じしゃく忍法帳

第59回「永久機関と磁石」の巻

超電導磁石は永久機関を実現するか?

初の永久機関はインド人の着想

忍法は中国がルーツといわれますが、インド生まれの仏教とも深く関わっています。小説や映画の中で忍者がドロンと姿を消すとき、手の指を立てたり組んだりして印(いん)を結びます。これは仏像の手の印相(いんぞう)・印契(いんげい)に由来 します。

また、仏教の修行の1つに、あらゆる苦難や恥辱にも怒りを起こさずに耐える忍辱(にんにく)があります。怒りは仏道においても忍法においても最大の障害。こうした心の迷いから解放されないことには、永遠の誤り・苦しみを繰り返すだけ。仏教ではこれを輪廻(りんね)といい、輪廻からの解脱を説いたのが釈迦の教えです。忍法の忍というのも、インド仏教における“忍”の漢訳語に由来するようです。

ところで、輪廻とは車輪の回転にたとえたインド独特の思想で、ここから永遠に回転を止めない車輪のような永久機関が、インドで最初に着想されたといわれます。たとえば12世紀のインドの天文学の文献には、周囲に等間隔の穴をあけた車輪の図が掲載され、穴の半分まで水銀で満たすと、車輪は一度動かせば、いつまでも回り続けると記されています。

インドにおいて哲学的な意味をもっていた永久機関は、西洋においては外部からエネルギーの供給を受けることなく、永遠に仕事を続ける機械のことを意味するようになります。

13世紀のヨーロッパでは、車輪の外周にハンマーを取り付けたり、スポークの間にボールを格納した永久機関が考案されました(図1)。インドの永久機関と同様に、車輪の回転とともに重心が移動することで、いつまでも回転し続けるという考え方によるものです。これは非平衡車輪と呼ばれるタイプの永久機関です。

もちろん、いずれの装置も失敗に終わりましたが、これは仕掛けの不備によるものと考えられました。そこで登場してくるのが、磁石の磁力を利用した永久機関です。

 
非平衡車輪と呼ばれる永久機関
 
図1 非平衡車輪と呼ばれる永久機関
 

モータや発電機の前身は磁石利用の永久機関

磁石を利用した永久機関として最も有名なのは、17世紀イギリスのウィルキンズ司教が著書の中で紹介した装置です(発案者は16世紀のイエズス会士といわれます)。

これはすべり台に似た簡単な構造のもので、図2左のように台の頂部には磁石(天然磁石)が置かれ、磁石の磁力により鉄球がスロープをかけのぼるというものです。永久機関としての工夫は、スロープの上に穴が設けられていること。このため磁石に吸いつく直前に、鉄球は穴に落ち込んで元の位置に戻り、この運動を永久に繰り返すという仕組みです。実際には磁石の磁力が小さければ鉄球はかけのぼらず、磁力が大きければ穴に落ちずに磁石に吸いついてしまい、期待どおりの永久運動は実現しません。

18世紀になると車輪と磁石を組み合わせた永久機関がいくつも考案されました。図2右に示すのはその一例で、車輪の中に棒磁石を組み込み、外部に置かれた磁石との吸着・反発力によって、永久に回転運動をさせようというものです。これもまた実際には、車輪がある位置で安定してしまうので連続運動は得られません。しかし、注目すべきは、この装置はのちに発明されるモータや発電機の構造とよく似ていること。ボルタ電池やファラデーによる電磁誘導現象の発見以前から、モータや発電機の原型となるものが、すでに考案されていたことになります。

19世紀に発電機が発明されると、車輪の回転力によって発電し、その電気で車輪を回転させる永久機関も考案されました。おそらく初動さえさせれば、永久運動も可能と思ったのでしょうが、摩擦やコイルの電気抵抗までは考えが及ばなかったようで、当然ながら失敗に終わりました。
 

磁石を利用した永久機関


図2 磁石を利用した永久機関

熱力学の法則が証明した永久機関の不可能性

永久機関が原理的に不可能であることは、19世紀に確立された熱力学の第1法則と第2法則によって明らかにされました。

エネルギーは姿を変えるだけで減りも増えもしないというのが、熱力学の第1法則で、エネルギーの保存則とも呼ばれます。ところが、熱力学の研究が進むと、エネルギーの保存則に矛盾しない永久機関も考えられることが指摘されました。

たとえば冷水と熱水を混ぜれば、ある温度の水となりますが、全体のエネルギーに増減はありません。そこで、これとは逆にある温度の水を冷水と熱水に分けられるとしたら、エネルギーの増減なしに熱水と冷水の双方が利用できることになります。つまり冷暖房がタダで実現することになり、エネルギー問題はいっきょに解決します。

しかし、現実にはこんなことは起こりません。熱の拡散は不可逆な変化だからです。これを明らかにしたのが熱力学の第二法則で、エントロピー増大の法則とも呼ばれます。

こうして永久機関が原理的に不可能であることが証明されましたが、20世紀初頭の超電導現象の発見によって、永久機関は再び新たな装いで復活することとなりました。

超電導磁石といえどエネルギーはつくれない

金属やある種の金属酸化物を極低温まで冷却すると、突然、電気抵抗がゼロになるという現象が起こります。これが超電導現象です。電気抵抗がゼロということは、電流を流しても電力損失なしに、電流が永遠に流れ続けることを意味します。これは日常的にはありえないことなので、永久機関もつくれそうな錯覚に陥ります。

また、超電導材料でつくったコイルに、大電流を流せば、永久磁石や電磁石よりもはるかに強い磁界を発生させることができます。これが超電導磁石です。コイルの冷却に必要なエネルギーを別にすれば、永久機関にかぎりなく近い超電導発電システムが実現しそうな気がします。

しかし、この考え方にも根本的な誤りがあります。超電導磁石を利用して発電する場合でも、発電に要するエネルギーは、やはり外部から補給する必要があるからです。つまり超電導磁石は単なるエネルギー変換器としての役目しか果たさないのです。超電導磁石はリニアモーターカーなどにも利用されていますが、その推進力には、やはり外部からの電力エネルギーを利用しています。

超電導コイルを利用すれば、電力損失なしにエネルギーを永久保存することも理論的に可能で、実用化に向けた研究も進められています。いわゆる超電導エネルギー貯蔵システムです(図3)。ただし、これは余剰電力などを貯蔵する装置であり、発電装置ではありません。

永久機関は頭の中ではさまざまに構想できても、現実には絶対にありえない存在です。しかし、実現不可能な永久機関へのチャレンジは、決して愚かな試みであったわけではありません。その失敗の過程から人類は蒸気機関や内燃機関、モータや発電機など、さまざまな有用な機械を手に入れ、科学技術の発達にも大きく寄与しました。おそらくその最大の成果は、省エネ・省資源こそ、エネルギー問題の最大の有効策であることを教えてくれたことでしょう。磁石はエネルギーを生み出す打出の小槌ではありませんが、省エネ・省資源を実現するために不可欠の存在なのです。

超電導エネルギー貯蔵システム

図3 超電導エネルギー貯蔵システム

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