じしゃく忍法帳
第61回「磁気軸受と磁石」の巻
馬車文化が育てた西洋の工業技術
道なき道をひそかに駆け抜けるのは忍者の得意とするところ。軍馬にまたがった忍者というのは、あまりサマになりません。古来、日本における軍馬は、もっぱら武将が威厳を示すための乗り物。戦国時代の武田信玄の軍勢は、屈強の騎馬隊で知られていましたが、戦力の主力はやはり歩兵でした。
一方、西洋では紀元前の昔から、馬に引かせる戦車が実戦に用いられていました。ギリシャで開かれていた古代オリンピックには戦車競技もあったほどです。このため、車輪、車軸、軸受(ベアリング)の技術も古くから発達を遂げ、中世ヨーロッパでは水車や風車が製粉にさかんに用いられ、ルネサンス期には歯車を利用した機械時計も発明されました。西洋の機械文明のルーツは馬車や戦車にあるともいえます。
仲が悪くなることを軋轢(あつれき)を生じるといいます。もともと軋轢とは、回転する車軸が軸受との摩擦によってきしる音のこと。昔の馬車や水車などの車軸や軸受は木製だったので、摩擦が激しくなると熱を発して焼け焦げてしまいました。そこでグリース(動物性の油脂)が潤滑油として用いられました。
しかし、ベタベタした潤滑油は大きな粘性抵抗をもつため、機械時計などでは精度を落としてしまいます。そこで摩擦の少ない特殊な木材も使われました。最も有名なのはリグナムバイタと呼ばれた中南米産のユソウボク(癒瘡木)。材に含まれる樹脂が潤滑油の役目をするため、機械時計の軸のほか、船のスクリューの軸などに重用されました。こうした軸受は含油軸受と呼ばれます。
ヨーロッパでは水車の動力を旋盤などにも利用し、金属塊から大砲の砲身をくりぬく技術も生まれました。砲身をくりぬくときには、摩擦によって大量の熱が発生します。蒸気機関が普及しはじめた18世紀には、物体に課した仕事と発生する熱との量的関係が問題になり、19世紀前半にカルノーやジュールによって熱の仕事当量が計算されました。
こうして物理学から熱力学という新たな学問分野が生まれ、エネルギーの保存則も発見されました。戦車をルーツとする回転体の動力の利用は、大砲や銃という兵器を生み出す一方で、科学技術の発展にも大きく寄与することになったのです。
非接触で摩耗のない理想的な軸受
運動する物体の摩擦は、滑り摩擦と転がり摩擦に大別されます。 一般に摩擦抵抗は接触面積が少ないほうが小さくなります。地上にある重い物体を移動するとき、地上を滑らすより、物体と地面の間にコロを入れた方が楽に運べるのは、接触面積を小さくできるからです。このコロから生まれたのが車輪で、軸受部分にも転がり摩擦を利用したのが転がり軸受(ボールベアリングやローラベアリングなど)です。
回転軸と軸受との接触部がなくなれば、摩擦抵抗の問題はいっきに解消します。磁気軸受(マグネチック・ベアリング)は、磁石が鉄を吸引する性質を利用して、回転軸を非接触に保つ装置です。
電磁石を利用した磁気軸受の原理を図1(左)に示します。中央の回転軸は鋼製なので電磁石の磁力に吸引されますが、電磁石は周囲に均等に置かれているため宙に浮いた状態となります。ただ、一定ギャップの非接触状態を保つには、位置センサなどを用いて、電磁石に流す電流をフィードバック制御する必要があります。
強力な希土類磁石が量産化されるようになった1970年以降は、希土類磁石と電磁石を併用したハイブリッド型の磁気軸受が利用されるようになりました。その一例を図1(右)に示します。回転軸を取り巻くリング型の永久磁石の磁束を、電磁石が発生する磁束によって制御する方式です。電磁石だけで構成される磁気軸受よりも消費電力が少なく、制御特性もすぐれています。
図1 磁気軸受
ジャイロコンパスにも磁気軸受は不可欠
磁気軸受の特長は、摩擦や振動がなく、潤滑油などを必要とせずに、高速回転を続けられることです。このため航空機のジャイロコンパスなどにも利用されます。
ジャイロコンパスとはジャイロスコープ(図2)を利用した羅針盤という意味。磁石の指極性のかわりに、高速回転するジャイロ(コマ)の性質が利用されています。ジャイロスコープは"地球ゴマ"などと呼ばれるおもちゃでも知られるように、回転する金属環の内側にハズミ車を設けた構造となっていて、回転軸は空間の任意の方向にとることができます。外力が加わらない場合は回転軸は一定方向を保ちますが、回転軸に対して横方向から外力が加わると、外力に応じた首振り運動(歳差運動)を始めます。したがって、こうした運動の変化を計測すれば、外力の加わり方が分かります。
航空機の自動操縦に使われるINS(慣性航法装置)は、このジャイロコンパスをコンピュータと合体させた装置。INSによって得られたデータをコンピュータが計算することにより、航空機は常に現在位置や高度、飛行コースを把握することかできるのです(航空機の運動変化は加速度を生み出すので、加速度を積分すれば速度が、速度を積分すれば距離が求められます)。磁針を利用した羅針盤と違い、地磁気変動などの影響を受けることもありません。
図2 ジャイロスコープの原理
渦電流を利用した磁気ブレーキ
磁気軸受と同じように、磁力によって車体を浮かせて走行させるのが磁気浮上式鉄道。JRが実験中のリニアモーターカーには超電導磁石が利用されていますが、電磁石や永久磁石を利用した磁気浮上式鉄道は、すでにヨーロッパで実用化されています。これは車体に取り付けられた電磁石が、鉄製レールを吸引する力を利用したものです。
電磁石がレールを吸引すれば、車体はレールにへばりついてしまうように思えます。しかし、図3のように電磁石は軌道を巻き込むように、レールの下に置かれるため、電磁石の吸引力が車体を持ち上げ、浮上させることになるのです。1989年の横浜博覧会で運転されたHSSTもこの方式の磁気浮上式鉄道です。永久磁石だけで重い車体を浮上させることは困難ですが、磁力によって機械的摩擦を大幅に減らした方式の鉄道もドイツで開発されています。
磁気軸受や磁気浮上式鉄道には、機械的摩擦はありませんが、まったく制動力が働かないわけではありません。導体に対して磁界が運動するとき、電磁誘導現象によって導体内部には渦電流が発生し、制動力として作用するからです。この制動力を積極的に生かしたブレーキは渦電流式ブレーキと呼ばれ、回転機械や鉄道などに利用されています。
機械的摩擦がないのにブレーキがかかるのは不思議な感じがします。実は運動エネルギーは渦電流となり、導体の中で熱(ジュール熱)として姿を変えているので、全体としてエネルギー保存則は保たれているのです。摩擦は機械にとってエネルギー効率を下げるやっかいな存在のようですが、摩擦がなければ、どんな機械も作動することができないのです。
図3 磁気吸引式リニアモーターカーの原理
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