じしゃく忍法帳

第52回「発電技術と磁石」の巻

電力は磁石からつくられた

大砲製作技術が産業革命を推進

忍者は火薬を用いた火器を数多く考案しました。味方へ合図を送るノロシ、敵を煙に巻く煙幕のほか、相手の虚をつくために、ネズミ花火やカンシャク玉のようなものもつくりました。

しかし、火薬の爆発力の利用法においては、西洋人のほうが一枚も二枚も上手でした。中国で発明された火薬は、アラビア経由で中世ヨーロッパに伝えられ、ルネサンス期には火薬を砲身に詰めて砲弾を飛ばす大砲が発明されました。

大砲の兵器としての威力が認められるにつれ、製作技術も著しく向上しました。当初、砲身には鉄板を桶のように束ねたものが使われましたが、より飛距離を伸ばすため、砲身は青銅や真鍮で鋳造されるようになり、やがて金属塊を精密にくりぬく旋盤技術も発達しました。

この砲身の加工技術から生まれたのがシリンダとピストンからなる蒸気機関や内燃機関です。また、砲身をくりぬくときに大量の熱が発生しますが、この現象の研究から機械的仕事は熱として変化することが明らかになり、熱力学の諸法則が発見されたのです。

産業革命を経た19世紀には、発電機で起こした電力もエネルギーとして利用されるようになりました。

電流と磁石を利用して簡単な回転運動を得る実験装置は、1821年にファラデーが考案しています。しかし、当初はファラデー自身も、この現象を理論的に説明することはできませんでした。しかし、10年後の1831年、苦労の末にようやくファラデーが電磁誘導の法則を発見してからは、永久磁石とコイルを利用したさまざまな発電機が考案されました。最も有名なのは1832年に製作されたピクシの手回し式発電機です。

永久磁石のいらない画期的な自励式発電機

ピクシの発電機は手回し式だったので、恒常的に電力を得るには不便です。そこで、いささか安易な発想ですが、当時、産業用動力として使われていた蒸気機関で発電機を回すという方式もとられました。

ところで、こうして得られた電力を何に利用していたかといえば、当時はまだ実用的な電気モータもなく、もっぱらアーク灯の電源や電気メッキ、水の電気分解用でした。

水の電気分解は化学実験が目的ではなく、水素を得るためです。水素と酸素の混合気体を燃焼させた炎で石灰(ライム)を熱すると強烈な光が得られたので、舞台照明などに使われました。これがチャップリン映画の題名としてもおなじみのライムライトです。

しかし、永久磁石を利用した発電機は重くて図体も大きく、出力もかぎられていました。そこで1860年代になると、永久磁石のかわりに電磁石を用いた発電機が考えられるようになりました。まず製作されたのは発電機と独立した装置で磁界をつくる他励式発電機です。次いでその改良の過程から、ジーメンスやホイートストン、ヴァーレイ父子らによって、自励式発電機が同時多発的に発明されました(1867年ごろ)。これは軟鉄にコイルを巻いた電機子と、電磁石を組み合わせたものです。発電機自体が起こした電流を利用し、正のフィードバック原理によって磁界を強めるように工夫されています。

こうして永久磁石の助けを借りずに力学的エネルギーから直接、電気エネルギーに変換する発電機が生まれました。発電機のことをダイナモと呼ぶのは、当時、自励式発電機からつくられた電流をダイナミック電気と呼んだことに由来します。

アラゴの円板の回転も電磁誘導による現象

1870年、環状電機子を利用して実用的な発電機(図1)を発明したのはグラムです。この発電機は発生電流が均質なうえ、小型・効率的であったために世界的に普及し、グラムは巨万の富を獲得することになりました。

その後も発電機は試行錯誤しながら改良されていきましたが、発電効率を上げるための大きな障害となったのは鉄損です。電磁石には鉄心が使われますが、鉄心を通る磁束が変化するたび、エネルギーの一部が熱損失(ジュール熱)として奪われてしまうのです。

鉄損にはヒステリシス損失と渦電流損失とがあります。磁性体を外部磁界によって磁化すると、やがて磁気飽和状態に達します。ここで逆向きの磁界を加えても磁化は残留し、元の状態には戻りません。この現象をグラフにするとS字型の閉曲線のヒステリシスカーブ(磁気履歴曲線)となります。ヒステリシス損失はこのS字型閉曲線の面積に比例するので、太ったS字よりも細いS字のほうが電磁石の鉄心には有利となります。センダスト、パーマロイ、スーパーマロイなどは、ヒステリシス損失の少ない高透磁率の合金として開発されたものです。

一方、渦電流損失というのは、変化する磁界の中に置かれた導体に渦状の電流が生じ、それが熱損失として奪われることをいいます。

渦電流による物理現象は、ファラデーによる電磁誘導の発見以前の1824年に、フランスのアラゴによって確認されています。彼は吊るした銅板に近接させた磁石を回転させると、磁石の回転とともに銅板も回転することを発見しました。この実験装置はアラゴの円板と呼ばれ、現在も積算電力計に応用されています。

アラゴの円板がなぜ回転するかを科学的に考察し、それが渦電流によるものであることを指摘したのはフーコーです(1855年)。また、渦電流は電磁誘導と同じしくみで発生することも突き止められました。アラゴがもう少し実験を深く追究していれば、ファラデーに先立って電磁誘導の法則を発見していたかもしれません。


グラム発電機の原理
図1 グラム発電機の原理

超電導磁石を利用したMHD発電とは?

発電機やトランスの鉄心には、薄い板状の軟鉄や高透磁率合金が使われます。渦電流は磁界に直角な面に生じ、また渦電流損失は電気抵抗に反比例して増大します。そこで鉄心を積層構造とすると、おのおのの金属板に生じる渦は小さくなり、渦電流の通路も短くなって、熱損失を低減することができるのです。

電磁誘導を利用した特殊な発電方式としてMHD発電(電磁流体発電)と呼ばれるものがあります。導電性流体を磁界の中で運動させると、磁界と直角の方向に起電力が発生する現象を利用したものです。

導電性流体としては、導電性を高めるためにセシウムやカリウムなどを混ぜた約2700℃の高温燃焼ガスが用いられます。たとえば図2のような装置に高温燃焼ガスを高速で流すと、起電力が発生するので、これを電極から電流として取り出すのです。図2はリニア式ファラデー型MHD発電ですが、原理そのものは単純なので、さまざまな構造が考えられます。

MHD発電は流体の運動エネルギーをそのまま電気エネルギーに変換でき、また、渦電流損失などもなく、火力発電よりも効率的な発電システムです。強力な磁界をつくるため超電導磁石などの技術を援用する必要がありますが、化石燃料に頼らずにすむため、月面基地における発電システムとしても構想されています。


リニア式ファラデー型MHD発電の原理

図2 リニア式ファラデー型MHD発電の原理

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