じしゃく忍法帳

第87回「磁気と照明ランプ」の巻

コイルが巻かれた放電ランプ

昆虫界の“くのいち”忍法

「蛍火の術」という忍法があります。暗闇のあちこちでホタル(蛍)が光を点滅しはじめると、つい目が奪われてしまいます。それにならって、ニセ情報などをたくさんばらまき、敵が混乱している間に任務を遂行する術です。

 日本語のホタルは“火垂る”や“火照る”が語源といわれます。漢字の蛍も旧字では火と虫を組み合わせた“螢”、英語でも“火の羽虫”を意味するファイヤーフライ(firefly)といいます。ある種のホタルのメスには翅(はね)がなく、地虫のように地中生活しているので、グローワーム(glowworm)と呼ばれています。直訳すれば“発光地虫”です。

 ホタルが光を点滅させるのは求愛などを目的とするもので、種類によって点滅パターンが決まっています。グローワーム(メス)の中には、他種のメスの点滅パターンをまねてオスをおびきよせ、近づいてきたところを捕食する習性をもつものもいます。まさに本家本元の「蛍火の術」、“くのいち(女忍者)”顔負けのメスボタルです。

 

冷陰極管はコールドスタートの蛍光灯

 ホタルの光に代表される生物発光は、熱を伴わないため冷光とも呼ばれます。しかし、蛍の漢字が使われている蛍光灯は白熱電球ほどではないにしても、うっかり触れるとヤケドしてしまいそうなほど熱くなります。蛍光灯にもフィラメントが使われているからです。

 蛍光灯のフィラメントは熱電子を発生させるのが目的です。蛍光管の中には水銀蒸気が封入されていて、これに熱電子が衝突すると、水銀原子はエネルギーを獲得して励起されます。水銀原子は励起状態からすぐに基底状態に戻りますが、そのときエネルギーを紫外線として放出します。放出された紫外線はガラス管の内壁に塗られた蛍光物質を励起し、それが基底状態に戻るとき可視光を発するのです。

 グローランプを使った従来タイプの蛍光灯では、点灯までに数秒ほど時間がかかります。この欠点をなくしたのがラピッドスタート型の蛍光灯。グローランプのかわりに特殊な変圧器が使われ、フィラメントの加熱と同時に高電圧を加えて点灯させる方式です。

 蛍光灯特有のフリッカ(ちらつき) は、50/60ヘルツの交流電源を使っていることによるものです。そこで、このフリッカをなくすとともに照度を増大させたのがインバータ方式の蛍光灯。インバータによって50/60Hzの交流電源から数10kHzの高周波電圧をつくり、これをフィラメントに加えて点灯しています。

 液晶ディスプレイのバックライトなどに使われる冷陰極管では、インバータによって発生させたキック電圧(瞬間的な高電圧)をバルブ端の電極に加え、電極の予熱なしにコールドスタートで点灯します。最もホタルの光に近い蛍光灯です。


図1 蛍光灯のしくみと点灯・発光の原理

放電ランプの異端児

 ネオンサインなどに使われるネオン管、夜間照明の水銀灯、高速道路の高圧ナトリウムランプ、自動車のHIDランプ(メタルハライドランプ)なども、蛍光灯と同様の発光原理にもとづく放電ランプです。近年は無電極放電ランプというものに注目が集まっています。フィラメントはもちろん電極もなしに点灯するという放電ランプファミリーの異端児です。

 放電ランプは2段階の物理現象を経て発光します。前段は封入された気体原子の励起・紫外線の放出で、後段は発生した紫外線による蛍光物質の励起・可視光の放出です。

 無電極放電ランプも後段は他の放電ランプと同じですが、前段はまったく別の原理にもとづくもの。フィラメントや電極がないかわりに、高周波電流を流すコイルがバルブに巻かれます。コイルに電流を流すと電磁誘導によって磁界が発生し、磁界は2次電流を発生します。無電極放電ランプはこの2次電流によってバルブ内に封入された金属原子を励起して紫外線を生み出す方式なのです。

 無電極放電ランプはフィラメントも電極もないために、およそ蛍光灯の10倍、高圧ナトリウムランプの6倍、水銀灯の5倍の長寿命(約6万時間)をもつのが特長。高速道路やトンネル、吊り橋、工場の照明、また街路灯などのランプ交換にともなう手間・コストを大幅に低減できるため、省エネ・省資源時代にぴったりの放電ランプとして注目されているのです。家庭でも切れた白熱電球やちらつきはじめた蛍光管の交換は意外と大変なもの。そのうち家庭用タイプも開発されるかもしれません。



図2 無電極放電ランプの構造と発光原理

アーク火花を瞬時になくす“吹き消し磁石”

 放電というのはなかなか複雑な物理現象です。雷のような瞬間的な放電もあれば、持続的な放電もあります。持続的な放電にはグロー放電とアーク放電があります。ガラス管内部に電極を設け、管内の空気を抜いて数100V程度の電圧を加えるとグロー放電が起こります。グロー放電の安定状態が崩れ、電極から熱電子がさかんに放出されるようになるとアーク放電となります。アーク放電にともなう発光を照明として利用したのがアーク灯です。きわめて明るい光が得られるため、19世紀には灯台の光や街路灯などに用いられました。蛍光灯などの放電ランプにおいて、紫外線を発生させる前段の原理はアーク放電の応用です。しかし、そのままでは電流は際限なく増加してしまうので、安定器(チョークコイル)が直列に挿入されるのです。

 アーク放電にともなう火花は電車のパンタグラフなどでよく見かけますが、接点の開閉で電流がON/OFFするリレーや、機器どうしをつなぐコネクタの接合部などにもアーク放電が発生します。約1秒間ほど持続放電して消えてしまうので、通常はあまり問題にされませんが、火花をともなうために近くに引火性の気体があったりすると火災の原因になりかねません。そこでアーク火花を瞬時に消す目的で磁石も利用されています。

 アーク放電は熱電子の流れすなわち電流であり、そこに磁石の磁界を加えるとローレンツ力がはたらきます(フレミングの左手の法則)。このローレンツ力でアーク火花を引き伸ばして消してしまうのです。これは“吹き消し磁石”などと呼ばれます。ガソリン漏れによる引火を防ぐために自動車用コネクタなどへの応用も進められています。



図3 アーク火花の“吹き消し磁石”の原理

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