じしゃく忍法帳

第74回「風力発電と磁石」の巻

風力発電のマグネット・ソリューション

昔は軍事目的で凧が揚げられた

 小説や映画などでは、忍者が凧(たこ)に乗って、敵の城中にしのびこむ場面が出てきます。中国や西洋でも凧の糸に籠(かご)を結び、人を乗せて上空から敵情を探らせるという方法が考えられていたようです。こうした方法が実際に役立ったかどうかは定かではありませんが、昔の凧は軍事と深い関係があったのは確かで、のろしがわりの信号としても用いられました。

 「韓信(かんしん)の股くぐり」の故事で知られる韓信(西暦前2世紀の前漢の武将)が、軍事目的に凧を揚げたことは、はっきりと文献に記されています。彼は飛ばした凧の糸の長さによって、敵の城砦までの距離を測り、地下トンネルを掘って敵を攻めようとしたといわれます。

 日本の文献に凧が登場するのは、平安時代の9〜10世紀のころ。当時、中国では凧揚げが遊びとして流行していたので、それが日本に渡来したのでしょう。天下泰平の江戸時代になると、凧揚げは庶民の間で大ブームとなり、絵や文字が書かれたさまざまな形の凧が考案されました。

 聴覚的な効果もねらって、“うなり”をつけた凧もつくられました。うなりとは凧の上端につける弓のような構造のもの。ピンと張った平たいツルが、風を受けてブーンという低いうなり音を発します。木枯らしによって電線などがうなる“虎落笛(もがりぶえ)”と同じ現象です。凧揚げマニアにとって、この音はシビレルほどの快感を生むそうです。


 

風力発電における騒音問題の解決策

 風力発電の風車(プロペラ)のブレード(羽根)も“風切り音”と呼ばれるうなり音を発します。見物するだけではさほど気になりませんが、昼夜休むことなくうなり続けるために、近くに人家などがあると騒音公害をもたらしかねません。風力発電の風車が離島や岬などに建設されるのは、風況や用地のほかに、騒音という問題もあるからです。

 出力が数100kW以上の大型風車は、数秒で1回転という低速回転なので静かなように思えますが、風切り音とは別の騒音も発生します。発電機のロータ(回転子)は高速で回転させる必要があるため、羽根の回転をギアによって増速しているからです。増速機は通常、風車のハブ(中心部)の後ろに取り付けられています。このギアの“きしみ”が騒音を発生させるのです。

 こうした騒音問題を解決するとともに、より高品質の電力を得るために、近年、注目されているのは永久磁石を組み込んだ多極同期発電機の利用です。

 水力発電や火力発電、また風力発電に使われる交流発電機は、誘導発電機もしくは同期発電機です。誘導発電機は誘導モータ(誘導電動機)を逆利用したもの。交流電力から回転エネルギーを得るモータとは逆に、ロータを何らかの力で回転させることで電力を得ます。ロータとしては籠(かご)型ロータあるいは巻線型ロータが使われます。籠型ロータの誘導発電機は構造が簡単で丈夫という利点がありますが、発電周波数は交流電源の周波数に規定され、任意に調節できないのが短所です。また、出力変動よって電圧変動が起きるという欠点もあります。

永久磁石の多極ロータでギアレス風車も実現

 一方、回転界磁型の同期発電機は、ロータの磁極を回転させることにより、周囲のコイル(電機子コイル)に起電力を誘導させる方式で、発電周波数や電圧を任意に調整できるのが利点。50Hzまたは60Hzの交流に変換するインバータや、交流を直流に変換するコンバータなどが必要になりますが、誘導発電機とちがって風車の回転数が変動しても、安定した高品質の電力が得られるのが特長です。

 水力発電や火力発電にも利用されている一般的な同期発電機のロータは、鉄心に導線が巻かれた一種の電磁石で、回転軸に取り付けられたスリップリングとブラシから励磁用の直流電流が供給されます。

 この回転界磁型の同期発電機において、電磁石のかわりに永久磁石を採用すれば、ロータの鉄心やコイル、励磁電流を送るスプリップリングやブラシも必要なくなり、いわゆるブラシレスの発電機となります。また、永久磁石を利用すれば多極化も容易で、騒音の原因となる増速機をなくすこともできます。

 同期発電機において、1分間あたりの回転数N(rpm)、極数、周波数f(Hz)の間には、N=120f/pという関係が成り立ちます。

 商用電力の周波数は50Hzまたは60Hzと決まっているので、回転数と極数は反比例することがわかります(この回転数のことを同期速度といいます)。たとえば、火力発電所の50Hz、2極ロータによるタービン発電では、毎分3000回転(秒速50回転)もの高速回転が必要になります。もちろん風車にこのような高速回転は望めません。といってギアで増速すると騒音の発生は避けられません。

 しかし、永久磁石を利用した多極同期発電機ならば、この問題が解決できます。たとえば20極のロータならば300rpm(毎秒5回転)、40極のロータなら150rpm(毎秒2.5回転)ですむことになります。多極ロータが増速機のかわりになるため、比較的ゆっくりとした回転でもギアレスの発電が可能になるのです。また、巻線型とちがって電流を送って励磁する必要もないので保守・点検も容易です。
 



図1 プロペラ型の風力発電システム

自然エネルギーの利用に希土類磁石が大活躍

 風という自然エネルギーを利用し、環境に有害な排出物を出さない風力発電は、太陽光発電とならんで、究極のクリーンエネルギーシステムです。現在、世界の風力発電は約1万メガWにも及びますが、日本の風力発電はそのうち0.5%を占めるにすぎません。欧米とくらべて日本は風力発電の後進国なのです。

 日本は国土も狭く、また四季を通じて強い風が吹くという場所がかぎられているということもあります。風力発電によって得られるエネルギーは、風速の3乗に比例します。そよ風ほどの微風では効率が悪く、理想的には木の太枝を揺らすほどの風(秒速7〜10m以上)が、一年中、一定方向から吹くような立地が望まれますが、これらの条件を満たすような場所はあまりありません。

 しかし、風が弱まっても一定の回転速度を保つ可変速型システムの採用など、風力発電の効率は著しく向上しています。また、風は地上よりもさえぎるもののない上空のほうが強く吹きます。そこで、高層住宅やオフィスビルの屋上に風車を置くことも考えられています。大型の風力発電システムとなると、建設費や輸送費もかさみますが、永久磁石を利用した100kW以下の小型システムなら騒音も少なく、DIY感覚で住宅にも取り付けることができます。

 風力発電システムの小型軽量化・低騒音化をもたらしたのは、ネオジム磁石に代表される強力な希土類磁石の利用によるもの。より発電効率を高めるため、回転軸を磁石で浮上させる磁気軸受を採用した発電機も開発されています。
 



図2 同期発電機の原理と構造

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