じしゃく忍法帳

第45回「スイッチキャッチと磁石」の巻

磁束の流れを切り換える術

水害をなくした武田信玄の忍法

戦国時代の甲斐(現・山梨県)の武将・武田信玄は多くの忍者を召し抱え、自らそ の指揮をとっていました。彼は忍法を軍事だけでなく、治水にも応用していたようで 、信玄堤(しんげんづつみ)と呼ばれる珍しい堤防が、今も山梨県竜王町付近に残さ れています。

山梨県の釜無川(かまなしがわ)は、甲府盆地で御勅使川(みだいがわ)と合流し ます。南アルプスの険しい渓谷から発する御勅使川は、急流となって釜無川に注ぐた め、古来、合流部周辺は洪水や土砂災害が頻発していました。

そこで信玄は御勅使川の流れを変え、その怒とうのような奔流を釜無川の岩壁にぶ つけて勢いを減じるという妙案を考え出しました。しかし、これだけでは洪水を防ぐ ことはできないので、合流部の下流に築いたのが信玄堤です。

堤防というと高く土砂を積み上げた連続的な土手を思い浮かべますが、信玄堤は断 片的な土手を不連続に並べた堤防です。上からみると“彡”の字型のすきまのある堤 防なので、素人目には未完成の欠陥堤防のように見えます。

実はわざとすきまを開けてあるところが信玄堤のミソなのです。大雨によって増水 したときは、このすきまから自然放流されるので、堤防の決壊を未然に防ぐことがで きます。また、すきまから自然放流された水は、もはや勢いをなくしているため、こ れをうまく周囲に誘導して洪水を防ぐのです。

武田信玄が考案した治水術は、甲州流川除(かわよけ)と呼ばれ、江戸時代になる と、信玄堤は各地で築かれるようになりました。

磁束が好きなのは高透磁率の物質

磁石から出る磁束(磁力線の束)は、川の流れにたとえることができます。水は低 いところへ流れるように、磁束は透磁率の高い物質ほど通りやすいという性質をもっ ています。

たとえばU字型磁石の両極に鉄片を渡すと、N極・S極という磁極が、見かけ 上なくなってしまいます。これは空気よりも鉄のほうが、はるかに透磁率が高いので 、磁石の磁束は鉄の内部を流れてしまうからです。

磁石の形状はかぎられています。しかし、磁石に鉄片を合体させることで、磁石の 磁束を自由に鉄片に誘導することができます。河川の導水路のようなこの鉄片は、ヨ ークと呼ばれます。

磁石による鉄の吸着力を最大限に利用するために、しばしばヨークが用いられます 。身近な例では冷蔵庫などに紙おさえとして利用されるマグネット画鋲があります。

マグネット画鋲には磁石をそのまま使ったものもありますが、より強い吸着力を発 揮させるために、磁石を鉄製ヨークでくるんだタイプのものがあります。図1のよう に磁束はヨークを通り漏洩磁束を減少させ、磁石の両極に集束します。その結果、実 質的に両極が接近することになるので、小さな磁石でも驚くほどの吸着力を示すのです。

家具の扉を固定するためにも、磁石を用いた金具が使われます。薄い磁石を鉄では さんだサンドイッチ構造のものが多いようです。これも鉄製ヨークによって吸着力を 高めるための工夫です。
 

マグネット画鋲にヨークが使われる理由
図1 マグネット画鋲にヨークが使われる理由

扉センサのついたマグネットキャッチ

扉や蓋をひんぱんに開閉する電気機器にも、磁石を利用した固定装置が使われます 。こうした電気機器の多くには、扉や蓋の開閉と電気的なスイッチが連動した機構が 採用されています。それは便利さの追求ということだけではなく、安全対策としてき わめて重要となるケースもあります。

たとえばコピー機では、紙づまりなどが起こるたびにサービスマンを呼んだりして は大変なので、ユーザーが自分でトラブル処理できるように対策がマニュアル化され ています。しかし、コピー機は帯電、転写その他に高電圧が使われているため、内部 機構に触れることはきわめて危険です。そこで高電圧による感電事故を防ぐため、扉 が開くと同時に、確実に高圧電源が切れるような工夫が必要になります。そこで活躍 しているのが、スイッチキャッチ(図2)と呼ばれる磁石応用部品です。

スイッチキャッチとは、簡単にいえば磁気吸着型ドアスイッチあるいはスイッチ付 マグネットキャッチのこと。つまり扉・蓋などの保持機能と開閉に対応したスイッチ ング機能を、磁石を利用して一体化させたものです。扉センサ付マグネットキャッチ といったほうが、わかりやすいかもしれません。

スイッチキャッチには扉・蓋が開くとスイッチONとなるAタイプと、扉・蓋が開 くとスイッチOFFとなるBタイプがあります。いずれも磁石とヨーク、リードスイ ッチ、磁石に吸着させる鉄板とで構成されます。

その動作原理をまずAタイプから説明します。図3のようにヨークが鉄板に吸着し た状態では、磁束は磁石→ヨーク→鉄板→ヨーク→磁石と還流するために、リードス イッチの接点は開いたまま(スイッチOFF)の状態です。ここでヨークが鉄板から 離れると、磁束は流れやすい場所(透磁率の高い物質)を求めて、リードスイッチの 中の鉄製リードを磁化し、その接点を閉じさせます(スイッチON)。したがって、 スイッチキャッチを取り付ければ、扉・蓋の保持とともに、その開閉に応じたスイッ チのON/OFFを実現することができるわけです。
 

スイッチキャッチ
図2 スイッチキャッチ

主磁石と副磁石の磁束を相殺させる

では、Aタイプとは逆に、扉・蓋を開けたときにスイッチOFFとなるBタイプは 、どのようにすれば実現するでしょうか?

磁気回路の設計とは、川の流れの設計と似ているということを思い出してください 。磁束なしにリードスイッチを閉じさせることはできないので、Bタイプでは、主磁 石のほかにもうひとつの副磁石を用いて、別の磁束の流れをつくります。

図3のように小さな副磁石をリードスイッチのそばに置くと、磁束の小さな還流が できて、扉・蓋が閉まっているときも、リードスイッチの接点を閉じておくことがで きます。

ここで扉・蓋が開けられると(つまり主磁石側のヨークが鉄板から離れると)、主 磁石の磁束はリードスイッチの鉄製リードに流れ込みます。ところが、主磁石と副磁 石の磁界の向きは、反対になるように置かれています。このためリードスイッチには 、副磁石の磁束と反対向きの磁束が流れ込むことになって両方の磁束が相殺され、そ の結果、鉄製リードの接点は開く(スイッチOFF)ことになるのです。

スイッチキャッチは、スプリングや摩擦力を利用した機械的スイッチと違って、摩 耗による故障もなく、耐久性・安全性・信頼性にすぐれているのが特長。また、コピ ー機内部ではトナー粒子が浮遊しているため、電気接点の故障などが起こりやすい環 境ですが、リードスイッチはガラス管に封入されているため、こうした心配もありま せん。

鉄道線路の切り換え装置のことを転轍機(てんてつき)といいますが、スイッチキ ャッチはいわば目に見えない磁束の転轍機。しかも磁束の切り換えをスイッチングに も利用しているユニークな磁石応用部品です。
 

スイッチキャッチの構造と原理

図3 スイッチキャッチの構造と原理

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