じしゃく忍法帳

第56回「ナノテクノロジーと磁石」の巻

ボンド磁石のニューフェイス

3500年前の輝きを保つステンレス(不銹)の銅剣

忍者刀は反りのない直刀です。直刀ならばとっさのときも抜きやすく、また塀を登るときに踏み台がわりにするなど、何かと応用がきいたからです。とはいえ直刀は忍者の発明ではありません。反りのある日本刀が登場するのは平安時代以降のことで、奈良時代の刀はすべて直刀でした。また、それ以前には刀ではなく鉄剣や銅剣が用いられました。

中国では紀元前1500年ごろの殷(商)の時代に、高度な青銅器文化が発達しました。その技術は今日でも模倣できないものがあるほどです。 1965年には臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の故事で知られる春秋時代の越王・勾践(こうせん)の剣が出土して話題となりました。驚くべきことに、この剣は3500年の時を経ていたにもかかわらず、一点の錆びもなく光り輝き、紙を裁断できるほどの切れ味を保っていたといわれます。

通常の青銅器は緑青(ろくしょう)と呼ばれる青色の錆に覆われています。越王・勾践の剣に錆が生じなかったのはなぜでしょう?X線回折法によって表面分析したところ、興味深い事実が明らかになりました。越王・勾践の剣には、表面を硫化銅の皮膜で覆うという特殊処理がなされていたのです。

鉄は湿気や塩分などにより錆が生じますが、ニッケルやクロムはなかなか錆びません。これはニッケルやクロムの表面には、薄い酸化皮膜ができて内部が保護されるからです。このような状態を不働態といいます。越王・勾践の剣の表面も不働態として加工されたので、ステンレス(不銹)の銅剣として、製造時の輝きと切れ味を失わなかったのです。

いわば錆をもって錆を制するのが不働態。ステンレススチールは、鉄にクロムやニッケルを混ぜ、表面を不働態とした合金です。


直刀ならば抜きやすく、塀を登るときに踏み台がわりにするなど、何かと応用がきいた
 

強力な希土類磁石も錆びやすいのが欠点

あまり知られていませんが、磁石にも錆は大敵です。錆びると磁力が弱まったり、消失したりするからです。そこで磁石鋼(理科実験の馬蹄形磁石や棒磁石、方位コンパスの針など)はメッキ処理をして錆を防ぎます。磁石の錆があまり問題にされないのは、今日、使用されている磁石の90%以上(重量)がフェライト磁石だからでしょう。フェライト磁石は鉄錆と同じ酸化鉄を主成分とする磁石です。いわばもともと錆びているので、メッキなどの表面保護を必要としないのです。

「天は二物を与えず」といいますが、強力な磁気パワーを誇る希土類磁石にも弱点があります。それはきわめて錆びやすいということです。このため、加工後の表面保護はもちろん、製造段階においても酸素は禁物で、酸素を遮断した特殊な環境(真空あるいはアルゴン雰囲気など)で製造されます。

希土類磁石の製造法には、焼結法と急冷法があります。焼結法は原料を加熱・溶融してから微細に粉砕、これをプレス成形して焼結する方法。一方の急冷法はアモルファス合金の製造法を応用したものです。

溶解した合金を急冷すると、結晶構造を形成するまもなく固化し、ガラスのような非晶質の合金となります。これがアモルファス合金です。ただし、合金を非晶質にするにはきわめて短時間(106℃/秒以上)に急冷する必要があります。そこで回転する金属ロールに溶融合金を吹き付けて急冷する方法がとられます。これをメルトスパン法といいます(得られる合金はリボン状なので、急冷リボン法とも呼ばれます)。

メルトスパン法によって得られたリボン状の希土類磁石を粉末として、プラスチックと混ぜて成型すると希土類系ボンド磁石となります。自由な形状に成形でき、精密加工も可能なプラスチックの特長を生かし、希土類系ボンド磁石はさまざまな電子機器に多用されるようになりました。とりわけ小型・軽量化が要求される携帯電子機器のモータ用磁石として、希土類系ボンド磁石は今や不可欠となっています。

