じしゃく忍法帳

第51回「自動車センサと磁石」の巻

磁石とセンサの離れ技

ITSが実現すると完全自動運転も可能?

闇夜で道を見失ったとき、忍者は身を伏せて道を探しました。地面すれすれの視線からは、明暗がはっきりして周囲がよく見えるのです。

自動車で夜間走行するときも、前方が暗くてよく見えず、事故を起こしそうなときがあります。かといって、ヘッドランプを上ビームにするのは対向車に迷惑。こんなときはフロントガラスに顔を近づけると、前方がよく確認できます。

しかし、たとえ視界がよくても、渋滞道路での長時間運転となると、安全な車間距離を保つのには神経を使います。高速道路においてはなおさらです。そこで、最近では自動車に搭載したレーダで前方車両との距離を計測し、車間距離を一定に保つ自動システムも開発されています。さらにはITS(高度道路交通システム)の一環として、自動車の完全自動運転をも可能にするAHSの実験も進められています。これは道路に埋め込んだ誘導システムにより、ペダルやハンドル操作なしで目的地に到着するという夢のようなシステムです。

安全・快適そして効率的なドライブの実現に、陰ながら重要な役割を果たしているのが、自動車に搭載された各種センサ。運転席前の計器盤に並んでいる速度計やエンジン回転計、燃料計、水温計などの計器類はもちろん、ABSやエアバッグシステム、そしてITSの実現にもセンサは欠かせません。こうした車載センサの中にも磁石がうまく活用されているものがあります。

非接触の計測に磁石が大活躍

速度計は燃料計とともに自動車の主要計器。かつて主流であった機械式の車速センサは、シャフトの回転をフレキシブルワイヤで速度計に伝え、磁石を利用した車速センサで、その回転を読み取る方式です。機械式車速センサの機構を図1に示します。シャフトの回転を、多極着磁したリング磁石に伝え回転させると、フレミングの法則に従い、磁石を取り巻くロータに力が作用して、同じ方向に回転しようとします。しかし、ロータには回転を戻すためのスプリングが付けられているので、ロータの回転力とスプリングの力が釣り合ったところで停止します。ロータの回転力は磁石の回転数に比例するので、ロータに指針を取り付けることで、走行速度を自動的に表示することができるのです。

しかし、機械式車速センサには、回転を伝えるメカニズムが必要なことや、長時間の使用に信頼性がないなどの欠点があります。そこで、シャフトの回転から非接触で電気信号を取り出して速度計に送るMRE(磁気抵抗効果)を利用した電気式車速センサが考案されました。

ある種の物質には磁界によって電気抵抗が変化する性質をもつものがあります。この物理現象を利用したのがMR素子(MRE素子)です。

電気式車速センサでは、シャフトとともに多極着磁の磁石がMR素子と非接触で回転します。この磁石の回転によって磁界が変わると、MR素子の電気抵抗も変わるので、これを回転速度に比例したパルス信号として取り出すことができます。このパルス信号を速度計に送って、計器のコイルを作動させ、指針によって走行速度を知らせるのがアナログ表示の電気式速度計。パルス信号を電子回路で処理すればデジタル表示の電気式速度計となります。このように車速センサにはいろいろなタイプがありますが、シャフトの回転を非接触で計測するため磁石が大活躍しています。

機械式車速センサの機構
図1 機械式車速センサの機構

ギアトゥースセンサは排出ガス浄化にも効果的

自動車のエンジンはただ動けばよいわけではありません。たとえば4サイクルエンジンの吸入・圧縮・爆発・排気という4行程においては、微妙な点火時期の制御が必要とされます。タイミングがずれると不完全燃焼したりノッキングを起こしたり、果てはエンストとなって停止してしまうからです。また、排出ガス中の大気汚染物質の削減のためにも、エンジン状態に応じた最適タイミングが求められます。

従来、ディストリビュータ(分配器)という装置が、このタイミングの制御に使われました。遠心力やエンジン吸気圧を利用することで、回転数が低いときは遅く点火、回転が高まるにつれ早く点火するように工夫された機械的な装置です。

しかし、ディストリビュータによるタイミング制御には限界があるため、近年ではセンサとコンピュータが活用されるようになりました。

TDKのギアトゥースセンサは、このタイミング制御のためのカム・クランク軸の角度センサ。ホール素子を独自の製法でハウジングすることでローコスト化を実現した高性能センサです。

ホール素子の原理を図2に示します。電流を流したある種の半導体の板に、電流と垂直方向へ磁界を加えると、電流・磁界の双方に垂直な方向へ起電力が発生します。電流を担う電子の運動は、磁界が加わるとローレンツ力が作用し曲げられてしまうことが原因です。これはホール効果と呼ばれます。ちなみに、このホールとは物理学用語の正孔(hole)のことではなく、この現象を発見した19世紀の物理学者ホール(Hall)にちなんだものです。

ギアトゥースセンサは、回転するロータの歯車による磁界変化から、パルス信号を取り出して正確なカム・クランク角を検出、その信号を車載コンピュータに送ります。コンピュータには最適点火時期を記憶させてあるので、エンジン状態に応じた微妙なタイミング制御が可能となるというしくみ。エンジン性能の向上のみならず、排出ガスの浄化や省エネにも効果的です。

ホール素子の原理とギアトゥースセンサのしくみ

図2 ホール素子の原理とギアトゥースセンサのしくみ

磁石を利用したスイッチ付温度センサ

自動車には数多くの温度センサが利用されています。温度センサとしてはNTCサーミスタが主流ですが、磁石と感温フェライト、リードスイッチを組み合わせた温度センサも使われます。その一例を図3に示します。

フェライトにはキュリー温度と呼ばれる温度を境にして、強磁性体から常磁性体に変化する性質があります。キュリー温度以下では磁石の磁束はフェライト内部を通過するので、リードスイッチの接点は、図3のように開いたままです。しかし、キュリー温度を超えると、フェライトは強磁性体としての性質を失い、磁束はリードスイッチの鉄片を通るようになり、鉄片は磁化されて吸着し、接点が閉じます。いわばスイッチ付の温度センサなので、特定の温度に設定することで、冷却装置を自動的に作動させたり、温度上昇の警報ランプを自動点灯させたりといった装置に利用することができます。

シートベルトの未着用を知らせるバックルスイッチ、リターダと呼ばれる補助ブレーキシステムなど、モータやセンサ以外にも自動車にはさまざまな磁石応用部品があります。

エネルギーの補給なしに磁力を保持するのが永久磁石ならではの特長。電気自動車やハイブリッドカー、燃料電池自動車といったポスト石油時代の自動車にも、小型・強力・高性能な希土類磁石(サマリウム・コバルト磁石、ネオジム磁石)の活躍が期待されています。


感温フェライト、磁石、リードスイッチによる温度センサ
図3 感温フェライト、磁石、リードスイッチによる温度センサ

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