じしゃく忍法帳

第54回「軟らかな磁石」の巻

硬い磁石を軟らかく使うには?

強磁性体の硬派と軟派

「忍び熊手」と呼ばれる忍具があります。何本もの竹筒に麻縄を通し、先端に爪のような鉄カギをつけた忍者道具です。麻縄を引っ張ると竹筒は長い1本の棒となり、高いところにも鉄カギが届きます。麻縄をゆるめればコンパクトに折りたため、懐中にも収まるので携帯にも便利。同じようなしくみは、登山用テントのポールなどにも利用されています。

磁石を砂鉄に近づけたときのようすは、この忍び熊手とよく似ています。磁石に吸いついた砂鉄がヒゲのように見えるのは、磁化した砂鉄粉が棒状に連なるからです。

ところで、鉄クギは磁石にひとたび吸いつくと、磁化されて自ら磁石となってしまいます。しかし、磁石なしに砂鉄どうしが互いに吸いつくことはありません。この磁性の違いはどこから生まれるのでしょうか?

磁石に吸いつく性質をもつ物質のことを強磁性体といい、これはさらに硬磁性体と軟磁性体に分けられます。外部磁界によって磁化されたあと、外部磁界を取り去っても磁化を残す物質が硬磁性体。一方、外部磁界を取り去ると磁化を失って、元の状態に戻るのが軟磁性体です。硬磁性体は永久磁石の材料となり、軟磁性体は電磁石やトランスの磁心材料などに利用されます。

強磁性体に硬軟2タイプがあるとはいえ、これは材質の硬軟ではなく、磁気的な性質を区別したものです。磁化をかたくなに保持しようとする硬磁性体は、いわばガンコという意味での“硬”であり、外部磁界の変化に追随する軟磁性体は、磁性的にフレキシブルという意味での“軟”なのです。

磁石材料を着磁してはじめて磁石となる

硬磁性体であれ軟磁性体であれ、磁性材料は固体です。しかし、柔軟な発想をすれば硬い磁石も軟らかく利用できます。たとえば、冷蔵庫のドアパッキングや自動車の若葉マークとしておなじみのラバーマグネット(ゴム磁石)は、曲げたり切ったり自由に加工できるのが特長。社名やロゴマークを自動車のボディに塗装するかわりに、文字や絵柄を打ち抜いたラバーマグネットを吸着させて用いている会社もあります。毎日、取り替えるのも簡単なので、営業車を走る広告塔としても利用できるなかなかのグッドアイデアです。

ラバーマグネットは磁性フェライトの粉末をゴムに混ぜてロールで圧延・成形したもの。誤解のないようにしたいのは、粉末のフェライト磁石を混ぜただけではラバーマグネットとはならないということです。

フェライト磁石の粉末はそれぞれミニ磁石となりますが、結合材と混合した状態においては、磁化の向きがバラバラなので、全体として磁石の性質を示さないからです。そこでラバーマグネットをつくるには、圧延・成形したあと、ある方向に着磁する工程が必要となります。

シート状のラバーマグネットに砂鉄を振りかけると、縞模様が現れます。これは図1のようにN・S極が交互に並ぶ多極着磁されているからです。N極から出た磁束は隣り合うS極へと流れるので、シート表面にほぼ均一な磁束が分布し、どの部分を切り刻んでも鉄板に吸着します。


ボンド磁石と着磁パターン例


図1 ボンド磁石と着磁パターン例

成形中の磁場配向で磁気特性を高める

 ゴムのかわりにナイロンなどの合成樹脂を結合材として用いた磁石は、プラスチックマグネットといいます。

プラスチックマグネットはペレット(小団塊)化した結合材と磁石粉末を混ぜ、プレス機で圧縮成形したり、スクリューの圧力を利用した押出機や射出機で成形されます。

ゴムやプラスチックにも硬いものがあり、必ずしもしなやかに曲がるとはかぎりません。近年は磁石粉末と結合材を混合して成形された磁石はボンド磁石と総称され、このうち可撓性(しなやかさ)をもつものをラバーマグネットと呼んでいます。

ボンド磁石は複雑な形状のものが比較的自由に成形できるうえに、落下などの衝撃によって割れたり、欠けたりしません。焼結磁石(フェライト磁石や希土類磁石)や鋳造磁石(アルニコ磁石)では困難な研削加工も可能です。しかし、ボンド磁石はゴムやプラスチックとの混合物であるため、磁気特性が低下するのは避けられません。そこで、磁気特性を高めるための工夫の1つとして、磁場配向(図2)が行われます。

磁石材料に外部磁界を加えたとき、磁化のされやすさは磁界の方向によって異なります。磁化されやすい方向を磁化容易軸、磁化されにくい方向を磁化困難軸といいます。磁石材料の粉末を結合材にただ混ぜた場合は、どの磁界方向からも同じ強さで着磁されます。磁化容易軸がランダムな方向に向いているからです。こうして製造された磁石は等方性磁石といいます。磁場配向とは成形途中で外部磁界を加え、磁石粉末の磁化容易軸を揃える方法をいいます。こうして製造された磁石は異方性磁石といい、等方性磁石よりも強い磁力をもつ磁石となります。

面白いことに薄いシート状のボンド磁石においては、磁場配向なしに磁石粉末の配向度を高めることもできます。これはフェライト磁石材料であるバリウムフェライトやストロンチウムフェライトの粉末が六角板状であることと関係します。

六角板状のフェライト粉末においては、板面に垂直方向に磁化容易軸があります。結合材と混合しただけでは、六角板の粉末はランダムな方向に配向していますが、薄いシートに圧延するとき、六角板が積層するように重なり、シートの垂直方向にうまく配向するからです。

磁場配向の例

図2 磁場配向の例

ロールケーキに似たロータマグネットの製法

電流を流せば一様に回転するのが通常のモータ。一方、パルス電流によって、歯車のように段階的に回転するモータはステッピングモータ(パルスモータ)と呼ばれます。正確な位置決めが可能で、OA機器やFA機器に広く使われています。

ステッピングモータには円筒形のボンド磁石がロータとして使われます。このロータマグネットは、図3のようにN・S極がラジアル(放射状)に着磁されているので、歯車のように正確な角度で回転します。

ロータマグネットの着磁パターンは、ラジアルに巻いたコイルに瞬間的に大電流を流し、そのとき発生する強力磁界によってつくられます。これを円筒面多極着磁といいます。

ロータマグネットは強い磁力をもつほど、モータを小型・軽量化できますが、そのためにはロータマグネットは着磁方向に磁石粉末が配向していることが望まれます。しかし、成形中に磁石粉末をラジアルに配向することはできません。

そこで、この難題を解決するために、忍法のような工夫が考え出されました。前述したように圧延によるシート法では面方向に磁石粉末を配向することは容易ですから、このシートをロールケーキのように数回巻き上げてから焼結します。すると、図3のようにみごとラジアル配向の円筒磁石が実現するのです。

ボンド磁石はさまざまな可能性が広がる新タイプの磁石。柔軟な発想力で、ユニークな応用を考えてみませんか?

ラジアル配向の円筒磁石の製法

図3 ラジアル配向の円筒磁石の製法

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