じしゃく忍法帳

第80回「ガラスと磁石」の巻

超磁歪材料が実現するパワフルな磁気マイクロマシン

磁石に吸いつくガラスはあるか?

 透明な板ガラスの断面は緑色をしています。これはわずかに含まれる鉄のイオンが特有の波長を吸収することによるもの。コバルトを混ぜると青色、マンガンを混ぜると赤紫色の色ガラスとなります。最近、“磁性ガラス”という特殊ガラスが開発されました。高濃度の酸化テルビウム(テルビウムは強磁性元素の1つ)を含み、透光性をもちながら強磁性体のように磁石に吸いつくそうです。

 一般的なガラスに含まれる鉄は、ごく微量なので磁石には吸いつきません。しかし、科学史的にも磁石とガラスは浅からぬ因縁で結ばれています。“反磁性”という物質の磁性も、19世紀のファラデーにより、ガラスにおいて初めて発見されました。

 1845年、ファラデーは自作した強力な電磁石の磁極の間に、ガラス片を吊るすという実験を試みました。非磁性体であるガラスは無反応と思われましたが、電磁石のスイッチを入れたとたん、ガラスがわずかに動くことにファラデーは気づきました。しかも、鉄のような強磁性体とは違った動き方を示します。こうしてファラデーは“反磁性”という微弱な磁性が物質に存在することを発見したのです。

 反磁性は原子核の周囲を回る軌道電子や、金属中を自由に動き回る伝導電子に由来します。反磁性はあらゆる物質の基本的な磁性ですが、通常の磁性(強磁性や常磁性)よりもはるかに小さいために目立ちません。反磁性が銅、金、ビスマス、ガラス、有機化合物など非磁性体において確認されるのはこのためです。


 

宝石なみの高級品だった透明な板ガラス

「瑠璃(るり)も玻璃(はり)も照らせば光る」ということわざがあります。素質のすぐれたものは、ちょっと光をあてただけで輝くのですぐにわかるという意味です。瑠璃も玻璃も仏法における“七宝”に数え上げられていて、瑠璃とは青色の宝石あるいは青い色ガラス、玻璃とは水晶あるいは透明ガラスのことといわれます。昔はガラスは宝石なみの貴重品だったのです。

 製作年代がほほ確定できる最古のガラスは、約4000年前のメソポタミアの遺跡から出土しています。これは不透明ガラスですが、紀元前6世紀ごろには透明で多彩なガラス器をつくれるようになりました。また、吹棹(ふきざお)と呼ばれる金属管に溶けたガラスをつけ、棹を回しながら息を吹き込み、風船のようにふくらませる“吹きガラス”の手法は、紀元前1世紀ごろにシリア地方で発明されたといわれます。

 高度なガラス工芸品が紀元前からつくられていたにもかかわらず、実現困難だったのは無色透明なガラスです。原料に微量の不純物(各種金属)が混じっただけで、さまざまな色がついてしまうからです。また、今日のように大面積の板ガラスをつくることもできませんでした。教会のステンドグラスが小さな色ガラスの断片で構成されたのは、無色透明で大面積の板ガラスの製法が確立されなかったこととも関係します。
 

板ガラス製造における磁気の応用

 昔の板ガラスは溶けたガラスを型に流し込んだり(鋳造法)、金属棒につけて回転させ、遠心力で薄く延ばしたり(クラウン法)、細長く吹いたガラス容器の両端を切って円筒状にし、これを縦に切り裂いて平たく伸ばしたりして(手吹き円筒法)製造されました。このため、厚みが不均一で平坦度も低く、鏡用のガラスなどは表面を平らに磨きあげる必要がありました。

 現在、主流となっているのは、液体状態の溶融スズの上に溶かしたガラスを流しこむフロート法です。ガラスの比重はスズの比重よりも小さいので浮き、溶融スズの水平面が鋳型となるため、きわめて平坦な板ガラスが得られるのです。ガラスの厚みは送り込む溶融ガラスの量や速度によって調整できます。なかなかのアイデアです。しかし、板ガラスを溶融スズ槽から引き上げるとき、板ガラスはまだ十分に固まっていないため、わずかに曲がってしまうという難点があります。そこで、考え出されたのがリニア誘導モータの応用です。

 回転型の誘導モータ(交流モータの1種)の一端を切り開き、直線状にしたのがリニア誘導モータの基本原理。溶融スズ槽の下部、板ガラスを引き出す箇所にリニア誘導モータを置き、交流電流を流すと巻線から進行磁界が発生します。リニア誘導モータの2次側にあたるのが導電性流体である溶融スズ。溶融スズは自重により平らに広がろうとしますが、進行磁界は溶融スズに渦電流を発生させます。このとき、進行磁界と渦電流の間に相互作用が働くため、溶融スズが平らに広がろうとする力を阻止して傾斜面を保ち、板ガラスを水平に引き出すことができるというわけです。


図1 フロート法におけるリニア誘導モータの応用例

溶けた金属を非接触で攪拌する

 リニア誘導モータは合金の鋳造プロセスにも利用されています。溶融合金を冷却すると外側から内部へと凝固が進みますが、この過程で組織の不均一化が起きると品質が低下してしまいます。それを防ぐために未凝固の内部を磁界で攪拌させる方法がとられます。リニア誘導モータによって適当な進行磁界を加えると、導電性流体である内部の未凝固部分に力が働くため、非接触で内部を攪拌することができるのです。このような装置は広く“電磁ポンプ”と呼ばれ、溶かした合金を注ぐ作業の自動化などにも利用されています。

 磁石に吸いつくのは鉄などの強磁性体にかぎられます。しかし、強磁性体以外の導電性物質も、磁界によって非接触で動かすことは可能なのです。たとえば有名な“アラゴの円板”は、磁石の磁界によって銅板を回転させる実験。積算電力量計で回転しているのもアルミニウムの円板です。

 この物理現象は希土類磁石を使った簡単な実験で確かめられます。アルミニウムや銅は磁石に吸いつきません。しかし、アルミニウム板や銅板の斜面に希土類磁石を置いて滑らせると、磁石はブレーキがかかったようにゆっくりと落ちていきます。手品のように面白い実験です。試してみてはいかがでしょうか。


図2 誘導モータの原理

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