じしゃく忍法帳

第75回「トランスデューサと磁石」の巻

科学技術の発展に磁石は欠かせない

ケプラーは惑星軌道を磁石の作用で説明した

 スウィフト原作の『ガリバー旅行記』(1726年刊行)に、磁石の作用で空中に浮かぶ巨大な島ラピュタが登場します。ちなみにアニメーション『天空の城ラピュタ』は、『ガリバー旅行記』に出てくるこの天空の島ラピュタを下敷きとしたものです。海上の磁石島という伝説はいくつもありますが、島全体を磁石で空中浮揚させるというのは、可能性はともかくとして斬新な思いつきです。

 仮説というのは、えてして奇想天外なものになりがちですが、スウィフトより100年以上も前の天文学者ケプラーは、天体の運行には磁石の作用が及ぶと考えていたようです。

 惑星が太陽を1つの焦点とする楕円軌道をとっている(ケプラーの第1法則)ことを発見したケプラーは、太陽と惑星の間にはたらく力について頭を悩ませました。というのも、ケプラーはそれまで惑星は、宇宙の秩序に従って完全な円運動をしていると信じていたからです。ちょうどそのころ、イギリスでギルバートの『磁石論』が刊行されました(1600年刊行)。これを読んで地球が巨大な磁石になっていることを知ったケプラーは、太陽も地球以外の他の惑星もすべて磁石になっていると考え、磁石の吸引・反発作用で惑星の楕円軌道を説明しようとしたのです。

 彼は惑星は地球と同じように南北の極をもつとしましたが、太陽だけは中心が南極、まわりが北極の天体と考えました。もしそうだとすると、太陽の周囲を運動する惑星の南極には吸引力がはたらき、北極には反発力がはたらきます。これによって、惑星は円軌道からずれて楕円運動をするとケプラーは考えたのです。

 かなり苦しい説明ですが、何しろニュートンによる万有引力の法則の発見(1666年頃)以前のことですから、当時としては最先端の仮説だったのです。しかし、ケプラーは万有引力の法則にかなり近づいた発想もしています。というのも、「宇宙の任意の場所に置かれた2つの石は、磁石のようにいっしょになる」とも述べているからです。

 

磁石の吸引・反発は遠隔作用ではない

 磁石どうしが吸引・反発しあう現象は、科学技術が発達した今日でも不思議です。19世紀半ばまで、ヨーロッパでは磁石には“遠隔作用”があると信じられていました。これは万有引力という何ともわかりにくい概念が新たに登場したことも関係しているようです。

 遠隔作用とは距離に関係なく、物体間に直接作用する力のことです。一方、中間の媒質を玉突き的に次々と力が伝わっていくという考え方を“近接作用”といいます。機械的な力学論者には遠隔作用は受け入れがたく、ニュートンの万有引力の法則も、当初は自然界に「隠れた性質」を認めるいかがわしい学説とみられていました。しかしながら万有引力の法則は、天体の運動をみごとに説明するため、学会では何となく遠隔作用を認めざるを得ない雰囲気になっていきました。18世紀に発見された電気力・磁気力に関するクーロンの法則(1785年)も、電荷・磁荷の間にはたらく力を遠隔作用としてとらえていたのです。

 遠隔作用という考え方に疑問をもったのは19世紀のファラデーです。彼は“場”という概念を提唱し、近接作用から電磁気現象を説明しました。これが“場の理論”の始まりで、のちにマクスウェルはこの考えを発展させて、電磁場の基本方程式を完成させました(1864年)。

 遠隔作用を受け入れると、2つの磁石がどんなに離れていても、一瞬のうちに作用しあうことになりますが、実際にはこんなことは起こりません。磁石の作用ばかりでなく光や電波が伝わるにも時間が必要です。光や電波は電磁波であり、電磁波とは真空または物質中を伝わる電磁場の振動だからです。

 物質が運動するところに、必ず電磁場が存在します。これはすなわち、どんな物理現象も電磁気現象とつながりをもつことを意味します。電磁石や超電導磁石を含めて、物質や宇宙の謎の探求に、磁石が欠かせないのも当然といえるでしょう。

物理量を変換するのがトランスデューサの役割

 何らかの情報をもつ物理量を他の物理量に置き換える変換器のことをトランスデューサといいます。たとえばマイクロフォンは、空気の振動である音を電気信号に変換するトランスデューサ。各種センサもトランスデューサの仲間です。

 永久磁石がトランスデューサによく使われるのは、外部からのエネルギー補給なしに磁極から磁束を発しているからです。たとえば2本の棒磁石の磁極を互いに逆にして抱き合わせると、磁束は内部に還流するため磁極はみかけ上なくなってしまいます。しかし、これではただの鉄の棒であり、磁石として利用できません。磁石が磁石であるための条件は、磁極から磁束を発していること。目に見えないこの磁束をたくみに利用することで、非接触のトランスデューサも可能になります。

 図1は磁石を利用したドラッグトルク型と呼ばれる速度計で、コイルを使わず非接触で回転速度を計測することができます。非接触とはいえ遠隔作用がはたらいているわけではありません。回転軸とともに磁石が回転すると、磁極から出ている磁束も回転し、それを包むドラッグカップに渦電流を発生させます。この渦電流によってドラッグカップには回転軸と同方向に力が作用し(積算電力量計と同じ原理)、バネと平衡する角度まで回転します。この力(すなわち回転角度)は回転速度に比例するので、針を取り付けることで目で読み取れる速度計となるのです。

 ドラッグトルク速度計は自動車のスピードメータ(アナログ表示・機械式)などに多用されましたが、あまり精度がよくないことと、回転速度を電気信号として取り出しにくいのが欠点。最近の自動車では、交差コイル方式(十字に交差したコイルの中で磁石を回転させる方式)のほか、デジタル表示の速度計では、磁気抵抗(MR)素子やホール素子を用いた車速センサが使われます。
 


図1 ドラッグトルク式の自動車のスピードメータ(アナログ表示機械式)

流体の速度計測にも磁石が利用される

 流体の速度を計測する流量計にも磁石を利用したものがあります。この電磁流量計のしくみを図2に示します。導電性流体が流れるパイプに磁界を加えると、磁界と流体の運動方向との双方に垂直な方向に起電力が発生します(MHD発電と同じ原理)。この起電力は流体速度に比例するので、パイプ壁に電極を設けて起電力を検知し、増幅器で増幅することによって流体の速度を容易に計測できます。電磁流量計はしくみが簡単なので、工業分野などで広く利用されています。

 一般にモータや発電機は磁石の吸引力・反発力を利用していると説明されますが、正確にいえば利用しているのは磁石が発する磁束です。磁石の磁束の有効利用は、社会全体の省エネ・省資源にも大きく関わっています。磁気回路の設計がきわめて重要になるのもこのためです。

 目に見えない磁束を想像力の目で見てみると、新たな磁石の応用を思いつくかもしれません。
 



図2 電磁流量計の原理

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