じしゃく忍法帳
第58回「HDDの磁気ヘッドと磁石」の巻
高度数mmで飛行するジャンボ機に匹敵
忍者は濡らした紙を床に敷き詰め、その上を走る訓練を積みました。
紙は濡れると柔らかくなり、普通に走っては簡単に破れてしまいます。紙を破らないようにするには、床とのよけいな摩擦を少なくし、おろした足をすぐに上げるようにしなければなりません。また、速く走れば走るほど、紙は破れにくくなります。空気の浮力をできるだけ利用して、紙への圧力を弱めるのです。この訓練の結果、足音も立てずに疾走する独特の忍者走りが身につきます。
パソコンのHDD(ハードディスクドライブ)の磁気ヘッドでは、この忍法に似た浮上技術がたくみに利用されます。
磁気テープやフロッピーディスクにおいては、ヘッドとテープ面・ディスク面は接触状態で記録・再生します。一方、HDDの磁気ヘッド先端のスライダと呼ばれる部分は、起動・停止以外のとき、ディスクとの間に10数nm(ナノメートル)という微小なギャップを保ちます。これをCSS(コンタクト・スタート・ストップ)方式といいます。
この技術によって、HDDならではの高速・高密度の磁気記録が可能となります。しかし、10数nmという微小ギャップを保つのは、凹凸のある滑走路上を、ジャンボ機がわずか数mm程度の高度を維持して飛行することに匹敵するといわれます。HDD駆動時に叩いたり、揺らしたりしてはいけないといわれるのは、スライダとディスクが接触すると、データエラーなどが起きてしまうからです。
HDDのヘッドとディスクとの微小ギャップの維持にも、空気の浮力が利用されます。空気の浮力が重いジャンボ機を持ち上げるように、スライダと回転するディスクの間には空気が流入して、スライダを浮上させようとする圧力が働きます。また、ディスクの回転数が高まるほどスライダを持ち上げる圧力は大きくなります。そこで、回転数に応じてスライダに逆向きの力を加えるように工夫して、一定の微小ギャップを保っているのです。
図1 HDDの基本構造
薄膜磁石を利用したMRヘッドの登場
パソコンのHDDの記録密度は、近年、目覚ましく向上しました。ディスクへの磁気記録は、簡単にいえばディスク面に微細な磁石を敷き並べることに相当します。磁石の磁化の向きが0か1かのデジタル情報となりますが、記録密度を高めるためには、トラック幅・ビット長を縮める必要があります。つまり、ディスク面の磁石をより小さくすればよいわけですが、それには高密度記録に適した磁気ヘッドが必要となります。
HDDの磁気ヘッドとして、1960〜70年代はバルク型のフェライトヘッドが用いられました。これは焼結製造されたフェライトのブロックからコアを切り出して銅線を巻いたものです。
しかし、この方法ではサブミクロンオーダーの微細加工が困難となります。そこで、HDDの小型化と高密度記録のニーズに応え、1979年にIBMによって開発されたのが薄膜ヘッドです。これは基板に金属磁性膜、コイル、電極、絶縁層を成膜して、スライダに組み込んだもの。
この薄膜ヘッドにさらなるブレイクスルーをもたらしたのが、1991年にIBMによって実用化されたMR素子利用の薄膜ヘッド。MRとは磁界によって電気抵抗が減少する磁気抵抗効果(Magneto-Resistance-Effect)の略語です。
MR素子の基本構造を図2に示します。MR膜を含む3層が永久磁石によってはさまれています。この永久磁石はバイアス磁界を加えるためのものですが、バルク型の磁石ではなく同じように薄膜として形成されます。
しかし、高密度記録ニーズの高まりとともに、トラック幅が1μm以下の高密度記録となると、MRヘッドでも十分な読み取り出力が得られなくなり、より高性能なヘッドが求められるようになりました。
図2 MR素子の構造(ハード・フィルム・バイアス方式)
記録密度をさらに高めたスピンバルブGMRヘッド
磁気抵抗効果とは磁界によって電気抵抗が変化する多様な現象の総称です。1988年にはフランスで、新たなタイプの磁気抵抗現象が発見され、GMR(Giant-MR、巨大磁気抵抗効果)と命名されました。これは非磁性金属層を2つの磁性層でサンドイッチ状に重ねたとき、磁性層の磁化の向きが同方向か反対方向かによって、伝導電子の散乱の仕方が異なり、大きな抵抗変化を示す現象です。もっとも、このGMR効果には約2万エルステッド(Oe)という強磁界が必要なため、特殊な磁気抵抗効果として注目されたものの、すぐに実用化には至りませんでした。
