じしゃく忍法帳

第88回「冶金技術と磁気」の巻

渦電流がつくる見えない磁石のはたらき

450年ぶりに復活した忍者祭り

 忍者の里として知られる伊賀(三重県上野市一帯)の敢国(あえくに)神社には、“黒党(くろんど)祭”と呼ばれる奇祭が伝えられています。もともとは伊賀流忍法を開いた服部一族の私的な祭事で、黒党とは黒装束で正装した忍者集団のこと。服部一族が勢力を誇った平安末期から戦国時代にかけては、忍者ばかりでなく多数の芸能・職能集団も集い、そうとうな賑わいをみせたといわれます。

 服部一族は技術系渡来人である秦(はた)氏の流れを汲む家系で、少彦名命(すくなびこなのみこと)・金山媛命(かなやまひめのみこと)を祖神としています。金山媛命はその名が示す通り、金山(鉱山)や冶金技術と深く関係しています。昔は鉄や銅などの鋳造品をつくる技術者のことを鋳物師(いもじ)といい、黒党祭には金山媛命を祭神とする鋳物師も参加しました。鋳物師は諸国を渡り歩く自由や通行税免除などの特権が認められていたため、伊賀忍者と隠然たる関係があったと思われます。おそらく鋳物師に変装した伊賀忍者も各地で暗躍したことでしょう。

 黒党祭の祭事は戦国時代末期を最後に長らく中断してしましたが、平成8年に約450年ぶりに復活。古式ゆかしい忍者の祭りとして人気を集めはじめています。

 日本に製鉄技術が伝来したのは古墳時代といわれます。鉄鉱石を溶かして液状の鋳鉄(溶銑)を得るには高炉を必要とします。中国では紀元前の漢代から高炉による鋳鉄製品がつくられましたが、良質の砂鉄を産する日本では独特のタタラ製鉄が発達しました。炉の中に木炭と砂鉄を交互に積み上げ、フイゴで空気を送りながら加熱すると、砂鉄は還元されて鉄が得られます。これがタタラ製鉄です。
 

図1 高炉の構造

電気炉は特殊鋼・特殊合金の生みの親

 ヨーロッパで高炉が築かれたのは、14〜15世紀になってからのことです。それ以前は細かく砕いた鉄鉱石を木炭で加熱して半溶融状態にし、これをハンマーで鍛え上げて鍛鉄(鍛造可能な軟らかい鉄)や鋼(刃物になる硬い鉄)を得ていたのです。

 鍛鉄や鋼は高温に熱してもなかなか溶融しませんが、鋳鉄の融点はそれより低く、約1200℃ほどの温度で液状になります。これは炭素その他の不純物が多いために、融点が下がって溶けやすくなるからです。しかし、鋳鉄には硬いがもろいという欠点があります。そこで溶融状態の銑鉄から鋼を得る方法が模索され、19世紀後半に転炉法や平炉法という製鋼法が発明されました。冶金に電気が利用されるようになったのも19世紀末のこと。短時間で高温に達し、温度コントロールも容易という長所をもつため、電気炉はさまざまな特殊鋼や特殊合金の発明にも寄与しました。

 電気炉は大きく3方式に分けられます。加熱すべき物体そのものに電流を流したり、抵抗発熱体からの熱で間接的に加熱する抵抗加熱方式。アーク溶接と同じ原理により、アーク火花とともに発生する高熱を利用するアーク加熱方式。特殊鋼や非鉄金属の溶融、鋼製品の高周波焼入れなどに広く利用されている誘導加熱方式は、交流電流を流したコイルが発生する磁気を利用する方式です。



図2 るつぼ型誘導炉の構造

渦電流のジュール熱による電磁調理器

 誘導加熱方式の電気炉では、導電体に渦電流が流れたときに発生するジュール熱によって加熱します。アルミニウムや銅などの非磁性金属は磁石には吸いつきませんが、磁石によって非接触で動かすことが可能です。たとえば“アラゴの円板”で知られるように、回転する磁石の上にアルミニウムや銅の板を吊るすと、磁石の動きにつられて円板も動きはじめます。これは電磁誘導現象の1種で、次のように説明されます。

 アルミニウムや銅などの非磁性金属に磁石を近づけると、磁束は金属内部を貫通します。このとき、磁石がある方向に動くと、磁石の進行方向の磁束が多くなり、磁石から遠ざかる方向の磁束は少なくなります。磁束が変化するところに起電力が生まれるというのが電磁誘導の法則です。また、レンツの法則よって、発生する電流は磁束変化を打ち消すように流れます。つまり、導電体に発生した渦電流は、磁石の運動に抗するような磁界をつくるのです。渦電流によって目に見えない磁石が生まれると考えればわかりやすいでしょう。運動する磁石と渦電流がつくる見えない磁石との間には、吸引・反発作用がはたらきます。このため磁石につられて非鉄金属も運動するようになるのです。

 耐火性の容器の周囲にコイルを巻いた誘導加熱方式の電気炉は、るつぼ型誘導炉(図2)と呼ばれます。容器内部に金属塊などの導電体を入れ、コイルに交流電流を流すと、物体内部に渦電流が発生し、ジュール熱によって加熱されるというしくみです。



図3 渦電流の発生とその作用

 

表皮効果を利用した高周波焼入れ

 るつぼ型誘導炉の容器を金属にすると、容器そのものが発熱します。これと同じ原理で開発されたのが、IH(induction heating=誘導加熱)方式の電磁調理器です。火を使うわけではないので火災の心配も少なく、排ガスも出さず、安全で便利な調理器としてマンションなどに利用されています。

 電磁調理器は渦巻き状の加熱コイル、高周波電流を発生させるインバータ、冷却ファンなどから構成されます。電磁調理器には約20〜50kHz程度の高周波電流が使われます。通常、家庭用の電磁調理器で使用できるのは鉄鍋やステンレス鍋にかぎられています。しかし、最近ではアルミニウム鍋や銅鍋、多層鍋なども使用できる新タイプの電磁調理器も登場しています。従来のスイッチング周波数のままで、その3倍の高周波電流をつくるインバータ技術や、きわめて細い銅線の“より線”を加熱コイルに採用するなどの技術によって実現したものです。

 電磁調理器の加熱コイルに、より線が使われているのは、電力ロスを低減するための工夫です。導体に流れる電流は直流の場合は導体内部に一様に流れますが、交流の場合は導体表面に多く流れるようになります。これを“表皮効果”といい、電流が流れる通路が狭められるのと同じ効果をもつため、高周波電流を流すと抵抗が著しく増えてしまいます。より線を使うのは電力ロスを低減するための解決策なのです。

 この表皮効果をたくみに利用したのが高周波焼入れです。鋼製品に高周波電流で誘導加熱して急冷すると、内部はそのままで表面だけを焼入れ硬化させることができます。しかも、焼入れ深さは周波数や加熱時間によって制御できるため、耐久性・磨耗性が求められるレールやパイプ、歯車などの機械部品の製造に欠かせない技術となっています。



図4 電磁調理器と高周波焼入れ

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