じしゃく忍法帳

第78回「地震と磁石」の巻

天然磁石は地震を予知する?

幕末の日本列島は地震ナマズが大暴れ

 地震は古語では“なゐ(ない)”といい、地震によって大地が揺れることを“なゐふる(ないふる)”といいました。「恐れのなかに恐るべかりけるは、ただなゐなりけり」と、鴨長明が『方丈記』で述べているように、突如として襲ってくる地震は、昔から天災の筆頭に挙げられてきました。

 鹿島神宮(茨城県)の境内に、“要石(かなめいし)”と呼ばれる不思議な石が祭られています。皿ほどの大きさの石が、地面から顔をのぞかせているだけですが、その本体は地中深くに伸びていて、いつのころからか地下のナマズを押さえているという伝承が生まれました。この石の押さえがときどき緩むと、ナマズが暴れて大地震を起こすというのです。

 1855年11月11日(安政2年10月2日)の夜、M(マグニチュード)6.9の直下型地震が江戸市中を襲いました。有名な安政江戸地震です。千住・亀戸あたりを中心に壊滅的な被害が出て、死者は1万人近くにも達したといわれます。この地震直後、“ナマズ絵”と呼ばれる錦絵(多色刷り木版画)が多数出回りました。黒船率いるペリーが再来航して、幕府と神奈川条約(日米和親条約)を調印したのは、前年(安政元年)の春。その年の暮れにはM8級の安政東海地震・安政南海地震が立て続けに発生して、日本列島も政情も大揺れに揺れていた時代です。“ナマズ絵”は地震を起こすというナマズにかこつけ、世相を風刺したものですが、暴動や世直しの気分が高まることを恐れた幕府は、発禁にしてしまったということです。

 

天然磁石をセンサとする江戸時代の地震予知器

 ところで、この時代のようすを記した『安政見聞誌』に、地震と磁石に関する興味深いエピソードが載っています。長さ三尺あまり(約1m)の天然磁石を入手した浅草の眼鏡屋が、珍しいものだからと、クギなどを吸いつけて店の看板がわりにしていたところ、ある夜、吸いついていたクギがみな落ちてしまいました。原因もわからず首をひねっていたところ、その数時間後に安政江戸地震が襲来、しかも地震後は元通りに磁力が戻ったというのです。

 『安政見聞誌』には、和時計の目覚まし機構と天然磁石を利用した地震計の図も載っています。浅草の眼鏡屋の一件のように、大地震の前には磁石の磁力が低下すると考えたのか、「ある人が地震時斗(時計)というものを造ろうとして図に描いたので、それをここに写して妙工を待つ」と記されています。この地震計は天然磁石に吸いついていた鉄針が離れて留め金がはずれると、重力によっておもりがずり落ち、鐘を鳴らすというしくみです。いわば天然磁石をセンサとした地震予知器です。

 「妙工を待つ」とあるように、従来、この地震予知器は、アイデアだけで実際には製作されなかったと考えられていました。ところが、2001年(平成13年)、古式銃や和時計の研究家である東大阪市の澤田平氏が、大阪府寝屋川市の骨董屋から、和時計に似た奇妙な装置を入手、調べてみたところ江戸時代の地震予知器であることが確かめられました。欠損していた部分もありましたが、澤田氏はこれを修理・復元。幕末にはこうした地震予知器が和時計師によって製作されていたことが、ほぼ間違いないことが判明しました(澤田氏は『安政見聞誌』に載る地震予知器も復元しています)。

 似たような地震予知器として、幕末の志士・佐久間象山が製作した“人造磁ケツ(じけつ)”があります。磁ケツとは馬蹄形磁石のことで(“ケツ”とは欠けた輪の意)、これに糸でおもりをゆわえた鉄片を吸い付けておくと、地震の際に鉄片がはずれておもりが落下すると考えたようです。人造磁ケツは佐久間象山の出身地である松代(長野市)の象山記念館に保存されています。

お雇い外国人技師がさまざまな地震計を考案

 佐久間象山の人造磁ケツがはたして地震予知器として機能したかは疑問です。地震動によっておもりが落下することはあっても、地震直前に磁力が急に変化することは考えられません。鉄製の人造磁石では磁力が強く、かつ安定しているからです。

 一方、天然磁石は鉄をかろうじて吸いつけるほどの弱い磁力しかなく、しかも不安定なところがあります。地震発生前には地殻変動による異常な地電流が流れることは観測されているので、それによって発生した磁界が、天然磁石の磁力を変化させることは、科学的にも十分に考えられるといわれます。

 今日では天然磁石よりも高感度な磁気センサが各種ありますが、なかなか地震の前兆はとらえられません。しかし、地震の前には動物が異常行動を起こすことはしばしば報告されていて、ナマズを飼育して地震予知に役立てようという研究も続けられています。

 発明・発見は観察から始まります。江戸時代の和時計師が製作したとみられる地震予知器は、単に科学史的にも価値があるばかりでなく、地震予知研究の先駆としても高く評価されるべきものです。

 地震動を記録する近代的な地震計が製作されたのは、文明開化が本格化する明治10年代以降のこと。いわゆる“お雇い外国人”として来日したイギリスのユーイング(磁気ヒステリシス現象の研究でも知られます)やミルンらが考案した振り子式の地震計に始まります。

 地震時には大地も装置もともに振動するので、地震計を実現するには、これらと相対的に静止している不動点をつくる工夫が必要です。おもりを吊るした糸をゆっくりと水平に動かすと、おもりは振り子のような運動を始めます。しかし、動かす周期を速くすると、糸だけが動いて、おもりは静止状態を保ちます。初の水平動地震計は、この原理を利用したものです。

 



図1 江戸時代の地震予知器

 

磁石とコイルを利用した高精度の電磁式地震計

 おもりを糸でぶらさげる振り子式地震計で、長周期の地震動を記録しようとすると、糸は長くなってしまいます。そこで、さまざまな方式の地震計が考え出されました。たとえば鉛直棒に垂直な棒のおもりをつけ、水平面で揺らす振り子にすると、長周期の振動の記録も可能になります。また、上下動の記録用として、おもりをバネに吊るした装置も開発されました。しかし、人体に感じないほどの微弱地震の観測には、機械的な地震計では限界があり、磁石を利用した電磁式地震計が登場しました。初の電磁式地震計は1907年にロシアのガリチンが開発したガリチン式地震計です。コイルに磁石を出し入れすると電磁誘導の法則によって、コイルに電流が流れるので、この信号を増幅して地震動を紙に記録します。

 地震動には数10分以上の長周期のものもあります。このような長周期の地震動の観測では、動いた振り子を元の位置に正確に戻す機構が重要になります。現在のフィードバック型と呼ばれる地震計は、振れの検出回路とともに、振れに応じた力を振り子に加えて元の位置に戻すフィードバック回路を備えた装置です。ここにも磁石とコイルによって発生する力が応用されています(フレミングの左手の法則)。今日の地震計はコンピュータを利用したデジタル方式が主流となりましたが、磁石はやはり大きな役割を担っているのです。

図2 現在の地震計の構造と原理

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