じしゃく忍法帳
第50回「地球科学と磁石」の巻
海洋の磁気異常と地球磁石
鉱山に使われた24方位の羅針盤
忍法に長じた武将のことを忍将といいます。南北朝時代の楠木正成、安土桃山時代 の真田幸村などは、知略に富んださまざまな戦術を駆使したことで知られる忍将でした。
西洋版の忍将としてまずあげられるのは、カルタゴの名将ハンニバルでしょう。カ ルタゴはフェニキア人が建てたアフリカ北岸の植民都市。紀元前3〜2世紀に隆盛を きわめ、地中海世界の覇権をめぐってローマと対立、3度にわたるポエニ戦争が起こ りました。
第2次ポエニ戦争において、忍法にも通じる戦法により、ローマ軍をきりきり舞い させたのがハンニバルです。海戦では不利と読んだハンニバルは、なんと象に軍事物 資を積んで陸路をたどり、険しいアルプスを踏破してイタリアに進軍しました。
このアルプス越えにおいて、ハンニバルは傾斜のきつい山道を、酢酸と火を用いて 歩きやすくしたと伝えられます。火で熱した岩盤に酢酸を注ぐと、岩盤はボロボロに なり容易に粉砕できるようになるからです。もっともこれはハンニバルの創案ではな く、スペインの鉱夫の鉱石採掘技術をまねたものといわれます。
鉱石の採掘技術はルネサンス期になると急激に発達し、さまざまな金属が発見され るようになりました。鉱物学の父とも呼ばれる16世紀ドイツのアグリコラは、初の体 系的な鉱物・冶金学書である著書『デ・レ・メタリカ(金属について)』の中で、当 時、ヨーロッパでは鉱山用の羅針盤(方位磁石)が使われていたことを記しています 。坑道を開削したり、地下の鉱脈がどの方向に走っているかを知るためのものです。
航海用羅針盤は32方位ですが、この鉱山用羅針盤は24方位です。円を4等分、8等 分する航海用羅針盤は方位を表すには便利ですが、直角を3等分できないので24方位 が採用されたのでしょう。
天才数学者ガウスが発明した地磁気測定器
中世ヨーロッパでは磁石の針が北を向くのは、天の北極星が引き寄せるからだと信 じられていました。1600年、イギリスのギルバートは、有名な『磁石論』を刊行し、 このような占星術的な考え方や迷信を打破するとともに、実験によって地球は巨大な 磁石になっていることを証明しました。彼は天然磁石(磁鉄鉱)は地球の産物である から、磁石の針が大地の力(地磁気)に共感するのは当然のことと考えたのです。
磁石の指極性を利用した羅針盤は一種の地磁気センサですが、方位を知るのが目的 であり、地磁気の強さについてはあまり関心がもたれませんでした。地磁気は場所に よって強弱があることを最初に発見したのは、ドイツの探検家・博物学者フンボルト です。彼は18世紀末〜19世紀初頭の南米探検において、赤道に近づくにつれ地磁気が 弱まることに気づいたのです。彼はこの事実を学会に発表するとともに、地磁気の世 界的な同時観測の必要性を熱心に主張しました。オーロラを発生させる“磁気あらし ”もフンボルトの命名によるものです。無線通信もなかった時代において、フンボル トが磁気あらしに執着したのには理由があります。どうやら彼は地磁気の強弱は、地 球規模の気象変化と関係があると考えていたようです。
フンボルトが地磁気に強弱があることを知ったのは、磁針の振れの周期に地方差が あることからでした。なかなかの観察力ですが、この方法では精度が低いうえ、磁針 の磁力の低下などによる誤差が生じ、地磁気の強さを正確に測定できません。そこで フンボルトと親交が深かった数学者ガウスは、図1のような精密な地磁気測定器を考 案しました。
これは棒磁石の先に鏡を取り付け、その振動を離れた所から望遠鏡で観測する装置 です。棒磁石が地磁気に対して平衡状態にあるとき、別の磁石を近づけると、磁力に よって棒磁石に小さな振動が起こります。こうした振動の周期を測定することで、地 磁気の強さを正確に求めることができます。
図1 ガウスの地磁気測定器のしくみ
プロトン磁力計によって海洋の磁気異常を発見
地磁気の強弱は大陸が大きく関与します。磁性粒子を含む岩石からなる巨大山塊は 、周囲よりも強い磁気異常を示します。したがって広大な大洋では地磁気はほぼ一様 とみなされていました。ところが、大洋にも微細な磁気異常があることが、1960年代 になってから明らかにされました。これはプロトン磁力計という測定器が開発された からです。
プロトン磁力計とは、プロトン(水素イオン)の核磁気共鳴を利用したもので、図 2のように水の入った容器にコイルを巻いたしくみとなっています。コイルに直流電 流を流すと磁界が発生、水(H2O)中のプロトンの磁気モーメントは、磁界の方向に そろいます。このとき電流を切断すると、発生していた磁界はなくなり、プロトンは 地磁気に沿って、コマの首振り運動のような歳差運動をしながら減衰していきます。
コイルによって加えた磁界により、容器の中のプロトンはすべて同一位相で運動す るので、その運動はコイル内で磁石が回転するのと同じような効果を示し、コイルに 微弱な電圧が誘起されます。この電圧を増幅し地磁気の強さを測定するのがプロトン 磁力計です。海洋においては船体磁気の影響をなくすため、船舶から数100mほどプ ロトン磁力計をロープで曳航し、測定が行われます。
図2 プロトン磁力計のしくみ
地磁気逆転を記録する海洋底の岩石磁気
大洋の磁気異常が初めて発見されたのは、1961年の太平洋北東海域においてです。 陸上での磁気異常は複雑で特定のパターンはありません。しかし、大洋における磁気 異常の強弱は、なぜか縞状パターンとなって観測されました。
そのころ登場した海洋底拡大説と結びつけ、この縞状パターンの謎解きに挑んだの は、ケンブリッジ大学のマシューズとヴァインです。
太平洋や大西洋の海底には、海嶺と呼ばれる長大な山脈があります。これはマント ルから噴出した地下物質が形成したものです。地下物質の噴出が続くと、海嶺付近の 地殻は新たに形成される地殻に押しのけられ、ベルトコンベアのように海嶺の左右に 移動していくと考えられます。これが海洋底拡大説という仮説です。
地下物質が噴出して冷却するとき、図3のように地磁気によって岩石が磁化されま す。これは岩石磁気と呼ばれます。一方、地磁気は過去に逆転を繰り返しているので 、マシューズとヴァインは岩石に残る磁気は過去の地球の地磁気方向を記録すると考 えました。
これはテープレコーダーのしくみとよく似ています。つまり、海嶺の左右に移動す る海洋底はテープレコーダーの磁気テープで、海嶺は磁気ヘッドに相当します。もし 、彼らの仮説が正しいのならば、海嶺の左右に展開される縞状パターンの磁気異常は 、左右対称となっているはずです。そこで縞状パターンの幅を比較検討したところ、 みごとに一致することが明らかにされました。こうしてマシューズとヴァインは、自 らの仮説と海洋底拡大説とを同時証明するとともに、20世紀最大の科学成果の1つと もいわれるプレートテクトニクス理論の確固たる基礎を築き上げることになったのです。
図3 海洋底の磁化のしくみ
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