交換スプリング現象を利用したNanoREC

ノートパソコンなどの携帯電子機器において、解決困難な課題として残されているのはバッテリ問題です。軽量・高電圧・大容量のリチウムイオン二次電池も使われるようになりましたが、ICなどの消費電力から、連続使用時間はまだ不十分です。特に、FDDやHDDのスピンドルモータ(ディスクを回転させるモータ)の電力消費を抑えれば、連続使用時間を延長できるだけでなく、さらなる小型・軽量化も達成できます。

そこでより強力で高性能なボンド磁石として開発されたのが、TDKのNanoREC(図2)です。これはサマリウム・鉄・窒素系の新タイプの希土類磁石です。交換スプリング現象という量子力学的現象を、ナノ(nm=10億分の1m)テクノロジーによって開発した希土類磁石(REC)という意味から、NanoRECと命名されました。

交換スプリング現象とは、磁石相であるハード相(硬磁性相)の間に、ナノスケールの微細なソフト相(軟磁性相)が存在するときに起こる特異な現象です。図3のようにハード相とソフト相が交互に並んだモデルで簡単に説明してみましょう。

外部磁界がない状態では、ハード相もソフト相も磁化の向きが一方向にそろっています。ここで、逆向きに磁界を加えると、ソフト相の磁化の反転が起きますが、反転はソフト相の中間領域だけにとどまり、ハード相との境界領域においては磁化は反転しません。この状態において、外部磁界をゼロにすると、ソフト相の反転した磁化が元に戻ります。これがちょうどスプリングの作用に似ているため、交換スプリング現象と呼ばれます。つまり、ソフト相をサンドイッチ状にはさみながら、全体としてハード相つまり磁石としての性質を示すのです。

NanoRECの用合金製造工程

図2 NanoREC用合金の製造工程

希土類磁石の弱点克服 シート磁石も可能に

交換スプリング現象を応用したNanoREC用の合金は、急冷法によって製造されます。しかし、ナノスケールの微小組織を形成させるためには、従来以上に短時間の急冷技術が必要とされます。そこでTDKでは周速75m/秒で回転する銅ロールに、熔融させた材料を吹き付け、いっきに冷却・凝固させる装置を開発しました。周速75m/秒というのは、時速でいえば270km、疾走する新幹線の車輪と同じくらいの高速回転です。

こうして製造されたリボン状の合金は、細かく粉砕されてから微小組織をそろえるための熱処理と、さらに窒化処理がほどこされて磁石粉となります。この磁石粉をプラスチックと混練して圧縮成形・コーティングしたのがNanoRECです。

NanoRECは磁石粉の粒度が細かいため、極小サイズの磁石も高精度で製造できるのが特長。FDDやHDDのスピンドルモータ用磁石、デジタルカメラやビデオカメラのモータ用磁石などのほか、たとえば外形1mmほどのリング状磁石も可能で、腕時計のステッピングモータ用にも利用できます。また、従来、希土類磁石をシート磁石にすることは困難とされていました。シート切断面は空気にさらされるため、錆に弱い希土類磁石は適さないからです。このため、シート磁石にはフェライト磁石粉末が用いられてきました。しかし、NanoRECは、材料そのものの性質から錆が発生しにくく、シート磁石に利用することも可能です。NanoRECはさまざまな応用が期待される新型磁石なのです。

NanoRECにおける交換スプリング現象のモデル

図3 NanoRECにおける交換スプリング現象のモデル

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

じしゃく忍法帳

第57回「有機磁石は可能か?」の巻

じしゃく忍法帳

第58回「HDDの磁気ヘッドと磁石」の巻

テクノロジーの進化:過去・現在・未来をつなぐ

AR・VRとは?エンターテインメントのあり方を変えるその魅力

PickUp Contents

PAGE TOP