にも暖房にも利用できるのは?

 注射を打つ前に脱脂綿に含ませたアルコールで皮膚を消毒します。このときヒヤッと感じるのは、アルコールが冷たいからではではなく、アルコールが蒸発するとき皮膚から熱を奪うからです。これを気化熱といいます。

 エアコンや冷蔵庫では、常温では気体でありながら、圧力を加えると容易に液化する物質をパイプの中を循環させています。この物質を冷媒といい、フロンガスにかわる代替フロンや炭化水素などが使われます。

 エアコンの室内機や室外機の中には、熱交換器となるコイル(うねうねと曲がった細いパイプ)が収納されています。冷房時には室内機のコイルは、冷媒が液体から気体に変化する蒸発器となります。このとき室内から気化熱を奪うため、室内の気温は下がるのです。気体となった冷媒は室外機のコンプレッサ(圧縮機)に送られて圧縮されますが、高熱を発するため室外機のコイルに送り、ファンで空気を吹きつけて戸外に熱放出しています。熱放出して凝縮・液化した冷媒は、再び室内機のコイルに送られるというしくみです。

 エアコンが冷房ばかりでなく暖房にも利用できるのは、冷房時と暖房時では冷媒の流れが逆になり(四方弁による切り替え)、室内機と室外機の機能が入れ替わるからです。ちょっと理解しにくいことですが、エアコンは冬季の冷たい戸外の空気からも暖房用の熱を奪って室内を暖めています。これは蒸発温度(沸点)が-30℃前後の冷媒が利用されているからです。冷媒の立場で考えれば、冬季の冷たい外気でさえまだ暖かく、蒸発するには十分な温度ということになります。



図1 エアコンの原理と構造

希土類磁石の採用でエアコン効率が大幅アップ

 エアコンでは電力の大部分がコンプレッサ用モータの駆動に消費されます。以前は交流モータである誘導モータ(インダクションモータ)が使われましたが、誘導モータの回転数は交流電源の周波数に依存するため自由に変えられません。この短所を改善したのがインバータ方式のエアコン。交流電源の周波数をインバータで変換することで、スタート時は高い周波数で高速回転させ、設定温度に達したら低い周波数で低速回転させる方式をとっています。快適さと省エネを実現する一挙両得の方式です。このインバータ方式の採用により、従来の誘導モータはブラシレスDCモータに切り替えられました。

 ブラシレスDCモータとはマグネットロータ(永久磁石を取り付けた回転子)の周囲に駆動コイルを据え、電子的な整流回路によって駆動コイルに回転磁界を発生させる方式のモータです。回転磁界と永久磁石との吸引・反発作用により、マグネットロータが回転するため、通常のDCモータと違ってブラシが不要となります。

 1999年に改正省エネ法が施行されてからは、このブラシレスDCモータの高効率化を図るために、マグネットロータには強力な希土類磁石(ネオジム磁石など)が使われるようになっています。外観ではわかりませんが、省エネタイプなどと銘打っている最新のエアコンはこのタイプ。希土類磁石はフェライト磁石よりも高価なので、製品価格はやや高めになりますが、年間の電気代は安くなり十分に元がとれるというのがセールスポイントとなっています。
 



図2 ブラシレスDCモータの原理

マグネットロータはモータ設計者の腕の見せどころ

 希土類磁石がブラシレスDCモータのマグネットロータ用として適しているのは、強い磁力とともに、さまざまな形状に成型できること。セグメント(分割)磁石にすることで、磁極数も自由に設定できます。

 初期のブラシレスDCモータでは、セグメント磁石を円筒に貼り付けたタイプのロータが使われていました。これをSPMタイプ(表面磁石貼り付け型)といいます。しかし、ただ貼りつけただけでは、モータが高速回転すると遠心力によって磁石が飛散してしまいます。そこで、磁石の飛散防止用に非磁性体(ステンレスなど)のリングをかぶせる対策もとられましたが、現在ではロータ内部に磁石を埋め込むIPMタイプ(内部磁石埋め込み型)が主流になっています。

 IPMタイプのブラシレスDCモータでは、磁気を有効活用することにより、さらなる高効率化が図れます。IPMタイプはケイ素鋼板の内部にセグメント磁石を埋め込んだ構造となっているので、回転磁界は磁石と吸引・反発するだけでなく、ケイ素鋼板を通る磁束の差によってリラクタンストルクも発生します。このリラクタンストルクをたくみに利用することで、モータの効率は著しく改善されるのです。図3に示すのは4極型ブラシレスDCモータ(ステータは6スロット)のマグネットロータの1例ですが、磁石の形状や埋め込み方はさまざまであり、設計者の腕の見せどころとなっています。




図3 ブラシレスDCモータの高効率化

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