じしゃく忍法帳

第42回「時計と磁石」の巻

電磁石と永久磁石のペースメーカー

江戸時代の和時計は日本独特の機械時計

忍者は太陽・月・星座(北斗七星など)の運行から時刻を知り、また砂時計も利 用したといわれます。

しかし、寸秒を争う現代人と違って、昔の人の時間感覚はかなり大ざっぱなも のでした。夜明けから日暮れまでを昼間としていたので、一刻という時間単位 は、昼夜や季節によって違っていたのです。このような時刻法を不定時法といい ます。ずいぶん不合理に思えますが、時計のない生活においては、むしろ便利だ ったのでしょう。

時刻というものを一般庶民が意識するようになったのは、徳川家康が江戸に幕 府を開き、本石町(ほんごくちょう)に「時の鐘」を設置してからのことといわ れます。やがて武家屋敷や町家が増えて城下が拡大するにつれ、この公営の時の 鐘を基準として、半公営・民営の時の鐘が次々と設けられました。「花の雲 鐘 は上野か 浅草か」と芭蕉が詠んだ元禄時代には、時の鐘は庶民の生活にもすっ かり定着したようです。

江戸時代に機械時計がなかったわけではありません。本石町の「時の鐘」も、 機械式の和時計(昔時計、旧時計ともいいます)を用いて時間経過を計っていま した。

ヨーロッパから日本に機械時計が渡来したのは16世紀半ばのことで、フランシ スコ・ザビエルが、周防山口(現・山口県)領主・大内義隆に贈ったのが最初と いわれます。

ところが、西洋渡来の時計は一定のリズムで時を刻むために、不定時法の日本 の時刻法になじみません。そこで、日本の不定時法に合わせ、時を刻むリズムを 昼夜で調節する仕組みが考案されました。これが和時計です。

時計革命をもたらした20世紀のクォーツ時計

機械時計において一定リズムを刻む装置は、テンプ(天府・天桴)と呼ばれま す。初期の和時計においては、ヤジロベエ(おもちゃの釣り合い人形)のような 棒テンプが用いられました(図1参照)。

棒テンプの両端には分銅が掛けられていて、中心から分銅までの距離を長くす ると時を刻むリズムは遅くなり、短くすると速くなります。そこで昼夜の境目で ある朝夕2回、分銅を掛け替えることにより不定時法に対応していたのです(長 短2種類の棒テンプを組み込み、分銅の掛け替えの手間をなくした装置は二挺テ ンプといいます)。

しかし、明治時代になって太陽暦への改暦とともに、定時法の時刻法が採用さ れたため、和時計は急速にすたれ、かわって円テンプ式や振り子式の柱時計や置 時計が普及するようになりました。懐中時計や腕時計は円テンプ式機械時計を小 型化したものです。

時計のテンプや振り子というのは、一定の時を刻ませるための振動機の一種で す。ところが、金属は温度によって伸縮するために、昼夜や季節によって振動周 期が変わります。機械時計しかなかった時代は、時計は狂うものというのが常識 で、最高級の腕時計でも、1日に5秒前後もの誤差が生じました。

この常識を覆して登場したのがクォーツ(水晶)時計です。音叉型にした水晶 結晶の固有振動を利用しているため、温度変化や地震などに左右されず、正確な リズムで時を刻ませることが可能になります。

初のクォーツ時計は1927年にアメリカで発明されました。その精度は機械時計 の数10〜100倍、誤差は0.1秒/日という画期的なものでした。世界初のクォーツ 式腕時計が、日本で開発されたのは1969年です。当初は大衆車なみの高価格でし たが、1970年代末には1万円を割るようになり、従来の機械時計にかわって広く 普及するようになりました。
 

棒テンプの構造と原理

図1 棒テンプの構造と原理
 

小型ステッピングモータが時計の針を動かす

水晶振動子は、水晶の圧電効果を利用したものです。水晶のようなある種の結 晶に応力を加えると電圧が発生します。これを圧電効果といいます。また、結晶 に電圧を加えるとわずかに変形します。これは逆圧電効果と呼ばれます。そこ で、ある大きさに切断した水晶結晶に交流電圧を加えると、結晶は交互に変形し て一定の振動数で連続振動する振動子となります。

クォーツ式腕時計においては、その振動数は毎秒3万2768回(215回)。これ をICによって半分、半分…という分周を15回繰り返し、1秒に1回という信号 (1ヘルツ)をつくります。アナログ式のクォーツ時計においては、この信号を 小さなステッピングモータに伝えて針を動かします。

このステッピングモータには、電磁石と2極に着磁された小さな永久磁石が使 われています(図2参照)。ステッピングモータのステータ(電磁石)に1ヘル ツの交流信号が流れると、発生する磁界の向きも交互に切り替わり、ロータの永 久磁石との間で反発・吸引が繰り返されます。こうしてロータは毎秒1回のリズ ムで、同じ方向に回転することになり、この回転を歯車で伝えて、秒針・分針・ 時針を動かすのです。

ステッピングモータというのはテンプにかわる時計のペースメーカーですが、 磁力を利用しているので摩擦がなく、機械的部品も少なくてすみます。機械式の 腕時計では定期的な分解修理の必要がありましたが、クォーツ時計ではバッテリ の交換だけで、ほとんど故障がなく、しかもきわめて高精度で時を刻みます。

現代はデジタル時計の全盛時代です。クォーツ時計のデジタル化をもたらした のは液晶の開発です。分周した信号をそのまま液晶パネルに伝えて時刻表示する ことで、機械部品ゼロの全電子ウォッチが可能になったのです。デジタル式のク ォーツ時計にはLSIが利用されますが、量産によってLSIや液晶パネルは大幅にコ ストダウンし、今やおもちゃにも使われる安価な電子機器となってしまいまし た。
 

クォーツ時計のステッピングモータの構造
図2 クォーツ時計のステッピングモータの構造
 

そもそも時計はなぜトケイと読むのか?

ところで、時計をなぜトケイと読むのか、疑問に思ったことはないでしょう か? 時計は音読みすればジケイ、訓読みではトキノハカリです。トキケイが詰 まってトケイとなったと説明するのも少々無理があります。実は江戸時代まで時 計は、“土圭(とけい)”と表されるのが普通でした。土圭というのは、もとも と中国・周代の天体観測器のことで、北極星の高度から緯度を測定するために使 われたといわれます。この観測器はのちに日影によって太陽高度や時間を測定す るのにも使われ、土圭は今日の日時計などを意味するようにもなりました。

江戸時代の百科事典『和漢三才図会』では、「土圭針は方角・時刻を知るため の器械」とあり、子午針、指南針とともに磁針(じしゃくのはり)の別名として 記されています。図3として掲載されているのも、コンパス(方位磁石)そのも ので、「指南針を俗に時計という」とあります。どうやらヨーロッパから機械時 計がもたらされるまで、日本では時計は羅針盤とほぼ同じ意味で使われていたよ うです。これは考えてみれば当然です。機械時計などなかった時代、日影から時 刻を知るには方位を知る必要があったからです。忍者が携帯した耆著(きしゃ く)と呼ばれる磁石も、単に方位を知るだけでなく、時刻を知る目的もあったの かもしれません。

ステッピングモータの原理

図3 ステッピングモータの原理

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