じしゃく忍法帳

第46回「磁石は暑がりか寒がりか?」の巻

CRTディスプレイの画質対策

刃物の焼き入れに磁石が利用される

とっさのときに敵に投げつけるのが手裏剣(しゅりけん)術と呼ばれる武術。武士は小型ナイフのような小柄(こづか)を手裏剣として使いました。日本刀のツバにあいている楕円形の穴は、小柄を差し込むためのものです。

手裏剣術を実戦向きに発展させたのは忍者です。回転させて投げる十字型、六方型、卍(まんじ)型の手裏剣は忍法独特のもの。そのほかにも、忍者は針型、筆型、えんび(燕尾)型など、さまざまな形状の手裏剣を考案しました。

刀や槍、手裏剣などの武器は、昔は打物(うちもの)とも呼ばれました。熱した鉄を打ち鍛えて作られたからです。鍛え終わった鉄は、再び熱してから水に入れて急冷すると、硬さを増して切れ味の鋭い鋼=刃金(はがね)となります。これは焼き入れと呼ばれる重要な工程です。

鍛治(かじ)の工房が暗いのは、鉄の焼けぐあいを見るためです。加熱が足りないと、うまく焼き入れできないため、熟練したプロは灼熱した鉄の微妙な色によって、その温度を正確に判断します。

焼き入れ温度を知る簡単で確実な方法として、磁石が使われることがあります。鉄が真っ赤に焼けても、磁石に吸いつくうちはまだ加熱が不十分で、どの部分も鉄に吸いつかないようになったら、焼き入れの適温となるそうです。

磁石に吸いつく鉄のような物質を強磁性体といいます。磁石を近づけると、強磁性体は磁化されて磁石に吸いつきます。これは強磁性体を構成する原子の磁気モーメントが、磁石の磁界の方向に整列して、強磁性体自らも磁石となるからです。

ところが、強磁性体を熱すると、ある温度を境にして磁石に吸いつかなくなります。加熱によって無秩序状態になった原子の磁気モーメントは、もはや磁石の磁界によって整列しなくなるためです。このときの温度をキュリー温度(キュリー点)といいます。鉄のキュリー温度は770℃で、焼き入れの適温は800〜900℃なので、鉄が磁石に吸着しなくなる状態が焼き入れの目安となるのです。

温度上昇とともに磁石はパワーダウンする

加熱によって磁石が磁力を失う現象は、簡単な実験で確かめることができます。フェライト磁石(冷蔵庫の紙押さえなどに利用されている黒色の磁石)に、クリップなどを吸いつけてガスの火で高温に熱すると、クリップはポトリと磁石から落ちてしまいます。キュリー温度を超えて熱せられたフェライト磁石は、冷えても元の磁力は回復しません。これを熱消磁といいます。

キュリー温度は磁石によって異なります。フェライト磁石、アルニコ磁石(鉄、アルミニウム、ニッケル、コバルトの合金磁石)、希土類磁石(サマリウム・コバルト磁石、ネオジム磁石)のキュリー温度は、およそ次の通りです。

《磁石の種類》         《キュリー温度》
フェライト磁石(異方性)      約450℃
フェライト磁石(等方性)      約450℃
アルニコ磁石            約850℃
サマリウム・コバルト磁石     約700〜800℃
ネオジム磁石            約320〜340℃

熱に強いのはアルニコ磁石やサマリウム・コバルト磁石、熱に弱いのはネオジム磁石、フェライト磁石はその中間に位置することが分かります。しかし、磁石はキュリー温度以下なら一定の磁力を保つというわけではありません。あまり知られていませんが、磁石の磁力は常温近辺でも温度の影響を受けて減磁するのです。しかし、その減磁の仕方は磁石によって異なります。いわば磁石にも暑さが苦手なタイプ、寒さが苦手なタイプがあるのです。

温度による磁束密度の変化率をくらべてみると、アルニコ磁石やサマリウム・コバルト磁石は−0.01〜0.04%にとどまるのに対して、ネオジム磁石は−0.1%と、1けた大きくなっています。アルニコ磁石やサマリウム・コバルト磁石は、多少の暑さにもパワーダウンしません。精密さが要求される計器類にアルニコ磁石が使われるのは、温度特性が最もすぐれているからです。

一方、ネオジム磁石はキュリー温度が低いうえに温度上昇とともにパワーダウンしてしまうので、高温状態での使用には注意が必要です。最強の磁気パワーを誇るネオジム磁石にも、暑さが苦手という弱点があるのです。
 

さまざまな手裏剣
図1 さまざまな手裏剣

CRTの画質は温度の影響を受ける

テレビやパソコンのCRTディスプレイには、電子ビームの軌道調整を行う補正用マグネットとしてフェライト磁石が使われています。

電子銃から放射された電子ビームをCRTディスプレイの指定位置に照射させるため、電子ビームの軌道を変えているのは偏向ヨークです。しかし、より高精度な画面表示を実現するため、偏向ヨークの周囲には補正用マグネットが置かれているのです。

ところが、テレビやパソコンの電源を入れると、各部品から発する熱によって磁石の温度も上昇し、それにつれてフェライト磁石の磁束も徐々に減少していきます。こうなると、電子ビームの調整にも誤差が生じ、CRTディスプレイに表示される画像に歪みが現れます。

近年、フラット大画面が流行していますが、CRTディスプレイをフラットにすると、電子銃から管面までの距離は、画面中央部と周辺では大きく違ってしまい、温度上昇による画面の歪みは、より顕著に現れるようになります。

こうした問題を解決するには、温度上昇とともに補正用マグネットの磁束を一定に保つような工夫が必要となります。しかし、温度上昇とともに磁束が減少するのは、磁石にとって宿命的な性質です。そこでフェライト磁石のバックアップとして利用されるのが、高透磁率のソフトフェライトです。
 

カラーCRTディスプレイの構造
図2 カラーCRTディスプレイの構造

磁石をバックアップする高透磁率ソフトフェライト

透磁率というのは磁束の通りやすさを表す数値です。たとえていえばスポンジが水を吸収するように、透磁率の高いソフトフェライトほど、周囲の磁束をよく吸収します。

この高透磁率のソフトフェライトをフェライト磁石と抱き合わせると、面白い現象が起こります。ソフトフェライトはフェライト磁石の磁束の一部を吸収しますが、周囲の温度上昇でフェライト磁石の磁束が減少すると、ソフトフェライトは不足分を補ってくれるのです。

そこで、フェライト磁石の磁束とソフトフェライトの吸収する磁束の差が一定になるように設計すれば、温度変化の影響を受けない補正用マグネットが実現し、高精度な電子ビームの軌道調整が可能になるのです。

室温を超える温度では、磁石のパワーダウンは、意外と大きなものとなります。たとえば23℃から100℃に温度上昇すると、フェライト磁石の磁束は15%も減少してしまうのです。しかし、ソフトフェライトとの抱き合わせで、フェライト磁石をゼロ温度特性に近づけることも可能。

フェライト磁石(ハードフェライト)に避けられないマイナスの温度特性を、ソフトフェライトのプラスの特性で補う−−ハードとソフトの組み合わせの妙ともいうべき忍法のようなアイデアです。
 

補正用マグネットの原理
図3 補正用マグネットの原理

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