じしゃく忍法帳

第62回「エレベータと磁石」の巻

エレベータのドアはどのように開くか?

人を乗せて運ぶ電動エレベータは、日本においては明治23年(1890年)、東京浅草の凌雲閣(通称、十二階)に導入されたのが始まり。そのころ日本で電力といえばもっぱら照明用で、エレベータは照明以外の電力利用の初のケース。電気仕掛けのカラクリを用いて、かご(箱)ごと人を持ち上げるエレベータは、西洋の忍法のような怪しげな装置とみなされたようです。『明治事物起源』(石井研堂著)によれば、このエレベータは、「井戸つるべに似たる原始的昇降装置にして、危険をおもんぱかり、24年5月、警視庁の注意にて、撤去せり」とあります。

しかし、便利なものをすぐに受容するのは日本人の特質。その後、ビルなどにも設置されるようになり、明治36年(1903年)に大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会では、パリのエッフェル塔(1889年完成)を真似た高さ75mの鉄塔が建設され、訪れた多くの人々がエレベーターを体験しました。これが大阪名所の通天閣です(現・通天閣は第2次世界大戦後に改築されたもの)。

エレベータはモータの回転を利用したロープ式と、電動ポンプを利用した油圧式に大別されます。ロープ式はかごと、つりあい重り(カウンターウェイト)をロープで結び、巻上機のモータの回転で昇降させる方式。一方の油圧式は、油圧によって上下するシリンダに、かごを連結させて昇降させる仕組みです。

ところで、ふだん利用者はあまり意識していないようですが、エレベータのドアは、かご側のドアと乗り場側のドアの2つで構成されています。ちょっと考えればわかることですが、もしどちらかのドアがないとしたら、きわめて危険な乗り物になってしまいます。また、かごが到着するまで絶対に乗り場側ドアは開きません。ドア開閉用のモータはかご側に設置されていて、利用階に到着したとき乗り場側のドアと連結して、初めて双方のドアが開くようになっているからです。

停止位置の検出には磁石が利用されている

エレベータは利用階の床面の位置に合わせてピタリと停止します。当たり前のことのようですが、これはエレベータを安全・便利・快適な乗り物とするために不可欠の要件です。この停止位置の検出には磁気を利用したセンサが使われます。

図1に示すのは、磁石とリードスイッチ、鉄製遮蔽板を組み合わせたエレベータの位置検出装置です。リードスイッチというのは、磁束変化によって鉄製リードが開閉するスイッチ素子。鉄のように透磁率の高い物質は、ちょうどスポンジが水を吸うように磁束をよく通過させます。図のように遮蔽板がない状態では、磁石が発する磁束は鉄製リードの内部を通過しようとするため、リードが閉じてスイッチONとなります。ところが、磁石とリードスイッチの間に遮蔽板がはいると、磁束は遮蔽板内部を通過するようになり、リードスイッチのリードは開いてスイッチOFFの状態となります。したがって、磁石とリードスイッチをかご側に設置し、鉄製遮蔽板を各階の適切な位置に配しておけば、かごの昇降に応じて各階の停止位置を電気信号として得ることができるのです。

停止位置をよりきめ細かく感知するためには、電磁誘導を利用した位置検出装置が使われます。コイルを貫く磁束の変位は、コイルに誘導起電力を発生させます。そこで、図2のように2組の1次・2次コイルを利用したのが、連続位置検出装置と呼ばれるタイプ。正確な停止位置にあるときは、2次コイルの誘導起電力はともに同じ値になりますが、遮蔽板の位置が少しでも上下にずれると、2次コイルを貫く磁束の量が増減し、誘導起電力の違いとなって現れます。このコイルは差動トランス(ディファレンシャル・トランス)といいます。

磁石を利用したエレベータの位置検出装置


図1 磁石を利用したエレベータの位置検出装置

ステッピングモータとロープレスエレベータ

エレベータにとってロープはまさに命綱。切れたら一大事ですが、万一、そのような事態になっても、メカニカルな安全装置があるので急落下するようなことはありません。エレベータは単なる吊りかごではなく、ガイドレールに沿って昇降します。もしロープが切れたり、ゆるんだりしたときは、自動的にガイドレールをくわえ込む停止機構が働くのです。

 一方ではロープのないエレベータというのも開発されています。リニア同期モータ(LSM)を利用したロープレスエレベータです。

 リニア同期モータはステッピングモータと同じ動作原理によるモータ。ステッピングモータというのは、入力したパルス信号に応じて、デジタルに回転するモータのこと。小さなものは腕時計などにも利用されています。リニア同期モータは永久磁石をロータ(回転子)とするステッピングモータを、直線状(リニア)に開いたもの。東京の都営地下鉄・大江戸線(旧・12号線)など、リニア方式の地下鉄も運転されていますが、ロープレスエレベータは、磁力によって宙に浮いたまま昇降します。

 ロープレスエレベータの構造を図3に示します。ステータ(固定子)は鉄心にコイルを巻いた電機子となっていて、それにはさまれる形で、スライダ(移動子)となる永久磁石が置かれます。ステータにパルス電流を加えると、発生する磁界と永久磁石の磁界に反発・吸引力が働くので、スライダが磁気浮上したまま上下に移動して、ロープレスエレベータが実現します。簡単にいえば磁気浮上式リニアモーターカーのエレベータ版です。

 

電磁誘導を利用したエレベータの位置検出装置


図2 電磁誘導を利用したエレベータの位置検出装置

磁力で宇宙に送り込むリニアカタパルト

ロープレスエレベータはすでに産業機器の搬送用などにも利用されていますが、これから大きな期待がかけられているのは、大深度地下や宇宙などの未開拓領域での利用。構造が簡単なので故障が少ないうえ、強力な希土類磁石が登場したことにより、小型でもかなりの推力が得られるようになったからです。人間が作業するには危険な大深度地下などには、ロープレスエレベータにロボットを乗せて送り込むということも考えられます。

宇宙機の打ち上げに利用しようというプランもあります。スペースシャトルはエンジンを搭載していますが、燃料タンクなどは使い捨てで、無駄が多くコストもかさみます。そこで、巨大なジェットコースターのような発射台をつくり、その斜面にロープレスエレベータを設けて宇宙機を打ち上げようというもの。磁力を利用してぐんぐん速度を上げながらかけのぼり、構造物の頂部に達したとき、台車から切り離して宇宙機を送り出すというわけです。これによって宇宙機に積載する燃料もわずかなものですみます。この推進装置はリニアカタパルトとも呼ばれます。

ただし宇宙機を地球周回軌道に送り込むには、高さ1000mを超える発射台が必要になるため、そう簡単には実現しません。しかし、月面基地が開発されれば、リニアカタパルトは宇宙機を月面から飛び立たせるためのシステムとして有望視されています。というのも、月面は地球よりはるかに重力が小さいため、装置は比較的小型なものですむからです。また、ふんだんな太陽光により、必要とする電気エネルギーもまかなえます。21世紀は強力な磁石が、月面でも大活躍することになるでしょう。
 

ロープレスエレベータの原理

図3 ロープレスエレベータの原理

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