MR素子を利用した初の薄膜ヘッドが開発されたころ、IBMはGMR現象をたくみに利用した薄膜ヘッドを提案しました。これは非磁性金属層をはさむ上下の磁性層の上に、さらに反強磁性層を置いた4層構造からなる薄膜ヘッドです。反強磁性層は隣接する磁性層の磁化の向きを固着する役目があります。一方、もう1つの磁性層は非磁性金属層によって隔てられています。このため、数10エルステッドほどの磁界にも敏感に応答して、磁化方向が容易に変化するのです。
物質の磁性は主に磁性原子の電子のスピンに由来します。スピンとは自転のようなもので、その方向によってアップスピンとダウンスピンがあり、互いに磁化の向きが逆になります。
図3に示すように、2つの磁性層の矢印が平行状態にあるときは、磁性層の電子のスピンの向きがそろっているので、伝導電子は散乱することなく通過します。しかし、スピンの向きが反平行のときは、伝導電子は散乱してしまいます。電子スピンの向きの違いによる散乱は、電気抵抗の増加となって現れ、これを高密度の磁気記録に利用したのがスピンバルブGMRです。
図3 SV-GMRのメカニズム
HDDの小型・薄型化に希土類磁石が大きく貢献
磁気抵抗効果とは磁界によって電気抵抗が変化する多様な現象の総称です。1988年にはフランスで、新たなタイプの磁気抵抗現象が発見され、GMR(Giant-MR、巨大磁気抵抗効果)と命名されました。これは非磁性金属層を2つの磁性層でサンドイッチ状に重ねたとき、磁性層の磁化の向きが同方向か反対方向かによって、伝導電子の散乱の仕方が異なり、大きな抵抗変化を示す現象です。もっとも、このGMR効果には約2万エルステッド(Oe)という強磁界が必要なため、特殊な磁気抵抗効果として注目されたものの、すぐに実用化には至りませんでした。
MR素子を利用した初の薄膜ヘッドが開発されたころ、IBMはGMR現象をたくみに利用した薄膜ヘッドを提案しました。これは非磁性金属層をはさむ上下の磁性層の上に、さらに反強磁性層を置いた4層構造からなる薄膜ヘッドです。反強磁性層は隣接する磁性層の磁化の向きを固着する役目があります。一方、もう1つの磁性層は非磁性金属層によって隔てられています。このため、数10エルステッドほどの磁界にも敏感に応答して、磁化方向が容易に変化するのです。
物質の磁性は主に磁性原子の電子のスピンに由来します。スピンとは自転のようなもので、その方向によってアップスピンとダウンスピンがあり、互いに磁化の向きが逆になります。
図3に示すように、2つの磁性層の矢印が平行状態にあるときは、磁性層の電子のスピンの向きがそろっているので、伝導電子は散乱することなく通過します。しかし、スピンの向きが反平行のときは、伝導電子は散乱してしまいます。電子スピンの向きの違いによる散乱は、電気抵抗の増加となって現れ、これを高密度の磁気記録に利用したのがスピンバルブGMRです。
図3 SV-GMRのメカニズム
実際にスピンバルブGMRを利用するには、下地膜や保護層などが必要で、全部で7層ほどの積層構造となりますが、それでも全体の厚みは400〜500オングストロームしかありません。7層の薄膜はいずれも非常に薄いため、きわめて真空度の高いスパッタリング装置で成膜されます。
現在、HDDのさらなる高記録密度化を目指し、スピンバルブGMRの構造や素材の研究が精力的に進められています。2001〜02年ごろには、記録トラック幅は0.2μmにまで狭まり、面記録密度は100Gb/inch(superscript:2)以上にまで高まると予測されています。
しかし、記録密度が向上しても、ヘッド駆動機構が従来のままでは、HDD全体の小型化は達成されません。実はHDD全体の小型・軽量化に大きく貢献してきたのは希土類磁石です。とりわけ強力なネオジム磁石(ネオジム・鉄・ボロン磁石)の開発により、ヘッド駆動に用いられるボイスコイルモータ(VCM)の薄型化も可能になり、ノートパソコンが開発されるようになりました。
希土類磁石の用途の半分近くはボイスコイルモータです。薄膜技術と高性能磁石なくしてモバイルコンピューティング時代も到来しなかったでしょう。
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです